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死刑執行人への愛  作者: 逆さ藤


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「きゅう……」



 凄いと思う。実際きゅう、だなんて口にする人は少ない。廊下で転んで頭を打った。そうなると身体の大小なんか関係ない。痛みに悶絶するか意識を手放すからしい。



「ありゃあ……、可愛らしい反応ですねえ。こいつらしくないなあ、こいつらしくない」

「あのね、棗。目の前で意識不明の重体者がいるのにあんたはこれでいいの?」

「こいつは成長期も思春期も、なんなら今も常にバランスが悪いのです。いや、全てにおいてですかね、そういうのは」

「ああ、そうなの? でも誰か呼ぶべきじゃない? 当主の失態みたいなものじゃないの? 客人に見せて大丈夫?」

「何かご不快にでもなったんですか?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど」

「じゃあ別にいいじゃありませんか」



 そういうものなのか? 



「狐珠朝右衛門の名を受け継いでいるこいつを馬鹿にする奴なんかいませんよ」



 それはそう思う。とりあえずこの小部屋に居させるのもどうか、というより——。



「……大きすぎるのだけど」

「なんでこいつここに来たんでしょうねー」



 デカすぎるし、一人ではとても運べない。私たちはそうした人を運ぶ方法を知っている。


 私が朝右衛門の足を、棗が後ろから抱き抱える形をとる。そうしてようやく動いた。



「おっも……」

「ちょ、棗。ふらつかないでよ」

「だ、だってこいつ重すぎ……。何食ったらこんなにデカくなるんですか、本当に」

「隠れんぼするくらいの幼馴染なんだからあんたと同じもん食ってんでしょう」



 やばい、言葉が荒れる。ま、今更だ。気楽に喋っていた方がよほどいい。



「こいつと一緒の立場だと思わないでください」

「立場って言われてもわかんないわよ」



 立場、か。私だって同じだ。知らない人から見たら伯爵家の令嬢なら結構なご身分だと思われて、とってもお金持ちだと思われている。ただ実際はこれだ。大尉の給料で賄える実家ではない上に、領民からの年貢は薄い。


 そのせいか、私の性格は伯爵のそれとは思えないくらいがらっぱちになってしまった。




「それに目上ならこいつ、なんて二人称はやめなさい」

「そこが許されるのが幼馴染って奴ですよ」

「わかったわかった。それでいいからどこに行けばいいの? デカすぎる娘を二人で担ぎ上げて、デカすぎる屋敷のどこに?」



 あっちです。そう棗が言う場所に私たちは向かった。



 一応私室、という事になるのだろうか。棗が入った部屋は確かに生活臭がある。とはいえ、控えめも控えめ。この大きさの屋敷の当主が寝起きする部屋にしてはささやかなものだった。



 少し見ても、畳、文机、座椅子。そんな最低限のものしかない。布団も特に最高級品という訳でもなさそうだた。とりわけ目立つのは書籍で、棚が壁の一面を覆っている。



「ああ、疲れた」



 棗が朝右衛門を降ろそうとする。私はそれを慌てて止めた。



「待ちなさい。あなたが先に下ろすと変よ。頭を打っちゃうかも」

「二、三回頭打つのはよくないですね。で、どうするんです?」

「ちょっとそのまま」



 私が慎重に足を下ろす。そしてたたまれていた布団を広げた。



「朝右衛門、恐縮して割腹するかもですね。宮入伯爵家の令嬢が自分のために布団を敷いてくれるだなんて」

「変なこと言わないでよ。布団くらい敷くわ」



 近衛軍所属で従兵も確かにいるが、さすがにそこまで頼りっぱなしでもない。そもそも実家でもそんな上げ膳据え膳で暮らしていたはずもないだろう。



「よっと……、それで、これからどうするんです?」



 棗が朝右衛門を下ろす。苦労した分、ゆったり寝てほしい。



「こういう時、はいさよならじゃよくないでしょうね。一夜の宿くらい面倒見てくれるでしょ」

「ええ、ええ。今日来て今日帰れ、じゃ忙しすぎですもん。それがいいですそれがいい」

「えらく嬉しそうね」

「近衛軍に戻れば仕事ですよ。それを大尉の命令とあれば、まあ、患者の面倒を見なくてもいい」

「はいはい」



 もうそれでいい事にした。近衛軍も忙しいだろうが、窓際部署の大尉がいてもいなくても構わない。とりあえずは余裕のある休暇申請はおりているし大丈夫だろう。



「さ、話をしに行きましょう。この朝右衛門の幼馴染がいれば我儘も通りますよ」

 



「無理です、お帰りください。私共が朝右衛門様によしなに言っておきますから」


 おい?



「何を言っているんだ。朝右衛門が倒れたんだぞ。私は傷医だ。患者がいるのに帰れないよ」

「私共にも傷医くらいいますよ」



 年配の犬族の男性——これは明らかに高位の従者だと分かる。朱塗りの羽織はかなり金がかかっていた。耳の周りの髪もきちんと整えられていて、それが特に無理をして要る感じでもない自然さがある。そんな彼は個室で執務らしき書類を片付けていた。


 長い時間積み重ねてきた丁寧さがいい。羨ましい。こんな従者がほしいもんだ。



「いいや、よくない。よくないね。私が見なきゃだめだダメダメ」



 そうした丁寧な態度で応じてる年配の犬族に対してこいつ、何? まるっきり子供じゃないか情けない。



「……ダメでもなんでも、護衛も待機しておりますし。棗様」

「ふふん。棗様ときたか、ずいぶん謙ってくれるじゃないか」

「……申し訳ありません。宮入様、どうか従者の御教育には力を入れますようお願いいたします」



 こちらに流れ弾が来た。ううむ。確かになあ。人材って言葉があるが棗は従者として向いてない。それなりにベテランだというのに、態度と見かけで子供にしか見えなかった。 



「いいから部屋を用意してって」



 文机で執務をとっていた犬族は、ふうとため息をついた。



「……棗くん、そこ、座りなさい」

「わかった? いいんだね? 私は今、伯爵家の令嬢の従者だもんね。さあさあ、今日泊まる部屋を用意しなさい。上等な部屋だよ」

「宮入様、どうか外に出ていただけますか?」



 微笑みながら、有無を言わせない声を出す犬族。私は無言で手を差し出し、障子を閉めた。漏れ出てくる声がする。防音ってわけもないだろうが、最低限の礼儀なのかもしれない。



「従者の態度は主人の格まで決めてしまう。それがわからんのか、タワケ」



 その一言だけで棗が意気消沈したのがわかった。そこからの叱責は切々としていて、相手を思い遣っているのがよくわかる。最初は適当な返事をしていた棗も段々沈黙していき、最後は小さく。



「……はい」



 とだけ言った声が聞こえた。


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