表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

沈まぬ者たち

本日もよろしくお願いします

【1】三笠レン:断絶の屋上にて


 風が吹いていた。泡の中でも、風はまだ、生きていた。


 研究棟の屋上に立つレンは、遥か地平に広がる白濁の“泡膜”を見下ろしていた。

 都市全体が、海のようにうねる記憶の層に沈みかけていた。



---


 (この現象は、もはや観測対象ではない。記憶の主権を問う、意志との戦いだ)



---


 彼の横には、カエデがいた。制御デバイスを腕に装着し、静かにデータを見つめていた。


 「このままだと、泡は48分後に大気上層へ拡張する。

  そのとき、地球の“記憶基準座標”が書き換えられるわ」


 「記憶基準……つまり、“人間という定義”そのものが?」



---


 カエデは頷いた。

 「泡は、忘却と統合を繰り返す。

  でも人間は、“忘れたくないもの”にしがみついて生きてる。

  それが、泡にとってはエラーなの」



---


 「なら、僕たちがしなければならないのは、“エラー”であり続けることだ」

 レンは、そう答えた。



---


【2】蒔田カエデ:制御中枢


 カエデは深層インフラ制御室へ戻ると、端末に直接アクセスした。

 彼女の目の前には、かつて自身が組み込んだ記憶継承モジュールの回路図が拡がっていた。



---


 << MELT_CORE PhaseC:全系拡張作動中 >>

 << 記憶統合率:79.1% >>



---


 「もし“記憶”が海なら、私はどの泡の中で息をしていたのかしら」


 彼女の記憶には、姉の最後の声が残っていた。

 「忘れていいよ。でも、残してくれたら、嬉しいな」



---


 彼女は震える指で、オーバーライドコードを入力した。



---


 << コア信号分離処理:開始 >>

 << 人間系記憶バッファ:強制優先設定 >>



---


 次の瞬間、制御ルームの照明が激しく明滅し、泡膜の広がりが一瞬だけ止まった。



---


 (“誰の記憶が正しいか”ではなく、“誰と生きたか”が意味を持つように)



---


 その意志だけを、カエデはコアに刻みつけた。



---


【3】一色アマネ:泡の縁で


 ユウトの手は温かかった。彼の意識が完全に戻った今も、泡は二人を包んでいた。



---


 「聞こえる? 私の声、今はちゃんと、あなたの中にある?」


 「うん……聞こえる。でもそれだけじゃない。

  誰かの記憶が、ずっとここにあった。

  “ありがとう”って、言ってる」



---


 アマネは涙をこらえきれなかった。

 これはただの“医療”でも“観測”でもない。繋がりだった。



---


 モニターには、再び警告が点灯する。


 << 非選択記憶群:再構築開始 >>

 << 統合中断:識別エラー >>



---


 「アマネさん……誰かが、泡の中で目を覚ましかけてる」

 「誰?」


 「……“神様”を見た、って言ってた。たぶん、忘れられたままだった人」



---


 泡の向こうに、微かに映る“影”。


 かつてこの島で亡くなった、記録にない被験者か、あるいは——

 記憶のなかで名前すら失われた、存在の断片。



---


 「もしかしたら、僕が“代わりに生きてる”のかも。

  でも……その記憶は、今、僕の中で生きてる。

  だから、もう忘れないよ」



---


 泡が逆巻き始めた。

 沈むはずだった泡が、浮かび上がっていく。



---


 << 統合率:降下中(67.8%)>>

 << 統合干渉対象:ユウト/アマネ/レン/カエデ >>



---


 記憶は、再び“人間の手”に戻り始めていた。



---


 外では、レンの声が響いた。

 「カエデ、ユウト、アマネ——君たちは、まだこの島の記憶を持ってる。

  だったら、この島はまだ“沈まない”。」



---


 その言葉とともに、泡膜が一度、強く脈動した。



---


 制御室にて、カエデが呟く。

 「見て、コアが……次の候補を示してきたわ」



---


 モニターに浮かぶ文字。



---


 << 記憶再統合候補:No.000──“ユリ” >>



---


 カエデは目を閉じた。



---


 「ありがとう……まだ、あなたは私の中にいたんだね」



---


 ユウトが最後に呟いた。



---


 「泡の神様は、忘れることの神じゃなかった。

  思い出すことの、神様だったんだ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