順応
翌日の昼休み。
私は会社の屋上に出て、美咲を呼び出した。
「ごめんね、急に……」
「ううん、いいよ。なんか顔が真剣だったから、ちょっとびっくりしたけど」
人目がないことを確認してから、私は深く息を吸った。
「美咲、……私ね、この世界に“順応”してみようと思うの」
その言葉に、美咲の瞳が揺れた。
「順応って……わざと、失禁するってこと?」
「うん。恥ずかしいけど……でも、このままだと私たち、ずっと浮いた存在のままじゃない? みんなは自然にやってるのに」
「……」
私は続ける。
「この世界になってから、ずっと考えてたんだ。恥ずかしいままでいるのは、自分のためかもしれない。でも……みんなが当たり前にしてるのに、私たちが恥じているせいで、逆に楓や萌まで“恥ずかしい”って思ってる」
「……うん。私も、同じこと考えてた」
美咲は小さく頷き、唇を噛んだ。
「私が慣れれば……萌ちゃんはきっと元に戻れる。彩が慣れれば楓ちゃんも」
「そう……。私たちが順応すれば、みんなを救えるかもしれない」
二人で沈黙する。
ビルの隙間を風が抜けていく音だけが響いていた。
「でも、みんなの前でいきなりやったら……」
「うん、それはダメ。恥ずかしさが伝わっちゃう」
「だから、こっそり。まずは会社で、誰にも気づかれないように……」
お互いの目を見た瞬間、同じ覚悟を共有できた気がした。
怖い。けれど、未来のため。
そして楓ちゃんや萌ちゃんの笑顔のために。
私は思わず苦笑した。
そう言って、美咲も少し照れたように笑った。
二人だけの、小さな決意だった。
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それから、私と美咲は一週間にわたって“順応の実験”を続けた。
朝からわざと我慢し、昼休みの廊下の隅や帰り道の暗がりで服の中に解放する。
もちろん羞恥心が消えることを期待して。
だが――結果は正反対だった。
どれだけ繰り返しても、私たちの顔から赤みは消えない。
毎回、こみ上げる恥ずかしさに震えて、結局は息を合わせるように苦笑いを浮かべるしかなかった。
ある日の昼休み。
私と美咲が服を替えて戻ると、楓ちゃんが机に頬杖をつきながら声をかけてきた。
「先輩方、また替えてきたんですか? どうしちゃったんですか…?」
私は心臓をぎゅっと掴まれた気がした。
後輩たちは、すでに“おむつに守られた羞恥心の世界”を日常として受け入れてしまっている。
「……ごめんね。ほんとに心配させちゃって」
私は必死に笑顔を作ってごまかした。
「そうそう。私たち、ちょっと試してみたいことがあるだけだから。気にしなくていいの」
美咲も合わせて言う。
二人は「そうですか……」と頷いたけれど、まだ納得はしていないようだった。
このままでは、後輩たちにまで“普通に失禁する感覚”は戻らない。
本当に世界に順応するためには――私が一人で挑まなければならないのかもしれない。




