最終話
「一旦、リグ・ヴェーダに行くという話だそうだが?」
天穹城の一室に日本の首相、武儀の声が響く。激務故か顔には疲労が滲み、眉間には皺を寄せている。
「はい。今日まで色々と便宜を図って頂いたようで、感謝の言葉もありません」
椅子に深々と腰を下ろす彼の対面に立つ神戸が感謝を伝える。が、そんな言葉にも武儀はしかめっ面を崩さない。
「……逃げた、と思う輩もいる。というか多い」
武儀が今現在の神戸の評価を口にした。憮然とした口調に、彼自身の感情が垣間見える。
「でしょうね。ですが」
「幾つかの国が水面下で君と接触してきたそうだね」
「えぇ。体の良い言葉で隠していますが、目的は技術の独占です。その為の手段も」
「しかし、なぁ。他に幾らでもあったんじゃないか?」
「かも知れません。仲間達にも言われました」
「仲間?あぁ確か、君のように惑星を監視する組織があるという話だったが、その連中の事か?」
「ですが、決めたんです。全ての原因が遠い未来に待つ絶望ならば、僕も逃げるべきではないと」
「そうか。ま、残っていたところで君を巡る争いが起きる訳だから、厄介払い出来たと思う事にしよう」
「重ねて感謝します。イクスの拠点は昨日までに全て処理、ポイント・ネモ海底に沈んだアスラも回収済み。後は」
「ネスト消滅、もう始まっている頃か」
「はい。自壊プログラムを走らせました。完了すれば人類に技術を復元する手立てはありません」
「全て順調、か」
「えぇ。鐵を除いて」
地球上に存在する未知の技術の完全抹消を完了させた神戸。武儀の元を訪れたのはその報告の為。が、唯一抹消出来ない物があった。鐵、そして鐵改。今や全世界に行き届き、国防の要となってしまった人型兵器を完全抹消するのは困難を極める。
神戸も、武儀も、それ以外の誰もが口にするのを避けているだけで理解している。ヴィルツとの戦争が終われば、次は人類同士の戦争になる筈だと。しかし、分かっていようが止められない。馬鹿正直に鐵を解体すれば、解体を拒否した他国家に襲撃されるのは火を見るよりも明らか。人類の相手は化け物から人類に変わる――否、戻る。何方の方がマシか、答えを出せる者はいない。
「一つ、お願いしても良いですか?」
意を決した神戸が懐から記録媒体を取り出した。
「信頼出来るアナタに預けておきます」
「何だ?面倒事じゃないだろうね?」
「天穹城に使用されている技術です。宇宙船に応用できます」
「おい」
「最後まで聞いて下さい。銀河、宇宙にはこの星以外に人類が住む惑星が幾つもあります」
「絶望に対抗する為に君達が環境を整えたんだったな。まるで実験場の様に」
「えぇ。様々な可能性を探る目的で。遠からず地球人類は他星系文明と接触します。これは必然で、避けられません。僕達が宇宙へ導いているからです。個人同士が手を取り合い、その次に国が、やがては星と手を取り合い、絶望に抗う事を期待して」
「つまり、君の代わりか」
「まぁ、端的には。もうこの星を監視する者はいませんから。では、失礼します」
己に託された最後の役目を託した神戸は踵を返し、武儀の前から姿を消した。そんな背中に武儀は大きなため息を吐き出す。また仕事が増える、そんな不満が吐息と顔に垣間見えた。
※※※
リグ・ヴェーダ――
墓参りを終えた聖とコロは神戸の案内でポイント・ネモ上空に停泊するリグ・ヴェーダの格納庫に降り立った。
「やぁ、久しぶり。早速だけど、今日からこの艦が君の新たな家となる」
「家、ですか?」
神戸の説明に聖は辺りを見回した。且つてのネストを想起させる超巨大な艦は、格納庫だけでも規格外の大きさを誇っていた。まだ見ていないが、この分ならば恐らく一通り歩いて回るだけで数日は掛かるだろうと想像した彼は呆気に取られる。
