69話 最終決戦 其の2
リグ・ヴェーダ上空――
「何が、分かっていないというんだ」
何も分かっていないと指摘されたイクスが問い返す。声には苛立ちが隠せない。
「あの方は、こんな惨状を望んでいません」
「お前如きが、知った、知った風な口を聞くなッ!!」
「主の願いを忘れたアナタがッ」
「忘れる、忘れるだとッ。ふざけるなよ!!」
あの方。イクスとコロ、双方が知る何者か。その存在に触れた瞬間、イクスのタガが完全に外れた。偽りの仮面を脱ぎ捨て、その下の感情を完全に剥き出しにする。怒りだ。
その怒りがミトラに伝わる。周囲に無数の銃器を呼び出し、一斉にヴァルナへと向けるや間髪入れず斉射した。青天を彩る無数の花火に、空が再び震える。が、その爆風から無傷のヴァルナが飛び出す。
ガキィ
鈍い衝撃が機神の間に発生、機体を揺さぶり操縦席を貫通した。
「あの方は、人間を」
「あぁ、愛していただろうね。だが、その人間が何をした!!寵愛を受け、加護を与えられながら、何度も何度も望まぬ進化をッ」
「その『望まぬ』は、主の願いではッ!!」
「おかしいんだよ。好き放題にやらせても、試練を与えても、何をどうしようが人は堕落し、自らの手で死へと至る。何度助けても、何度導いても、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もォ!!」
イクスから湧き上がる怒りが抑えきれず、言葉となって噴出する。攻撃は精彩さを欠いて粗雑になる。
「お前の話を聞くつもりなんてッ!!」
その隙を聖が冷徹に突く。殴り、吹き飛ばし、周囲を舞う龍をけしかけ、更に龍から剣を作り出し防御フィールドごと叩き切った。切り裂かれる左腕。が、直ぐに復元、元通りとなった。生半可な攻撃ではダメージすら与えられない。
「あぁ、そうだね。全て過去だ。どうでも良い、腐った過去さ」
「お前はァ!!」
過去を切り捨てるイクスに、今度は聖が怒り狂う。が、その隙をイクスは見逃さなかった。
「こういう事も出来るんだよ、同型ならねェ!!」
ドン、と身体を貫く鈍い衝撃。殊更に強い衝撃に操縦席の聖は苦悶に顔を歪めた。直撃。純白の美しい装甲に初めて傷がついた。ヴァルナを操縦して初めての経験に聖は反応出来ず、ヴァルナは青天の空を踊る。
一方、コロは衝撃の正体を探る。ほんの僅か前の映像に映し出されたのは、ミトラが自機の防御フィールドを展開、更に反転させヴァルナの防御フィールドにぶつけ、中和、無効化する光景。こんな芸当も出来るのか、とコロが苦悶を浮かべる。
「だから、何も分かっていないって!!」
ヴァルナは即座に姿勢制御、反転した。損傷した装甲を瞬く間に復元させるとミトラへと突進、打ちあう。怒りに任せた怒涛の攻撃。当然ながら隙を晒すが、コロが死角から銃器を召喚してフォローする。ミトラも負けず撃ち合う。空間を無軌道に飛び交う流星が弾け、空を艶やかに彩った。
「だから、何がだァ!!」
ゆうに音速を超え、更に慣性を無視した機動で爆撃を回避しながらイクスが咆える。余裕の回避動作に対し、精神は真逆に余裕が無い。
「お前は、お前しか見ていない。何も見えていないヤツは誰も助けられない!!」
「ハ、自己紹介のつもりかッ」
「そうだよ。だから間違っていた。だから、お前は間違ってるッ。本当は、未来なんてどうだっていいんだろ?」
「調子にィ、乗るなァ!!」
聖の指摘に激高するイクスは機体を急上昇させながら更に無数の銃器を召喚、ヴァルナと直下の海洋目掛けて発射した。落着した弾丸は桁違いの威力で海を割り、爆風は雲を貫きながら更に上空まで吹き上がり、衝撃は大海嘯を生んだ。上空から降り注いだ破滅の光は正しく神話に記された神の裁き。その余りの威力は目の当たりにした天穹城の面々、映像越しに見た世界中の人間に恐怖を刻み込んだ。
眼下が見渡す限りの海洋であったが、天穹城は衝撃に激しく揺さぶられ、直接的な被害を受けなかった大陸も何れ津波に襲われる。とは言えポイント・ネモからの発生ならば避難するに十二分な時間が取れる上、直撃による死者もゼロだったのはある意味では幸運だ。
「お前は悪だ」
神同士の激突を世界中が固唾を飲んで見守る中、破滅の光に臆することなく聖がイクスを断じた。
「惰弱な人類の物差しで僕を測るな!!」
「悪だよ。お前が助けたいのは遠い未来じゃない。世界でも、宇宙でもない。お前だ。お前は追わされた使命から抜け出したいだけだ」
「違う!!」
「違わない。お前は誰一人、自分以外の何も見ていない。だから、誰がどれだけ傷つこうが自分が正しいって言い張る。今を生きる誰も助けないくせに、未来を救うだなんて事が言えるんだ。だけど、今の先に未来があるんだ。今を生きる皆が助け合って、未来に希望を託さなきゃあいけないんだよ。お前のは綺麗ごとでさえない!!」
「黙れよ。僕等の崇高な目的を、戯言以下と吐き捨てるか!!」
「あぁ戯言だよ。上から目線で、他人事丸出しで、問題意識がズレてるヤツの戯言だ」
「歪なんですよ。人間は醜い、救う価値がないって考えに縛られて、縋りついて、だから良い部分を見ようともしない。見たいものしか見なくなって、だから自分の間違いにも気付かない。認める以前に、認識さえしていないから」
「お前達はァ!!」
聖とコロに煽られるイクス。否。事実なのだろう。隠したい、否定したい己の弱く醜い一面を看破され、否定された怒りにイクスは身を震わせる。