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73話 終戦後

 2035年11月4日


 世界は在りし日を取り戻した。イクスによって裏地球からヴィルツが転移させられた結果、人類は二度目の世界大戦などしている場合ではないと対ヴィルツ戦に舵を切った。約100年に渡る泥沼の戦いの始まり。連綿と続く人類史の終端をドス黒く染め上げた最悪の地獄。その歴史は九頭竜聖一人によって解放された。


「もう暫くここにいて下さい」


 決戦翌日。宇宙から帰還し、天穹城の自室に籠っていた九頭竜聖とコロに提案を投げかけたのは麗華だった。どうして、と尋ねる聖と今にも食って掛かりそうなコロに麗華はこう重ねた。


「ここなら余計な雑音は入らないですから」


 その言葉に聖は何も語らず。


「あぁ」


 そんな聖を代弁する様にコロが溜息混じりの反応を返した。勝利の代償は九頭竜聖にも圧し掛かる。確かに世界を救った。だが、その為に振るった力は余りにも世界から逸脱しており、世界中に様々な波紋を広げた。


「イクスと死力を尽くす姿は世界中に届いて、だから批判する声は消えました」


 その波紋は悪い事ばかりではないが――


「ですが、だからこそ別の問題が生まれた……いえ、再燃した訳で」


 良い事ばかりでもない。


「まだ諦めていないんですか?」


「えぇ、一先ずは私達が防波堤となります。取りあえず、復興が本格的に始まるまでの辛抱です」


「ソレ、願望ですよね?」


 麗華の説明にコロはやや呆れた。とは言え、こればかりは力でどうこうしようもなく、受け入れるしかない。最終決戦の映像は、桁違いの力以上に九頭竜聖の善性を世界に知らしめた。根も葉もない噂を払拭するには十分だったが為政者の欲望を再燃させてしまった、というのが麗華の弁。


「分かりました。ただ、せめて」


「何か用事でも?」


「墓参りをしたいなって。約束、だったので」


 対する聖は納得はしたが約束がある、と伏し目がちに懇願した。


「花とか酒とか、そんな気の利かねぇモン持って来るな。人類の勝利、それだけ手向けに来てくれ」


 脳裏にアイザックと交わした約束が鮮明に蘇る。助ける事は出来なかった。だからこそ、約束は果たさなければならない。真っ直ぐ麗華を見上げる聖の目は彼の心情を雄弁に語る。


「分かりました。状況確認次第、許可します」


「ありがとうございます」


 そんな風に真っ直ぐな感情を向けられてはと、麗華は溜息と共に承諾した。勝手な行動に勝手な許可は本来ならば黒鉄重工が許さない。が、幸か不幸か第一研の崩壊により機能不全を起こしていた。麗華は混乱する状況と天穹城襲撃という未曽有の事態に死力を尽くした恩義をチラつかせ、強引に九頭竜聖の監視役の座を手にした。当然、ただの傭兵部隊には付与されない権限だ。


「それは私達の台詞だよ。ヴァルナに選ばれたのが君で良かった。きっと、あの人も……」


 本心からの感謝を口にした麗華は且つて九頭竜聖の面倒を見ていたエルザの存在を端に滲ませた。コロを救う為、リグ・ヴェーダで散った彼女の不在もまた、黒鉄重工に大きな影を落とす要因となった。


「あ、の」


 珍しく言い淀むコロ。


「気にする必要はありません。あの人らしい、選択ですよ」


 聖も、コロも、麗華も無きエルザを想う。心にぽっかりと開いた大きな穴は埋めがたく、気が付けば誰ともなく雲一つない快晴のポイント・ネモに浮かぶリグ・ヴェーダを見上げた。


 ※※※


 同時刻、リグ・ヴェーダ――


「漸く繋がったか。だが、お前は誰だ?」


「ヴァーリンではないのか?」


「その予備です。今は神戸と名乗っている」


 終戦後、少しだけと席を外した神戸は一人リグ・ヴェーダへと戻っていた。周囲には幾つものディスプレイが浮かび、その中に映る老若男女様々で統一性が無い面々が一様に神戸をねめつける。彼等は全員がイクスと神戸の仲間、同じ目的を共有する者達。


