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「あまりに長々と話してしまいました。宮入様には席を外させ、申し訳ありません」
「あ、ああ、いえいえ。従者の教育が行き届きませんで、どうも」
開け放たれた障子の前にいた犬族は、先ほどから揺るぎない微笑みを浮かべたままだった。その奥の畳には膝をついて泣きそうな棗がいた。まあ、当然かもしれん。ちょっと調子に乗りすぎた。
「こう遅くなっては、お帰りを、と言うのも無礼ですね」
「はあ」
「お部屋を用意します。ただし、従者の方と一緒の部屋となりますが、よろしいですか?」
「それは構いませんが」
下手に分けられる、と言われる方が少し不安だ。
「ありがとうございます。では、すぐにご用意を……、棗様。早くお立ちください」
「……はい、従者長」
「何かおっしゃいましたか?」
「立つよ、立つってば……」
顔を覆っている。泣いてるんだ。なんだかなあ、立つ瀬がないってのはこの事か。つい先ほどまでは私の従者ってので調子に乗ってたのに。
棗が出た後、半刻ほどここでお待ちをと言われたので、先ほど通された部屋に戻った。またかよ。待つ用の小部屋がそんな用意されるものではないとは知っているが……。
「知り合いなの?」
「聞こえてましたか」
「まあ。障子、薄いし」
実際は聞こうと思っても途切れ途切れにしか聞こえない程度の声ではあった。棗はガックリとし、落ちかけた眼鏡をずり上げた。
「知り合いというか……、私はここの分家の出身なんです。親戚なわけで」
「じゃあ、狐珠家の系譜にあなたは乗ってるわけね」
「とんでもない。分家の末席のようなものです。両親が早くに亡くなりましてね。朝右衛門の遊び相手として引き取られたんですよ。幼馴染とはいえ仕事もした。教育もです。さっきの従者長が先生」
「へえ……、先生にあんな態度を取るなんて」
私は先生と生徒の関係は厳格で然るべきだと思う。ああした馴れ合いは少なくとも私の周りでは見られないものだった。
「きっとヤンチャな問題児だったでしょうね」
「子供はヤンチャなくらいがいいんですよ。親がいない私にとっては親子間のじゃれあいが羨ましいんです。ところでああしたものであってます?」
あってる、かなあ……。
私だって親子間に詳しくはない。何せ貴族というのはそうしたもので、当主とそれ以外の差が明確だ。だから娘とはいえ、父にじゃれあうなんてとてもできなかった。
棗に苦笑いを返すと、わからないことを理解してくれたらしい。襟をただし、眼鏡を直した。
「少なくともだけど」
私は一度断るように言葉を切って、続けた。
「自分が教えたことを実践してくれるのは、父親や先生なら嬉しいんじゃないかしら」
言ってから、私は果たして無関心の擬人化のような父から何か学んだかと思い返した。
「お待たせいたしました、宮入様」
若い犬族が迎えにくる。先ほどの従者長の教育をしっかり受けているのか態度は悪くない。
棗は片手をあげた。
「お疲れさん、後輩くん」
「へ? あ、ああ。棗様、部屋が整いましたので、宮入様とこちらにお越しください」
「ああ、すぐ向かうよ。ところで上等な部屋かな? 私はともかく伯爵殿を大部屋で寝させるわけないよね」
別にそれでも構わない。隅っこでも貸してくれるならそれでいい。
「もちろん、朝右衛門様の別室です。客間に当たるのでぜひお寛ぎください」
「なるほど。うむ、大義大義。さ、案内してくれ」
こいつばっかり喋っているな。私はただただ靡く旗みたいにふらふらしている。礼を言うのも簡単じゃないようだ。
若い犬族についていき、案内されたのは十畳ほどもある大きな部屋だった。二人で寝るには十分がすぎる。
「凄い……」
感嘆する私の横で、棗が案内してくれた犬族と話していた。
「犬族くん。いや、名前は?」
「乃木です」
「では乃木くん。従者長に伝えてくれ。宮入様はとてもお喜びだ」
謹んで、と言って乃木という犬族は下がった。




