到着
翌日である。私たちはまた人力車の上に乗っていた。
「この道中が終われば、しばらくこれに乗りたくないわね」
「仕方ないですよ。他がないんだもん」
文句を言っても始まらないが、やはり腰にくる。昨日の布団がもう恋しい。
「あとどのくらいかかるの? 礼を言うのに一日がかりとは、かなりの行軍ね」
「それくらい、蛮州は未整備なんです。仕方ないんですよ」
棗も、恥ずかしがっていた昨日が嘘みたいに萎れていた。街道とはいえ、未整備という言葉通り、車輪が跳ねるたび座席には衝撃が来る。
それでも何とか朝の内に陽螢山は目の前を覆うほどの大きさになった。空を二分するほどの陽螢山は何とか目の前を全て覆う程度までになっている。
「ご令嬢方。着きやしたぜ。やれ疲れました」
犬族はそう言って、うんざりしたとばかりに腰を下ろした。
「ご苦労様」
「はは、光栄の至りでさ」
乱暴な口調だが、気性が悪いわけでもないのだろう。手を差し出すと恭しくそれを握った。
「それで、ええと、ここの主人はいるのかしらね」
屋敷——それは私の実家などよりよほど大きい。塀の漆喰は珊瑚色で、それこそウチの屋敷などとは雲泥だ。大体、皇都廃墟愛好会の会員などに関心される程度のボロ屋敷ではいばれたものではないが。
「いるでしょう」
棗は別段何ということもなく返した。
「何で分かるのよ」
「ここの主人に昨日の内に文を出しておきましたので」
「……」
しまった。こうした手続きは私がやるべきことだったのだ。
何せ向こうだって用意はいる。適当に訪問して挨拶。そんな近所の子供が遊びに行くような振る舞いは大人の所作ではない。いわんや伯爵家の令嬢である私がだ。
「大尉は疲れてましたしね。ま、初めての蛮州ですし仕方ありません」
「ごめんなさい。手抜かりだったわ」
「ですので、ここの主人——狐珠殿はご在宅です」
「どんな人?」
棗は何故だか顔を顰めていた。
「豪気な方ですよ。その……蛮州有数の領主です。蛮州の三棟梁——ご存じです?」
有名な話だ。当然知っている。そしてそこに連なる名前が大八洲を震え上がらせる存在であることも。
「博徒頭の鬼原、仏の犬島、狐珠浅右衛門」
「はい正解。その、浅右衛門です」
私の顔も強張る。浅右衛門、それは処刑執行人の世襲名だ。私の曽祖父くらいの世代までは、処刑を行い死体で商いを行う家があったという。無論昔話ではある。それも親たちが話したがらない類の。
「……本当にいたのね」
「昔話ですよ。言っときますがあなたを回収したのは死体商いをしようとしたわけじゃない。命令からです」
「ありがとう。それを言わないでくれたら尚更よかった」




