集落
手近な集落が本当に間近だったのは幸いだった。塀、門、篝火。人がいる証拠の三大要素が揃うと安心する。門番らしき犬族が槍を片手に誰かと問うた。
「客人だ。焦んな、賊じゃない」
犬族の車夫は何かしら出すとすぐさま門番の彼は安心したように槍をしまう。
「古臭い警戒ねえ……」
ライフルとまではいかないがせめてマスケットでも用意すればいいのにと私は思った。
「犬族は伝統重視ですからね。古風めいた行動様式を好みます」
棗が解説する。どんな顔をしているのか見えづらい。日はそこまで落ちてきていた。篝火のそばまで来て、ようやく彼女のメガネが光るのが見えた。
「知らなかったわ」
「あまり蛮州以外で屯ってないですからね。知るすべなんかありませんよ」
「大勢いたら彼らも本来そうしたいのかな」
「さあ? 蛮州以外で彼らの邑を見た事がないので何とも」
門を通され、私たちは人力車を降りる。初めての、人間以外が住む集落だ。人が珍しいのか、犬族がジロジロとこちらを見ているのがわかった。車夫たちは棗から代金を受け取ると、そそくさとどこかに行った。
「あ、ちょっと……、どうするのよ、棗。ここらの地理に詳しいの?」
「皆目」
「じゃあ宿が分かんないじゃないの。あんたどうするのよ」
「何とでもなりますよ、大尉。ほら」
棗が指し示す方向を見ると、慌てたように犬族が何人かやってきていた。束帯——屋外で着るようなものではないが、高貴さは出ている。
「はあはあ……、失礼。どちら様ですかな? 当邑に何かございましたか?」
束帯姿の犬族の男性がそう言った。両脇には供を連れていて、何かあった時のためなのか、槍を携帯している。やたらと手に馴染んでいて——まあ、私の細身なんか即座に貫けるはずだ。
「どういう訳?」
棗に小声で尋ねた。
「人間ってのは何をしでかすか分かんないって事ですよ。退屈しのぎで夜中に迷惑かけられたらたまんないから、お偉いさんが出張って来てるんです」
よくわからない。
「失礼、大八洲近衛軍の棗少尉です。狐珠殿の屋敷を目指すつもりでしたが、今日中につかないので宿をお借りしたい。さっきの車夫に聞いてきたので、間違いなくあると思いますが」
やや高圧的に棗は言った。
「は、はあ。ええと、何か理不尽を言いにきたわけではないと」
「違います。我々は一夜の宿を借りにきただけですよ。あー……少し説得力がないのは理解できますけど」
私を見ながら言った。確かに、近衛軍の制服を着ている私が横にいれば、何事かあったのかと邪推されるのも仕方ない。
「こちらは宮入大尉。近衛軍の大尉です。宮野池の領主である宮入伯爵家の令嬢です」
「ご令嬢……? 手前共には良くわかりませんが、とにかく宿はご用意いたします」
「感謝しますよ」
棗の交渉は上手く行ったようだ。交渉というよりただ説明しただけなのだが、別にそれで上手く行くなら文句はない。




