吐露
「な、何ですかねえ」
「佐分と仁科。この二人の名前を知らないわけではないわよね。知らないなんて言わせない」
「そんな名前なんかいくらでもありますよ。でしょ?」
「言い訳はいい。早く言いなさい」
「……どうしても言わなければなりませんか?」
「どうしてもよ。それでも言わないなら、あなたはこの廃墟のシミになる。ここは私の家よ。何だって出来る」
顔を出来るだけ凄ませる。意味なんかないだろう。この脅し文句も、棗に対して何にもならないだろう。
棗は眼鏡の奥の目を私に向けていた。
じっと睨み合いが続く。一分二分……。
棗がため息をついた。顔には疲れが見えた。こうした表情をしてもらえるのも父上のおかげだろう。きっと。
「凄みがつきましたね。大尉」
「あなたが生かしてくれたおかげでしょうね。搬送してくれた方々のおかげかも」
「あなたがそうした思いを持ち続けて欲しいんです。私は。言わなかったのは、その思い一つで」
「……どういうことなの?」
含みのある言い方だ。
「領地は宮野池でしたよね」
「うちのはね。まあ、たいした領主でもないけれど」
実際舐められているのが実態だ。頭は下げてくれるし、ある程度の尊崇もなくはない。けれどももっと上手いやり方もあるはずなのだが、父上にそのつもりはない。
「なら、大丈夫……とも言えませんね」
「いいから言いなさい。あなたに悪いようにはしない」
「はあ、まあ。わかりました。これ以上は無理ですかね」
棗は諦めたように言った。
「蛮州」
棗の声は静かだった。私はそれをそのまま聞く。
「知ってますよね。天狗や狐、要は亜人と呼ばれるものたちの領地。あなたを救ったのはそこの者どもですよ」
どうしてこうも棗が話したがらないか、私はその言葉だけでふっと腑に落ちた。
蛮州。そうした名前がつくだけの場所。人という種族からするとそこにいる様々雑多な存在は全て下等、とされている。
もちろん実態はそうじゃない。
人はただ、そうした存在を恐れたのだ。天狗は空を飛び、狐は人を騙す幻術を使いこなす。龍は雑多な者どもを統率する。その他にもそうした人ならざる力を持つ者たちが存在する。
そんな実態を人は恐れたのだ。だから押し込めた。ここに行けと。
それが蛮州。人ならざる者たちを集めた大八洲の片隅だった。
「なるほどね……」
私は棗に目を向ける。お前がそうした態度だったのも腑に落ちる。そうした振る舞いをした。
実際はただ、亜人は呆れたのだろうと思う。宮野池は蛮州の隣だ。無論簡単に行ける場所ではない。
山地と竹藪が通行を邪魔するし、宮野池の住民だって蛮州の者たちを好意的に見ているわけじゃない。それでも隣であるからある程度の交流はある、はずだ。
「彼らは志願してくれたんです。今の蛮州の領主。人との交流を望んでます。ただ、誰も話を聞いてくれない。困っているんですよ」
「……あんたがなんでそんな話を知ってるの?」
「どうせバレちゃうから言いますよ。私は蛮州の出です。隠してますが」
「どうして言おうと思った?」
私は棗を見ながら言った。蛮州は本来大八洲の領地ですらないと見られている。
亜人というのは穢らわしい存在。それが常識とされているのだ。だから彼女だって本来、徴兵の対象ともされない。
いや、それどころか棗は傷医だ。なれるはずもない。蛮州出身はそれだけ明確に分けられる。隣の宮野池の寺子屋でも、蛮州出身者は少ない。
「我々はもう、溶け込みたいんですよ。これは本音です」
「……私に何を求めてる?」
「それはご本人に聞いた方がいいはずです」
「案内してくれる?」
「ご希望ならば」
棗は先ほどのような慇懃なような態度はしていなかった。




