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「ははは、浅右衛門。そんなに戸惑うことはないよ。大体君がこうしてあれこれ取り揃えているとは思わなかったよ。悪趣味な金屏風だね、これは」
「な、何言ってんだお前。宮野池の御領主の令嬢様が来るってんで、私の周りはてんやわんやなんだぞ。それに悪趣味なんていうな、佐分の爺様から慌てて借りて来たんだそれは」
「ああ、道理で。何かしたかとでも思ったのかい? それとも何かしたのかい?」
「何もしてねえ。それにお前、そんなとこ理に座るんじゃねえ。どうして私がお前の下に座んなきゃなんねえんだ」
語るに落ちる、ではないけれど、さっきまでの硬い態度が崩壊している。私はそれが微笑ましくてつい笑ってしまった。
「あ……、そ、その宮入伯爵殿? すみません。どうにもこういう席は慣れてなくて……えー」
咳払いをし、どうにか態度を戻そうとする狐珠に、私は手をかかげてそれを止めさす。
「この際、そうした身分というのは一度横に置いておきましょう。私は近衛の宮入大尉。爵位を継いでいるわけでもなければ、そのうち継ぐとも限らないの。だからただの大尉として遇してくれれば十分」
「ですけど」
「それに、あなたも知っての通り宮野池の住人はみんな宮入家なんかなくても自立しちゃうわ。その強かさは私よりも、あなた方蛮州の民がよっぽどご存じのはずよ」
「え、ええと」
私は立ち上がり、畳を降りた。狐珠の手を強引に握り、私の前に掲げる。
「は、伯爵殿っ?」
「さっきまでの態度、そうね、棗少尉と話している時の方がとってもいいわ。そちらで行きましょう? もちろん、彼女と長く付き合っているからこそ気楽に話せるんでしょうし、無理にしなくてもいい。だけど変に畏まられても私だって肩が凝る」
「お、おい、棗っ」
助けを求めるように、また狐珠が棗を呼んだ。
「何?」
棗は木で鼻を括ったような態度だ。
「ど、どうにかしてくれよ。私にはわかんないんだよ。こういう時、どうしたらいいんだ?」
「さあ」
「さあ、じゃなくて」
「とりあえず、いつものように話したら? それこそ私に対して話しているみたいに。畏まってても、君デカいしさ。多分、宮入大尉もあんまり堅苦しいの好きじゃないよ」
実際その通りだ。領主の令嬢として遇されることも宮野池では少ないし、顔に傷がついてしまった今、堅苦しいだけの社交会にも呼ばれない。ざっくばらんな方が好みだ。多分貴族としても近衛兵としても失格ものだろう。
「え、ええっとー……、その、伯爵殿?」
「大体棗少尉が言ってる通りね。私への礼儀を気にしてくれるのなら、軍隊式の雑な方が好み。あなた大きいし、私は小さい」
「それ、関係ありますか?」
「関係はないけど見栄えかしら。大きいあなたに傅かれるとあまりいい気持ちがしないの」
「ああ、はい……、何だか調子が狂うな」
布の奥から困惑の声がして、それが何となく面白くて私はつい笑ってしまった。
「楽にしてちょうだい——、あなた、少尉なのでしょう? なら、私は大尉としてあなたを遇するだけ」
「そんなに変わらないと思うんですがね……。まあ、いいや。大尉殿のご来訪を心より歓迎いたします」
布を外してくれと頼んだが、それだけはご勘弁をと彼女(打掛は女性ものの衣装だから、多分に間違ってないだろう)は言った。
「私を助けてくれてどうもありがとう。それだけを言うのに、ひどく面倒な手続きがいるものね」
「天狗をお使いになればいいですよ。手紙なら一っ飛びです」
「顔が見れないわね」
「ここに来ても変わりませんよ」
どうにも彼女は意固地だ。それだけの何かがあったのかもしれない。私は知らないし、棗は知っていても特に口に出さない。
「しかし、生きていてくれてよかった。不安だった、です」
「敬語には不慣れ?」
「ええ、まあ。蛮州じゃ使いませんね。一応三棟梁で、処刑人ですから」
話は弾まない。あまり歓迎している風でもないのは、伯爵の私とも、大尉の私とも特に喋りたいことがないからだろう。
生きていてくれてよかったと言うのは本音なんだろうけど。
「いつ復員を?」
「紛争が終わってすぐで。ま、天狗の親方——ああ、いや。知り合いがいてですね。そいつに送って——あー、いやいや。彼に」
「本当に敬語が下手ねえ」
「あ、ええ、はい……」
「それで、私は助けてもらった立場だから、お礼しか言えないわけだけど……。何か報いたいの。気持ち、わかる?」
「結構です。結構です」
食い気味に断られた。
「なぜ?」
「いや……、やっぱダメですよ、伯爵殿」
「だからなんで」
「ダメなんですって。この屋敷に入るのだってよくない。あなたがやってんのは」
「大尉が家に来ただけでしょ」
「では、それでいいのです」
何が言いたいのかいまいちわからない。変な話し合いになった。
棗は難しげな顔だ。なんでこんな顔を今するんだろう。
「……私としては、あなたに何かしら贈呈するか、勲章の申請をしようと思ってる」
「お気持ちだけで」
にべにもなかった。布の奥の顔がどんなものなのかはわからないが、あまりいい顔ではなさそうだった。




