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74話 ネスト封鎖

 2035年11月15日


「異常なし」


「異常なし」


「異常ねぇよ……なぁ、意味あるか?」


「異常なし。意味の有無は考えるな、俺達の仕事じゃない」


「へいへい、コッチも異常なーし」


「だろうな、異常なしだ」


 ドイツ、バイエルン州国立公園に飛び交う投げやりな通信。誰もが仕事への不満を声色に滲ませるが、致し方のない話。


「あーと、コッチも異常ないです」


「オーケー。ま、今はアンタが居るんだ。これで突っ込んでくるヤツがいたら確実に自殺志願者だ」


「だな。地獄の前に精神科行けよ、ってなモンだ」


「そう、ですよね」


 そんな中、生真面目に返答する九頭竜聖の声が混じる。彼とヴァルナは黒鉄重工たっての願いでネストに降り立つや、自分がネスト封鎖を行うと宣言した。加えて、今はシュヴァルツアイゼンも合流している。彼等の今の仕事はネストの封鎖、及び警護。


 強引な手段でネスト封鎖を断行した理由は世界中が秘密裏に準備を行うネスト調査妨害の為。ネストは地球の文明を遥かに超える文明により作り出された為、何か一つでも持ち出した国家、組織は世界中に大きな影響力を持つ。


 誇張でない事実は黒鉄重工が証明済み。イクスの意図があったとはいえ、それまで泡沫企業でしかなかった重工は瞬く間に世界の中心へと躍り出た。となれば当然、どの国も企業も次を夢見て調査に乗り出そうと躍起になる。が、そこで始まったのが復興を無視した泥沼の牽制合戦。


「君にしか出来ない仕事がある。頼めるだろうか」


 本社で何をするでもなく暇を持て余していた聖に話を持ち掛けたのは、エルザの代わり就任した取締役の青年。ネスト封鎖を切り出したのは実は黒鉄重工側だった。


「各国が続々とネスト調査隊を結成しているのだが」


「でも、確か」


「あぁ。相も変わらず復興はそっちのけ、権益を巡って牽制し合っていて全く進展がない」


「だから私達でネストを封鎖しろ、ですか?」


「話が早くて助かるよ、コロ君。恥ずかしい話ではあるが、本件に関して重工は強く出る事が出来ないのだ」


「確かに」


「イクスが仕組んだとは言え、まんまと引っ掛かったのは紛れもない事実だからね」


 そこまでで一旦言葉を区切った新社長は頭を抱えた。第一次作戦時、当時の黒鉄重工はネスト上層から損壊したオートマタを持ち帰った。ソコに記録されたデータから鐵を製造し、対ヴィルツ用兵器として世界中に輸出した。鐵という戦力に頼らざるを得ない世界が根に持つのは当然。今も根強く残る怒りが、重工側の発言を(ことごと)く無視する形で表出しているのが現状だ。


「分かりました」


「感謝する。君がネストを封鎖すれば調査は事実上、不可能となる。同時並行で君を補佐する為の専属独立部隊を結成中だ。ゆくゆくはその部隊が封鎖を代行する。それから現在封鎖中の連合軍には既に話を通してある。君と入れ違いで撤退する予定だから、くれぐれも撃たないでくれよ?」


「情報操作の方は?」


「抜かりなく。ネスト到着に合わせ会見を開く。各国首脳の醜態と共に、いち早い復興を後押しする為にネスト封鎖を決断した旨を報道する準備は既に完了している」


「ありがとうございます。じゃあ行こう、コロ」


「はい、旦那様」


 以上が封鎖に至る流れ。九頭竜聖の決断は黒鉄重工の援護に加え、世界を救った事実もあって大半が諸手を上げて賛同した。ごく僅か、各国トップだけは苦虫を嚙み潰す結果となったが、まぁ仕方のない話だ。余談だが、この一連を知る誰もが一様に同じ思いを抱いたという。


「いや分かってただろ、最初からそうしろよ」


 ※※※


 世界最強の戦力が封鎖している以上、調査を目的とした部隊は近づきさえしない。そんな状況は初日から今まで変わらず続くが、駄目押しにネスト封鎖専属部隊が僅か数日で結成、合流を果たした。構成メンバーの大半がシュヴァルツアイゼンで、その戦闘能力は各国の軍に引けを取らない。即断即決。誰もが重工新社長の辣腕に舌を巻いた。対して、各国トップはやはり苦虫を嚙み潰す。


「そろそろ休憩行ってきます」


「おう。じゃあ一時間後にまたな」


「はい」


 封鎖部隊の合流により自由に休憩を取れるようになった聖は、一先ずとネストを後にしようとヴァルナを浮上させた。


「時間、良いか?」


 その直後、誰かが彼に向けて声を上げた。


「え、あ」


 聞き覚えのある声に聖が反応、声の主に視線を向けると懐かしい男の顔が映った。


「少し、話がしたくてな。休憩中のところ済まないが」


「構いません」


 操縦席から飛び降りた聖に男の鋭い視線が和らぐ。名は、粥炎(カイ・イェン)。男と聖は裏地球から帰還した2035年10月23日に出会った。中国北京を中心に活動する同国最大規模を誇る武装組織の元リーダーだった男は終戦後、同郷の麗華を頼る形でシュヴァルツアイゼンに参加した。


「顔、酷いですよ」


「あぁ、色々とな」


 炎の異変は顔に刻まれていた。明らかな疲弊。射殺さんばかりに鋭い目元には酷いクマが浮かび、深い皺の合間には幾つもの生傷がついていた。何があったか察するには余りある。


「もしかして」


「気にするな。元より、どいつも真面な死に方など出来んような生き方をしてきたのだ。ある意味では罰が下った、と言えなくはない。ただ」


「ただ?」


「誰かを守って死ぬなんてのは、恐らく君と出会わなければ選ばなかっただろうな」


 そう結んだ炎は青天の空を見上げた。自然と聖も空を見上げる。


「未来に行くのは何時ぐらいの話だ?」


 唐突な質問。驚いた聖が視線を戻せば、ジッと見つめる炎と目が合った。


「え、あぁ。やれる事をやってからと決めたんですが、時期は決めてません。ただ、早い方が良いとは思っています」


 やや伏し目がちに答える聖。その態度に炎は事情を察した。ヴァルナという規格外の戦力が地球にあっては混乱を招く、彼が未来に向かう決断にはそう言った事情が大きいのだろうと。


「そうか、出来れば後2年は待ってほしいところだが」


 淀みない口調の聖に、炎はどこか名残惜しそうだった。


「どうして?」


「酒でも一杯奢ってやろうと思っただけさ。アイツとはとうとう酌み交わせなかったので、な」


「アイツ?」


「息子だ。丁度、君と同じ歳に死んだ。皆を逃がす為、囮になって」


「そうですか」


「ま、ヤブ医者共に酒と煙草を止めろと散々怒鳴られていたから丁度良いさ。それに」


「長生き、してください」


 そんな台詞が思わず聖の口を突く。言葉を遮られた炎は驚いたが、だが目を細め――


「そのつもりだ。君が救った世界を維持するのが生き残った者の役目なのだから。さてと、なら酒代わりに飯でも奢るよ」


 聖が迷いなく未来に進めるよう、己の決意を語り聞かせた。


「ありがとうございます」


 自然と、聖の顔が綻んだ。


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