「専用の移動手段はあるから心配ない。後は食糧含めた必需品なんかを自動生産す、る……」
一通りの説明を始める神戸。が、何時の間にかどことなく暗い聖で見つめるに気付くと言葉を飲み込んだ。利用した不信が今だ拭いきれない眼差しに神戸は――
「済まない」
そう、本心からの謝罪を零した。
「気にしていない、と言えば嘘になります。だけど、コロに出会えた。利用した事を気にしてるなら、これから返していってください」
また、聖も同じく。彼を取り巻く環境を僅か一月で激変させた元凶。だが、同時にそうせねばならなかった理由も知った。
「ありがとう。じゃあ続き……」
偽らざる本音を感じ取った神戸が話の続きを切り出した。
「案内は私がしますね」
が、コロに横取りされた。コロに出会えた。聖の言葉に彼女の気分は最高潮に達しており、我慢できず聖の手を引く。重なる手、絡まる指と指が一層深まった仲を物語る。
「あ、ありがとう、コロ」
「はい!!」
鮮やかに割って入るコロに舌を巻いた神戸だが、仲睦まじい二人を邪魔しまいと無言で見送った。以後、未来へ行くまでリグ・ヴェーダを拠点とする事になる。快適とは言え今までとは違う環境。よって、この生活に慣れねば未来どころではない。
「じゃあ僕は、ン?」
後をコロに任せた神戸もまた格納庫を後にする。が、その足が直ぐに止まった。通信を告げる電子音。続けて空中に浮かび上がるディスプレイに男の顔が映った。武儀だ。ドン、と映像を占拠する苛立ち混じりの大きな顔が非常事態を物語る。
「何があったんです?」
「君の仕業ではないだろうな?」
語気を強める武儀の態度はつい先ほどまでとは明らかに違う。
「これは」
違和感に顔をしかめる神戸だが、映像を見るや緊張が走る。陥没した国立公園跡地に散発的に撒き上がる爆炎。もう戦闘が起きたのか、と直感した神戸の心にほんの僅かだけイクスに近しい感情が湧き上がった。あぁ、と溜息を吐き出す。こんな有様を見続けたから人類に絶望したのか、と。しかし――
「な、アスラ!?」
爆炎を突き抜け姿を見せた漆黒の機体に暗い感情が霧散した。国立公園から撤退中の封鎖部隊の交戦相手は武儀が語る通り、アスラだった。
「ネスト跡地からいきなり出現した、現場は酷く混乱している」
「もしや、保険か?」
神戸の口から現状で考え得る可能性が突いて出た。保険、つまりイクスが残した罠。九頭竜聖が未来へ旅立った後に発動、果たせなかった目的を遂行するつもりだと彼は結論した。
「しかし、あの口ぶりで敗北を想定するものかね?」
対して武儀は懐疑的な姿勢を崩さない。
「いえ、標的は恐らくヴィルツ」
「何故そう言える?」
「僕達は、その、人類を最優先に考えるので」
人類最優先。暗い表情を浮かべながら推測の根拠、自分達の価値観を白状した神戸に、武儀の中で彼の評価がまた一段下がった。
「こんな事を言いたくないが、その極端さは子供としか思えないぞ」
「返す言葉もありません」
武儀の辛辣な評に神戸は自嘲気味に笑った。己を含め、こんな不完全な存在が監視をしているから希望が生まれないのか、と。
「行きますよ」
その笑みが背後の声を聞くや引き攣った。しまった、と気付けどももう遅い。
「え、や」
驚き後方を見やる神戸に、九頭竜聖の真っ直ぐな眼差しが飛び込む。あぁ、と神戸は察した。
「ちょ、ちょッと待って」
「行こう」
「はい、旦那様」
決めれば行動は早い。神戸の言葉を聞き流した彼はヴァルナへと乗り込み、そのまま青天の空へと消え去った。
「やはり動くか。彼に頼りきりではいかんのだがな」
「でも、彼はそういう性格ですから」
武儀も、神戸も飛び去ったヴァルナの残影を名残惜しそうに見つめる。彼はこうやって未来へと旅立つ日まで誰かを助け続けるだろう。そして、果て無い未来でも――




