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冬賀学園、みんなの夜。

やっと用事が終わって荷物を片手に電車に乗り込んだのは、もう夜の七時をまわった頃。

だから乗り換えのために降り立った東京駅で桜ノ宮の佐藤、もとい藤村茂樹に会った時は珍しく心底驚いたものだ。



「あれ」

「あ」



お互い漏れた最初の言葉はお世辞にも上手いものとは言えなくて。

けれど互いの持つ大きなスポーツバックに気づけば、どうして今ここにいるのかは何となくお互いがわかる。



「なんや、渋沢の旦那も今戻るところかいな」

「そっちも、みたいだな。……京都から?」

「せや。顔も知らんジジイの何回忌だかで。おかげで始業式はサボれたんやけどな」

「それは――奇遇だな。俺もだ。祖母の三回忌で……」



へえそうなんかと頷きながら促され、渋沢と藤村は一緒にホームへと向かった。

同じ電車やし途中までやけど一緒にいかへん?と話す彼と会うのはナショナル選抜以来だが、また一段と大人っぽくなったように感じる。

そういえば彼は学年が一つ下だけれど、年齢的には一緒だったと改めて思い出した。



「桜ノ宮の皆は元気か?」

「まーぼちぼちやな。新入りも慣れてきたし、実質俺らは引退やしなあ……今は受験やー言うて喚いとるよ」

「ああ、そういえばそんな時期か……」

「冬賀には縁のない話やな。エスカレーター式っちゅうのは楽でええわ」

「いや、意外とそうでもないぞ。成績が悪ければなかなか決まらないし、そうなれば入試と同じテストは受けてパスしないといけないからな。とはいっても確かに一般よりはずっと楽といえば楽だろうが……」



