分岐
美咲が萌ちゃんの失禁を目撃したあの日から三日。
私はそろそろ進捗を聞いてみようと考え、ランチに誘おうと心に決めていた。
――けれど、その必要はなかった。
午前中、資料作りに追われていた時。
斜め前の席の美咲が、そわそわと脚を組み替えているのが目に入った。
(あ、我慢してるのかな…?)と思った瞬間、彼女はふっと深呼吸をして――
黒いロングスカートの裾を持ち上げ、そのままデスクに腰掛けながら脚を開いた。
そして、何の合図もなく、音を立てて失禁を始めたのだ。
透明な流れがスカートの中からあふれ、椅子の座面を伝って床へと落ちていく。
美咲の表情は驚くほど無表情。頬は赤くもならず、視線はまっすぐモニターに注がれたまま。
羞恥心のかけらも見えなかった。
(……え?恥ずかしくないの……?)
私は衝撃で声をかけられなかった。
ただ、椅子の下に広がっていく水溜まりを呆然と眺めるだけ。
――そして昼休み。
二人でいつものカフェテリアに座った時、美咲は淡々と告げた。
「もう、恥ずかしくないんだよね。ていうか……なぜ今まで恥ずかしかったのかも思い出せないくらい」
彼女はサラダを口に運びながら、当たり前のことを言うように笑った。
その姿は、この世界の“常識”に完全に染まってしまった人間のものだった。
一方の私は――違った。
失禁を重ねるたび、むしろ恥ずかしさは増していた。
顔は熱くなり、心臓は早鐘を打ち、視線を逸らしたくなる。
あの日からずっと、消えるどころか強くなる一方の羞恥心。
「ねえ、美咲……どうして、そんなに平気になれたの?」
思わず相談してみた。
けれど、美咲は少し首を傾げてから、柔らかく笑った。
「……ごめん。もう、彩の言ってる気持ちがわからない」
彼女の声は優しいのに、そこには決定的な断絶があった。
私と美咲は、同じように“実験”を始めたはずなのに――
気づけば、まったく違う場所に立っていた。




