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冬賀学園中等部の朝。

――何で、いない?




「――は?」

「だから、誠二を知らないかって聞いてるんだけど」



冬賀学園サッカー部、松賀寮。

新学期が今日から始まるせいか、久しぶりに朝から慌ただしい雰囲気が流れるその食堂で、今年に入ってめでたくも寮長に任命された間下茂は、同じくキャプテンの座に納まった葛西(たくみ)に聞かれた質問に、心底首を傾げた。


そもそもあまりに変な質問をしてくるというのが間下の心境だ。

なんだって藤澤誠二の行方を、彼と同じ部屋で寝起きしている同室者である葛西に聞かれなければならないのかが、間下にはさっぱりわからない。



「知るも何も、お前達は同じ……」

「同じ部屋でも見てないから聞いてるんだって。朝起きたらもういなくてさ、珍しいとは思ったんだけど寮中探してもいないし、朝ご飯食べに行ってるのかと思えばそうでもないみたいだし」

「――悪いが知らん」

「そう……。何処に行っちゃったんだか……」



溜息をつきながら、葛西は一口お茶を飲む。

間下も思わず止めてしまった箸を再び動かす。


ちなみにのんびりと朝食をとるその二人の後ろでは、久しぶりの学校と言うこともあって、半ば戦場のような慌ただしさを見せていた。

流石に二学期にもなれば新入生だって慣れが出てくる。

ネクタイはどこだ、ワイシャツにアイロンかけるのを忘れてた、などから始まって、宿題が終わってない!という悲痛な叫びが聞こえる時もある。


しかし二人の周りはある種、静謐。


言うまでもなく寮長間下の雰囲気が醸し出す結界でもあり、けれどそれを何の苦もなく突き破って一緒に食事をとっているキャプテン葛西も、周りから見ればじゅうぶん、タダ者ではないのだが。


そしてそんな中で、普段なら誰よりも目立つ藤澤誠二の姿だけがない。



「まあいいや。学校に行ってみれば会えるだろうし」

「そうだな」

「じゃ、お騒がせしました。あ、始業式終わったら部室のほうに顔出してよ。今学期の予定表、渡すから」

「了解した」



トレイを片づけに行く葛西の後ろ姿を見送って、間下は小さく呟く。

「……荒れる、な」と。




                             ***************





二学期の始まり。


流石に先輩達が卒業して半年近くが過ぎようとするこの頃は、前のような違和感を感じることも大分少なくなっている。

学校で水上先輩の怒鳴り声が聞こえてこないのも、それを聞きつけてからかいに来る中西先輩や、その後をついてくる根岸先輩の姿が見えないのも、最後には困って一生懸命、水上先輩を宥める渋沢先輩の声を聞かない日常も、今ではもう随分と慣れた。


そしてサッカーでも。


グランドではもう見られないあの頃の姿より、新しく作り直した新しい冬賀のサッカーを先に思い出す。

水上先輩の布陣ではなく、新しい司令塔が作り出す布陣で。

渋沢先輩の出すディフェンスの流れではなく、自分が作り、指示する流れで。


それを何処か寂しいと感じたのは、やはり自分にとって一番のチームが他でもないあの時のチーム、だからなのだろう。

まあそれはともかく。



「……っかしーな……」



そんな馴染みの深いグラウンドにも、葛西が探し求める姿はなかった。

あの頃と変わらず、けれどあの頃よりも更にその目を奪うような存在感を誇る同室者の姿がどこにもない。


どこにいったんだ、あの馬鹿。

人がせっかくHRが終わってすぐに覗きに来たのに、と呟きながら、葛西はこの学校で唯一己の名を呼ぶ藤澤誠二を求めてまた踵を返す。


かなり珍しいことだった。

自分の側に彼がいないのは。



「教室……?体育館……職員室にいるわけないよな……。大体、学校だって部活がなきゃ行きたくないって喚く奴が自分から行動してるだけでも雨どころか雪が降りそうだってのに……」



呟く独り言はあまりにも馬鹿馬鹿しいが、事実だから仕方がない。

現に葛西が同室者を起こさない日はなかったし、授業を真面目に受けろ!と怒鳴らない日もないのだから。


校内に戻れば生徒の数も増えていた。

もうすぐ始業式が始まるのだから、そろそろ移動しなければならない。

それでも帰りがけに覗いた彼の教室にも、あの目立つ姿はなく。


出会った友人達に聞いてみても今日はまだ見ていないと言う。



「まさか初日早々サボりじゃないよな……」

「葛西!何してんだ?そろそろ行かないと……」

「あ、今行く」



クラスメートの声に慌てて体育館へと向かった。

既に整列が始まった館内は久しぶりに会った友人達とのざわめきで満たされている。

しかしそのどこにも――どこにいたって見つけてしまえる彼の姿はなく。



「よ、葛西。久しぶりー。元気だった?」



久しぶりに会うといっても、葛西にとって学校自体にいることはもはや夏休みだろうがなんだろうが変わりないので、どちらかといえば実感がないのだが。

そう声をかけてきた彼らに多少変な気分を感じながら、葛西はおはようと言葉を返した。



「まあそこそこ。それより藤澤見なかった?」

「は?あいつサボり?珍しいじゃん、お前がいるのに」

「朝から行方不明なんだよ。探してるんだけど、どこにもいなくて。あ、田口。おはよ。藤澤見なかった?」

「はよー……藤澤?さあ」



返ってくる答えはどれも望んでいるものとは違って。


これは本当にサボりなのかと思ったら、沸々と怒りがわいてきた。なにせ後で怒られるのは自分なのだ。

先生とか、サッカー部のコーチとか、なんでといいたいところだが、もはや三年も続いた変な習慣に、今更文句を言っても始まらない。



「葛西、整列だってさ」

「あ、うん」



ひとまず矛先を押さえ込んで列に並ぶ。

しかしやがて始まった始業式に、やはり彼の――誠二の姿はなくて。



「……であるからして、二学期は最高学年である三年生にとっても、また下級生の君らにとっても一年の中で一番大切な時期であり……」



いつもより溌剌とした校長の声を頭の片隅で聞きながら、それでも思うのはここにはいない彼のことだった。

サボったんだと単純に考えて、けれどそれが何となく違和感を伴うせいでイマイチ何かがしっくり来ない。

上手く言えないが、なんだか肩すかしを食らって調子が狂ったような感じがする。


そもそも合宿や遠征でいないわけでもないのに朝から一度も顔を合わせないことなんて、滅多にないのだ。

朝っぱらからよくそんなに元気が有り余っているよなと皮肉を言いたくなるくらい、いつだって『おはよー匠』なんて言って……。



「……」



ふと感じた寂寥感に――なんであいつがいないくらいでこんなに狼狽えなきゃならないんだ、と葛西は苦々しく思う。

ただいないだけだ。姿を見ていないだけ。

どうせ後で思いっきり怒られるのは自分じゃないし、姿が見えないからっていちいち探してまわる必要もないんだから、などと考えてみるが、それでもやはり何かがおかしい。



「……まったく……」



小さく呟いたその言葉を聞く者はいない。

それでも一緒に漏れた溜息は、きっとこの後もずっと探し続けてしまうだろう自分に呆れかえった自嘲でもあった。


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