そんなことを話ながら乗り込んだ車内は、時間帯が帰宅ラッシュより遅いせいか人が少ない。

横がけのそれにゆったりと座れるのはありがたく、やはり移動の疲れもあったのか軽い倦怠感が全身を襲う。



「なんや随分お疲れやな」

「ああ。……自覚はなかったんだが、そうみたいだ」

「明日からもう練習やろ?そっちのことやから」

「そう、だな」



事前に渡されていた二学期の予定表を思い出しながら渋沢は答える。



「二学期はまた入れ替わりが激しいからそのぶん練習もきつい。心して掛からないといけないんだが……」

「さよけ。旦那は正ゴールキーパーになるんやろ?」

「まだ決まってはいないさ」



しかしそうなることは目に見えて明らかだった。

冬賀はサッカー強豪校といわれるにふさわしく、どのポジションも選手が揃っている。

だがゴールキーパーは比較的人数も少なく、また激戦の結果、正副に一番近いと言われていた二年生はケガを負った状況で見通しはあまりよくない。

秋はともかく、三年の引退が正式に決まれば、恐らく八割方そうなるだろう。


けれど渋沢は未だにDF(ディフェンダー)陣との連携が上手くいっていなかった。

夏休み中の練習で散々、実感したことだ。


それも仕方がなかった。

やはり年下に、という感情は、どう理屈をつけたって完全にはなくならない。

だから今回も別にそれ自体は、初めてのことではない。

小学生だったころも、中学の時も、いつだって似たようなことを経験してきている。


しかし経験があるからこそ――先が遠いと言うことがよくわかる。



「……どっちにしろ二学期は色々問題が起こる時期でもあるから……そうだな。忙しいかもしれない」



色々考えながら口にしたそれを、藤村は余すことなくしっかり理解しているのだろう。

そうやなと頷いた。



「名門校いうんも大変やな」

「どこも基本的には似たようなものだと思うが……まあそうかもしれないな。でもそっちのほうが大変じゃないのか?」



だから感心したように呟くこの男のほうがよほど忙しいだろうにというのが、渋沢の偽らざる本音だった。

今でもこちらの学校に通いながら、関西選抜の練習の度にあちらへ通っていると聞いている。

そこに受験までつくのだ。生半可ではないだろう。


しかし藤村はちゃうで、とあっさり首を横に振ってみた。



「全然大変やないで。あっちとこっちの行き来なんぞ、電車に乗って寝とったら勝手につくようなもんやし。それに受験言うてもサッカー推薦、決まったん」

「そういうものでもないような気がするが――おめでとう。推薦が決まったなら少しは楽だな」

「ありがとさん。まあ今年は結構派手に動いとったしな。地元やし、そのぶん噂が広まるのも早かったちゅうわけや」

「――地元?」



思わず藤村を見れば、彼は思ったより落ち着いた目で渋沢を見ていた。

――それは、つまり東京ではなく。

京都。



「……そうか。決めたのか」

「せやな。そういうことや」



彼が桜ノ宮の佐藤達也――彼が唯一、タツボンと呼ぶ彼と、何とも形容できない関係(つながり)があることは、渋沢も薄々と知っている。

同じナショナル選抜の山口と菅間のように付き合っているとかそういうわけじゃないらしいが、それでもただの友情と呼ぶには、少しばかり難しい関係であることを。



「……離れて成長せな、先が見えんもんでな」



藤村がぽつりと呟いた。

ゴトンゴトンと規則的な音を立てて走る電車の音にかき消されそうなほど、小さく。


けれどそれは確かに渋沢の耳に届いて。



「せやからあいつはおいてく。サッカーやめたないさかい、出来るだけのことはやっとかんとあかんしな。それに一度でも負けたら問答無用で家にも戻らなあかんしなあ」



はは、と少しだけ混じった乾いた声は、聞こえなかったふりをした。



「せやからこれは……なるべくしてなったっちゅうことや」

「……そうだったのか」



藤村のその口調だけは、明日の天気でも話すように明るい。

それはきっと彼の強みだ。


ここまで懐の深い人間になりたいと、渋沢は思う。

目の前の小さな事に捕らわれず、こんな風に先を見つめて今を決断できる藤村が、渋沢には好ましかった。

目標でもあり、負けたくないとも思う。仲がいいわけでもない彼にそう感じるのは不思議な話だが、そう思うのだ。


やがて車内放送が流れた。

次が藤村の降りる駅だ。



「――なあ……渋沢の旦那」

「何だ?」



不意に藤村の声のトーンが下がる。

珍しいなと思いつつ尋ねれば、藤村は珍しく真面目な顔で渋沢を見つめていた。



「藤村……?」

「――ここで会ったんも何かの縁やしな。フェアやないから言うとこか。……タツボンな、冬賀に行くで」



一瞬、渋沢は何を言われたのか正確に把握できなかった。

そしてそのまま思い出したのは、今から帰るその場所にいる水上の姿で。



「サッカー推薦で、やな。せやからもしかしたら今月、遅くても来月やな。形だけやけどセレクションを受けるで。まだ本決まりやないって本人は言うとるけど、多分そうなるやろ。ちゅうかならんほうがおかしいわ。タツボンもサッカー好きやからな」

「……」



考えたことも、想像してみたこともなかった話。

正直なところ渋沢はそんなこと考えたこともなかった。他のメンバーだってそうに違いない。


しかしそれは確かにあり得る、むしろ藤村の言うとおり、そうならない方がおかしい話だった。


冬賀への進学。

――サッカーを、高校サッカーをやる以上、考えない選択であるはずがなかった。


なのに一度だってそんなことを考えてもみなかったのは、中学のあの時、まだ一年も昔に満たないあの時の騒動があったから。

冬賀の司令塔に、佐藤がなるという噂が、あれだけ派手に出回ったことがあったから。


結果として、そうはならなかった。

佐藤は桜ノ宮に編入し、冬賀には来なかった。

けれど精神的に崩れた水上は調子を取り戻せず、その年のナショナル選抜に落ち、そして続いての東京選抜にも落ちた。



「そう、か……。佐藤が……」



それでも言われておかしいことなど一つもないと渋沢は気づく。

けれど藤村はそれについては何も言わなかった。



「……ほな俺、ここやさかい」

「……ああ」



藤村が立ち上がる。

プシュッと音を立てて開いたドアから出たところで、彼は振り返った。



「旦那、深く考えすぎると自滅すんで?」

「――え?」



藤村は笑った。



「色々考えてやるんもええ。でもあんまり気にしすぎんのも、逆にそいつを侮辱しとることにならんやろか。あん時も、今も、旦那んトコの奴はそんなに弱い、ずっと守ってやらなあかんような奴なんか?」

「それは――……違うが」



確かに波紋を呼ぶだろう。同じポジション(司令塔)を争うことになる水上にとっては、また一段と辛いことかもしれない。

けれどあの時も、最後はきちんと自分の足で立ち上がったことを、渋沢自身が一番よく知っていた。

ずっと側で、見てきたのだ。


それを知ってか知らずか、ならええやんと藤村は言う。



「一人も知らんで、いきなりそうなるんもどうかと思ったから教えたっただけで――大事な時だけ、支えてやったらええ。知っとるやつがおることで、助けてやれることもあるやろ?それぐらいしか考えとらんで、俺は。旦那も楽に考えとったほうがええ。人が人に出来ることなんぞ、ほんの少しやて、旦那がしらんわけないやろ?」