「名前などどうでも良い。監視区域で何があった?」


「ヴァルナとミトラの反応を確認したが……まさかお前達、起動させたのか?」


「何を考えている?万が一、アレに何かあれば計画が」


「希望が生まれた」


 映像の面々は口々に非難を始めた。イクスと名乗った男がミトラを、神戸がヴァルナをそれぞれ勝手に持ち出した件に酷く腹を立てている様子が窺えた。が、神戸の一言に、同時に見せた映像に全員が唖然とした。


「これは、間違いないのか?」


「少なくともヴァーリンと僕はそう考えています。ヴァルナを起動させ、性能を完全に引き出した点については疑いようがない」


「だが、しかし!!」


 一人が映像が映し出した光景に声を荒げた。


「結果、ミトラを失ったのか。なんて事だ」


「希望は確かに喜ばしいが、代償が大きすぎる!!」


「その点、同感です。ミトラは完全消滅、制御用AIは無事なようですが」


「本体が残っていなければ無意味だ、アレは我々でさえ解析出来ていないのだぞ!!」


「製造し直すとして、果たしてどれだけ時間が掛かるやら。で、AIは?」


「リグ・ヴェーダ内には存在しなかったので、恐らくは」


「まさか、銀河中を探せと?」


 面々が露骨な苛立ちを向ける。が、そうしたところで解決などする訳がなく。


「責を一人に押し付けるなど出来まい?接触を最小限に抑えるよう決めたルールは我々の総意だ」


 ややあって、誰かが辛うじてそう絞り出した。過去に何かがあり、この場の面々は互いの接触を最小限とするルールを敷き、今の今まで愚直に実行し続けて来た。が、そのルールがヴァーリン|(=イクス)の凶行を見落とす要因となった。全員の表情を見れば、後悔の念が色濃い。


「過去と同じ失敗をしない為の措置だったが」


「その結果、ヴァーリンは監視対象に直接介入、戦争を引き起こし、大勢の人類を死に至らしめました。同様に、独立種(ヴィルツ)もです」


「な、人類に!?」


「どういう、どうして止めなかったのだ!!」


 人類を手に掛けた。その事実は神戸を含めた面々全員の禁忌であるらしく、全員が一様に眉を吊り上げ、再び非難を始めた。一方、神戸は無言で首を横に振る。


「僕が起きた頃には既に八方塞がりで、賭けに近い形でのヴァルナ強奪が限界でした」


「独立種はどうでも良い。人類を手に掛けるとは、主から(たまわ)った使命を忘れたのか?」


「いえ。知って尚、です。今の人類は希望足りえないと。犠牲者は概算で約20億。その大半が独立種の手に掛かり」


「何という。ならば独立種共を根絶やしに」


「無理です」


「何故だ!!奴等など生かしておいて」


「主が待ち焦がれた希望が許さないからです」


 神戸の言葉に誰かが『そうか』と、諦観交じりの溜息を吐き出した。全員の思考はただ一つ。面々が主と呼び慕う何者かが待ち焦がれた希望、九頭竜聖への恭順。言葉の端々にイクスと類似する冷淡さが窺えるが、一方で九頭竜聖への敵意はないようだ。


「では最後に、当該惑星の人類と共鳴に関するデータをお渡しします。この力の有用性はヴァ―リンが身をもって証明しました。今後の役に立ててください」


「これは……まさか独立種(あんなモノ)を混ぜたのか、なんてことをするッ!?」


「その文句はヴァ―リンにどうぞ。利用するかどうかもお任せします」


「待て、お前はどうするのだ?」


 用件は済んだとばかりに通信を切断しようとする神戸に誰かが問いかけた。神戸は手を止め、一言こう語った。











「彼と共に、未来へ行きます」

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