道中
馬車はない。だからこれで行ってくれと詰所の担当に言われた。だから私たち二人は人力車に乗り込む。車夫は一人だが、筋骨隆々の犬族だった。
「結構な待遇かしら」
「そうでしょうね。こうしたものに乗ることはないです。犬族は足、天狗は羽があります。これに乗るのは狐族の大物だとかお嬢様だとかですよ。だから私も恥ずかしい」
「はは、そうね」
私も一応お嬢様ってことになるのだろうけど、そんな感じはしない。宮野池という土地は実入はいいが私に回ってこない場所なのだ。
だからこんな扱いは初めてと言って良い。
人力車——とは言うけれど、これは果たして本当にそうなのか。前を走り、汗を迸らせているのは犬族だ。人成らざる者と、蛮州以外では肩身を狭めているが、それらが集まっているここでは生き生きしている。
生きる場所が大事ってわけだ。私も似たようなもの。煌びやかな社交界ではどうにも生きづらかった。同僚たちの華やかなドレスや、口当たりのいい菓子などよりも私にとっては地味に誂えられた軍服の方が着心地が良く、兵たちと共に喫食する携行食の方が美味かった。
もし誰か物好きがいて、私の生活をしてみたいと思うものがいたら手をあげてほしい。きっと何日かくらいでうんざりするだろう。
駅までつき、人力車の犬族たちは交代する。棗と話ができるのはそこだけだ。
「まだかかるのかしら」
「近くに見えるでしょう? 実のところ結構離れているんです。デカすぎるんですよ、陽螢山は。だから方角を見るのには便利です。なんて言いましたかね、夜に北で動かない星。あいつみたいな感じですよ」
「北斗、かしら?」
「ああ、それだそれだ。大尉は博学ですね」
「どうも……、でもいい加減腰が痛いわね。貴女は平気?」
「まるきり平気でもないです。偉い人はこれにしょっちゅう乗るんだななんて思うと同情しますよ。立派な身脚があることに感謝です」
棗は顔を顰めながら、それでも楽しげに言った。陽螢山の麓にいるらしいが、そこまで行くのすら日を跨ぎそうだ。流石に空が藍色になる頃、車夫がごねた。
「今日は無理だ、これ以上行けない。夜になっちまいます」
私も星明かりだけで走るのには限界を感じていたので、それには同意した。棗を見ると、さもありなんという風に頷く。
「手近な、宿のある集落はある? そこに泊るわ」
「へえ」
車夫の声は高鳴った。耳が揺れている。どういう意思表示なのか私にはわからなかった




