表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

誰がここに残ったのか

本日もよろしくお願いします

 非常灯が瞬く無人の廊下を、アマネは静かに歩いた。

 壁に響く足音は、あまりにもはっきりしていて、この島の静けさを逆になぞるようだった。


 医療区画では、島全域に出された避難命令により、すでにほとんどのスタッフが退避していた。

 けれど、彼女はまだここにいた。

 それは、この島に“残された”誰かの命が、まだここにあるからだ。


 ユウト。

 意識を失ったまま、モニターのベッドに横たわる少年。

 白く透けるような肌に、安定しないバイタル。

 まるで彼自身が、この島の“泡”と同じように、消えてしまいそうだった。



---


 「ユウト……まだ、行けないよ」


 彼女は彼の指をそっと握った。

 触れた皮膚は、かすかに温かい。

 それが、かえって怖かった。



---


 今、この瞬間にも、島の周囲では泡のような空間歪みが膨張を続けていた。

 気象レーダーはすでに意味をなさず、トーマス博士の警告によって大半の職員は研究棟を放棄。

 だが、アマネは――残った。


 (なぜ私はここに残ったの?)

 (彼が“患者”だから? それとも……)



---


 ──「君が最後までそばにいるなら、彼はきっと“忘れられない”存在になるよ」


 それはかつて、人工記憶再構成プロジェクトの中でカエデが言った言葉だった。

 人の記憶は、常に“誰かと繋がっていることで”形を保つ。

 逆に、繋がりが失われれば、人間は記憶ごと“消えて”しまう。


 今、ユウトが置かれているのは、まさにその境界線だった。



---


 ドアのロック音が鳴る。

 ふと、室内に無人の通信端末が起動された。

 音声ファイルが自動的に再生される。



---


 《音声記録:発信者・蒔田カエデ》


 『……この記録が届く頃、私は観測塔にはいないかもしれません。マキアー・コアの動作記録を追跡して、知ってしまった。

 この島は“人”ではなく、“記憶”を選んでいる。誰を残すか、誰を消すかを、泡が判断してる』


 『ユウトは、おそらくその中核にいる。

 彼が持っているのは、“未来の記憶”ではない。

 **“未来に生まれるはずだった誰かの記憶”**よ。』



---


 記録が切れた。


 アマネは理解できなかった。ただ、ひとつの想いだけが、胸の中を満たした。

 (この子を一人にしたくない)



---


 「ユウト、聞こえてる? あなたは、ここにいていいんだよ」


 その時だった。

 部屋のスピーカーでも、心拍モニターでもなく——

 耳元で、小さな“泡の弾ける音”が聴こえた。



---


 ぷつん

 しゅうっ



---


 脳の中で、小さな空間が泡のように弾けた。

 視界の周囲が歪み、床の感触すら曖昧になる。

 アマネは思わずユウトの手を強く握った。


 「だいじょうぶ、私はここにいる。あなたも、ここに……!」



---


 そして、彼女は**“共有”してしまった。**


 ——過去に見たことのないはずの映像。

 ——誰かが泣いていた病室。

 ——泡のように浮かぶ文字たち。“あなたが忘れなければ、私は消えない”という声。



---


 (……これは、ユウトの“記憶”?)



---


 気づくと、アマネの頬には涙がつたっていた。

 彼女自身の記憶とユウトの記憶が、泡のように混ざり合い、境界が溶けはじめていた。



---


 部屋の奥で、再び端末が点灯する。

 画面にはこう表示されていた。



---


 << MELT CORE:Phase B - 共有記憶発動 >>

 << 被験体02 - 一色アマネ:接続中 >>



---


 「……これって、私が“選ばれた”ってこと?」



---


 そう呟いた瞬間、再び泡の音が弾けた。

 今度は、ユウトの指がわずかに動いた。


 「……アマ、ね……さん……」


 微かな声。まるで、霧の向こうから届いた呼びかけのように。



---


 「ユウト! 聞こえる? 大丈夫、私はここにいる。絶対に、置いていかない」



---


 涙と安堵と恐怖が混ざり、アマネはその場に座り込む。

 その背後で、部屋全体の照明がふっと明滅した。



---


 泡は静かに、天井にも床にも、染みるように広がっていた。

 そして、スピーカーから、低く、奇妙な音声が鳴り響いた。



---


 「記憶、再起動まで——あと12時間」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