発車のベルが鳴る。

渋沢が何か答えようとした時には、既にベルが鳴り、ドアが閉まるところだった。


藤村はそれ以上、何をするでもなく「ほなな」と手を振って去っていく。



「……そう、だな。ありがとう。藤村」



やっと言葉が出てきた時には、既に電車は発車した後。

けれど届かないその言葉は恐らく何の返事も聞かなかった藤村にもわかっているだろう。


渋沢はそっと目を瞑る。


そうだ。確かに、そうだ。

――人のことを心配していられるほど自分には余裕がないし、けれどだからといって何も知らないでいることも渋沢には出来ない。

相手が水上であるからこそ特に。


けれどその当時のボロボロだった水上にだって、結局渋沢は今と同じように心配をして、ただ水上が早く一人で立てるように、一日でも早く立ち直れるようにと、祈るくらいしかできなかった。

だから藤村の言うことはけして間違っているわけでも、誇張しているわけでもないのだ。


だから。そう、だから。思い詰めるんじゃなくて、ありのままに。

ただ出来るだけのことを。


部活のことも、学校のことも、そして帰ってからまた色々とこなさなきゃいけないことも。

そしてたった今知ってしまったそれをどうするかを考えることも。一生懸命やってみよう、自分らしく。

自分に出来る範囲でも、他の誰かが非難しても今から帰るその場所にいる彼らはそれでいいと言ってくれるから大丈夫。


と。


ピピピピピ……と色気も素っ気もない着信音に、慌てて渋沢は鞄の底をあさった。

見つけ出したスマホの表示は――中西。


出られない、と留守電に切り替えようとするが、ふと何かの予感がした。


幸い電車内の人はまばらで、一番端のここにはヘッドフォンをつけた大学生らしい人くらいしかいない。

少しだけ、と渋沢は着信をタップした。



「はい、もしも……」


『――ひどいっす!!ひどいっすよ、水上先輩!!それが相談に来た後輩に対する仕打ちですか!?もう少し慰めてやろうとか、いいアドバイスをしてやろうとかっ』

『アホか、てめえは!そこまでぎゃんぎゃん騒ぎゃ、何言ってんだかもわかんねえよ!大体何の相談に来たんだ、この馬鹿が!話がサッパリ見えねえんだって何回言わせんだっ』

『落ち着け、水上っ!落ち着け!それは流石に藤澤が死ぬっ』

『……葛西はどこだー……胃薬……』

『はい、コレ。辰巳、お水はあっちだからね。避難ついでに行ってきなよ。……それにしても本当に凄いね、二人とも。あれ?中西何してんの?電話?』



通話ボタンを押した途端に聞こえてきたのは、よく聞きなれた怒声に、よく聞きなれた宥める声に、よく聞きなれた――日常の声。


藤澤、水上……と渋沢は頭を抱えた。

その場にいないのに、これだけ聞こえるのはスマホの性能がいいからなのか、それともそれほど凄まじいからなのか。



「……中西……」

『――ってわけだから。早く帰ってきて欲しいんだけど?』

「それより先にお前が止めようとか、そういう……」

『あ、それはパス。俺、まだ死にたくないし。水上なんて今日一日苛々しっぱなしだったから、余計に怖いんだよね。あ、これはどっかの誰かさんのせいなんだけど。誰かさんの目の前で誰かさん宛の頼まれ物とかいっぱいして、もう殺気立っちゃって凄かったんだよ』

「――……わかった。もうすぐ駅に着くから」

『そこから全力疾走した方がいいんじゃない?死人が出る前に』

「……善処する」

『よろしい。それじゃーね。ま、付き合いのよしみで俺はネギっちゃんと一緒に中等部のほうにいってきてあげるから、まっすぐどうぞ。ちなみにお前の部屋だから』

「……」



どこかのほほんとした声が『俺も中等部……?あ、葛西を呼びに行くのかー。了解、了解』と聞こえる。

そこにプラス酷くなっていく喧嘩の声を付け足したBGMに、渋沢は今の状況を的確に思い浮かべた。


きっと物がこれ以上ないほど散乱した挙句、足の踏み場もない状態に、違いなく。


今から帰り着けば……走っても二十分。

帰った早々、あの二人の相手をして、部屋の片づけをして、五月蠅くして迷惑を掛けただろうから、まわりに謝りに行って。

そうだった、帰ってきたと監督や寮母のところにも顔を出さなければ。



『じゃ、幸運を祈る』

「ああ。葛西のほうは頼んだぞ。それじゃ後で」



けれどそれでも先ほどまで感じていた疲れがどこかに飛んでいくような、変な気分を味わった。

やっと普段の生活に戻れる、そんな実感があるからだろうか。


とりあえず何があっても大丈夫。

二学期早々、何時だってトラブルは待ってはくれないけれど、でも絶対に乗り越えていける。


そんな気がした。


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