72話 RelieVe earth
「なら、ならァ!!」
ミトラが、その中に収まるイクスが震える。巨大な力が集まり、奔流し、大気を、大地を、海を、星を揺さぶる。
「どうあっても人間を救というなら!!」
激しい剣戟の最後にヴァルナを蹴り飛ばしたミトラがヴァルナから大きく距離を取った。闇夜に浮かぶ赤い機神の背後に、まるで後光の様に太陽が見える。
「あぁ、最初からこうしてればよかったんだ。最初から、失敗作の地球モドキなんてなければァ!!」
湧き上がる怒りに呼応し、ミトラを舞う赤い竜が弓に姿を変えた。禍々しい、赤い輝きを放つ大きな弓の弦を引く。ミトラから放出されたエネルギーによって矢が生成された。番え、構えるミトラ。射線の先には青い星。ヴァルナと同じ力を持つミトラが生成した矢の力もまた、ヴァルナと同じ性質を持つ。因果律改変。ミトラは地球の存在そのものを抹消するつもりだ。
「そんな事を願うならッ」
その前に立ちはだかるのは純白の機神。神に選ばれた現在世界の救世主、九頭竜聖。
「救うさッ、今だけじゃなく!!」
「未来だけじゃなく」
その彼と、自らに新たな使命を課したコロの意志にヴァルナが呼応する。周囲を舞う龍が巨大な弓を形成、機体背後にリング状の光の輪が浮かび、弓に集い、金色の矢を作り上げた。且つて親戦で見せた因果律改変を可能とする力が再び発現する。
「無駄だよッ。僕が」
ヴァルナの本気に、ミトラもまた呼応した。番えた矢の力が更に上がり、やがて深紅に染まった。限定的とは言え、九頭竜聖を超越する力に偽りなし。
互角の力を持つ二機の機神。しかし、操縦者の性能は違う。現時点ではイクスが僅かに上回っている。このまま因果律改変の力が激突すればヴァルナは敗北する。強固な防御フィールドにより機体は無事だろうが、背後の地球は存在を抹消される。イクスの脳裏に勝利が描き出され――
「なッ!?」
瞬く間に霧散した。
「共鳴が、まだ上がるだと!?」
想定外が、再び発生した。九頭竜聖とコロの間に発生する共鳴レベルが上昇を始めた。あらゆる機器で測定不可能だった両者の共鳴をイクスは最大200万程度と想定し、確認の為に親を操り挑発して彼の全力を見定め、予測の正しさを確信した上で自身と共鳴するよう調整したディーヴァシリーズを4機投入した。最悪の可能性、目の前で起こるヴァルナとの戦いに備えての事だった。
「俺達が」
「私達が」
その前提が、準備が全て崩れ去った。
人には往々にして逃げられない選択肢を突きつけられる時がある。進むか、停滞するか、逃げるか。進んだ先で失敗して、再び立ち上がるか、それとも座して諦めるか。何方を選ぶ自由がこの世界には存在する。だが、進む道を選ぶ者を世界は祝福する。
「バ、馬鹿なッ!?」
その心に、ヴァルナが、コロが応える。対するイクスは狼狽える。一時的に九頭竜聖を超える力を手にした筈が、その相手が更に上の力を見せた。
神の名を冠せられた機神が発揮する真価に、想定外の力の理由を求めてイクスは解析を行い、やがて辿り着いた。リグ・ヴェーダ内で起きた出来事に。エルザの身体を使い、自身を再構成したコロの映像に。
「理論的には可能だが、人間の肉体を使うなど!?だが、だとするならばプロトディーヴァは人間と、その魂とさえ合一して、完全な人間になったと!?」
辿り着いた結論に驚愕するイクス。人類を遥かに引き離す100万というレベルを更に超える共鳴の原因は九頭竜聖ではなくコロの方だった。エルザとの合一を果たし、肉体の相違というノイズが消えた事でより完全な共鳴が発生した。あるいは、エルザの魂までも共鳴しているのか。何れにせよ、以前とは比較にならない力がヴァルナから溢れ出る。
「ハハ、そうか。そうかぁそうかそうかそうかそうか!!コレが君達の……」
己の敗北を突きつける現実。だがイクスの思考が停止する。共鳴レベルを測定する機器が示した数字、いや記号に。
∞
表示された共鳴レベルに愕然とした。否、高揚。歓喜。己が焦がれた希望が、己の理解を超えた存在となった喜びに打ち震える。
「因果干渉、節理崩壊」
「これでェ!!」
ヴァルナが真の力を解放する。機体から溢れ出る力が矢を超え、機体前方の空間に集まり、やがて輪を描き、巨大な円月輪を作り出した。
「ハハ、ハハハハハハ!!素晴らしい、素晴らしいよッ。ならば、やはり僕が最後の試練となろうッ!!」
その光景を見てもイクスは退かない。いや、もう目的が完全にすり替わっていた。何の躊躇いもなく、ミトラは番える弓から矢を撃ち出した。
「全部終わらせるッ!!」
「全部終わらせます」
聖も退かない。叫び、番えた矢を撃ち出す。金色の矢は円月輪を通過、巨大なレーザー状に変化、ミトラの消し飛ばし、その先に立つミトラを飲み込んだ。
「ハハハ、ハハハハハハハハハッ」
同型機であるミトラの防御フィールドは凄まじく、ヴァルナの放つ力に耐えていた。が、直ぐにフィールドが崩壊する。力の奔流に晒されるミトラ。勝敗は余りにも早く決した。遠からずミトラは消滅する。だというのに、イクスは変わらず笑い続けた。
「もう終わりだ!!」
「見て……見ていますかッ我が主よ!!」
断末魔か。あるいは死の間際に見る幻影か。イクスは主に向け、叫ぶ。声色に恐怖はなく、寧ろ喜びさえ感じる。
「アナタの苦悩は、悲哀は、絶望は、無為に過ごした幾星霜の時間は、無駄ではなかったッ!!」
その言葉を最後にイクスはミトラ諸共に消滅した。最後の最後までその男は何も変わる事もなく、また己の行動に一片の後悔も謝罪も滲ませることはなかった。
ただ敬愛する主の為。その為だけに人類を利用し、歴史を歪め、大勢を死に至らしめたというのに。だが、もういない。ヴァルナが放った必殺の一矢に直撃したイクスは『望む事象に改変する因果律改変』の効果により宇宙から完全消滅した。もう、同一存在がこの宇宙に出現する事はない。
「最後くらい、せめて、何か……」
「旦那様……」
陽光に消えゆく光の矢を見送る聖。アイザックの約束通り人類の勝利を実現した彼の目から一滴の涙が頬を伝う。勝利はした。だがその代償は決して小さくはない。




