関所
馬車を乗り継ぎ、二日。三日目からは蛮州の関所を抜ける。関所にいたのは犬の獣人だった。犬の耳があり、鼻が効き、真面目な者が多いからこの起用には納得だ。
「おや、珍しい。宮野池のご令嬢ですか」
「知ってる? なら話が早いのかしら」
木で作られた門と、雨除けの詰所。簡素な関所を受け持っている彼は小窓から顔を覗かせる。
ニヤリと笑った。
「もちろん、蛮州のお隣さんで、私どもをそこまで差別しない方々です」
「ただ怖がってるだけよ」
「はは、まあ、どちらにせよ、ここに入られるなら変なことも起きるかもしれません。法律はありますが、人間の方々とは相容れないかも」
「ふーん」
脅しかけるような声だが、私はあまり気にしない。この程度の脅しなんか慣れっこだし、それ以上に、機関銃より怖い存在なんかあるだろうか。
犬族の中年はそうした私の反応が面白くなかったのか、つまらそうに手形を改めて私に返した。
「いつもこんな感じなのかしらね。客人を脅す文化は私たちにはないけれど」
棗に聞くと、彼女は頭を掻いた。
「あれでも友好的な種族なんです。天狗、狐、犬。この三族はまだ人との関係を築いて行きたがってる方ですよ」
だろうなと思う。そうでもなければ州境の警備を任さないだろう。犬と狐は亜人の中でも人に近い。よく聞く話だ。昔話には人との友情を築いたものもある。
ただ、実際はそれらの存在は結局人に疎まれている。そうしたのもどうかとは思うのだが……。
「あなたはどうなの? 人と友好的にしたい方?」
「私は……どうかな。人と人だって誰しも友好的とは限らないでしょう?」
「ま、ね。それで、その私の恩人はどこにいるのかしら」
「あそこですよ」
棗はひょいと指差した。
「……え?」
確かに私の視力は悪くなってしまった。現に両目とも普通だった視力は砲弾によってかなり落ちた。
ただ、別にそれが問題だったとは思えない。何せ、棗が指差したのは隆々と聳える壁だったのだ。
そう、壁だ。山というには高すぎる。
雲の上まで伸びていて、そこには階段やら屋敷やらがへばりつくようにある。扇国の掛け軸で見るような光景でクラついた。
「あそこ、って、あそこ?」
「ああ、はい。陽螢山っていうんです。蛮州の中心ですよ。あの屋敷たちは龍族の方々が住んでらっしゃいます。高いところが好きなようですね」
「……へえ」
あまりにぶっ飛んだ光景に私は理解するのを諦めた。ここは人々の想像を絶する。凡人である私の理解が及ぶはずもないのだ。
「あんたはこういう光景を昔から見てたわけよね。だからどっかふわついているんだ」
「失礼な。合理的ですよ私は」
「でも、あんなの山っていう? 私はもうありえない何かを見た気持ちよ。生まれて初めて天狗を見た時みたいな感じ」
「ま、もし、この蛮州がそうした名前で呼ばれなくなった暁には、この光景は大八洲きってのものになるでしょうね」




