到着
宮入家の前に来た棗は顎に手を当てて観察していた。私は何となく居心地の悪い思いをする。
「何というかまあ、前衛的ですね」
「端的に言いなさいよ」
「じゃあ、ボロい」
直球にも程がある。まあ、間違ってはいない。
宮入家は伯爵家で、しかもそれなりに領地経営にも成功している。だというのに、なぜこうも屋敷がボロいの
か。一応皇都と自身の領地である宮野池に屋敷を構えているが、どちらも似たような様相だ。
「貴族の屋敷といえば自己顕示欲の塊ではないですか? 足柄男爵家とか柏原子爵家なんかは観光名所ですが」
「ま、貴族も色々あるってことよ」
本当に色々だ。父である宮入伯爵は陸軍中将位を持ち、伯爵という家柄も相まって尊敬を集める存在……なのだが、彼はあまりにも領地経営に無頓着すぎた。彼の場合の領地経営は、人への尊敬というより犬に対しての慈悲に近い。
要するにあまりに領民に優しすぎるが故に、宮野池に点在する村々や街の顔役に舐められている。だからこそ、私たちが集めるべき税収が基準に達したことなど一度もなく、そのせいで自分たちの貯蓄をすり減らして国家へ納入しているのだ。
馬鹿馬鹿しい。そのせいで零落一歩手前だというのに、父が態度を改めることもない。
ギリギリと開くか開かないかというような音がして門が開いた。
「味わい深い」
「正気?」
「私は皇都廃墟愛好会の会員でしてね。こうした長い年月風雨にさらされたがために出来上がった建築物には目がないのです」
「馬鹿馬鹿しい」
「そうでもありませんよ。ほら、見てください。この木の劣化。自然に出そうとしても出ないこの天然の劣悪化こそが美なのです」
「私の前で二度とそんなことを言わないでね。まるで馬鹿にされてるみたい」
「そうではありませんよ」
家に続く飛び石も欠けていて危ない。伯爵家なら金があるだろうと見込んだ業者を追い返す父は何度も見てきた。
味わいねえ……。これはただの危険というのではないだろうか。
「戻ったか」
屋敷の母屋の奥。当主の部屋と言われる場所は畳一〇畳ほどの部屋が連なる場所だった。襖はあるが、さわれば棘が刺さらんばかりに毛羽立っている。
そこに当主である宮入義直伯爵がいた。年齢は四十手前。二十歳になったばかりの娘がいるにしては若すぎるが、貴族の結婚は早いから特に変でもない。
父は気楽な着物に帯を占めている。ただ申し訳程度に皇主から与えられた宮入家の色、紅蓮の羽織を羽織っていた。
布が多ければ多いほど高級とみなされる大八洲ではあまり豪奢な格好とはいえない。むしろ紅蓮の羽織が浮き上がっていて、父にいうのも何だが垢抜けない格好だった。