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8話 戻らぬ平穏

 朦朧とする意識の中、聖は過去を見た。初めてコロと出会った3年前のあの日。両親と死別した直後の出来事。


「よう、聖クン。その、両親ことは。ともかく大丈夫かい?」


 買い物の帰り道、自分を呼び止める男の声に彼は振り返ると"あぁ"と呟いた。表情にじんわりと拒絶の色が滲むが、しかし言葉で明示する真似はしない。


 聖に声を掛けたのは近所に居を構える神戸骨董商店の店長、神戸監二(ごうど かんじ)。骨董と銘打っていはるが、名の通りの骨董品から日用品、用途不明のガラクタに家電用品までと品揃えには統一感がまるでない。手先が非常に器用な男は安く買い叩いたジャンク品の修理再販を主な生業としていた。


「神戸さん。いえ、特に」


「そうか。ところで聖クン。掘り出し物あるんだけど、どう?」


 唐突に飛び出したのは、何時もの雑談とは違う商売人の常套句。珍しいなと多少驚きつつも、しかし聖は適当な会釈でいなした。が、ソコは商売人。無視された程度では逃がさないと、何故だか必死に食い下がる。


 そう言えば、と聖は思い出した。立地の割には客付きが悪い。記憶の端に残る雑談に困窮する懐事情を窺わせるような一言があったな、と。彼の目を見れば明らかに余裕の無さが浮かんでいる。


「これから先、一人じゃ大変でしょ?そこで家事ロボットの出番さ。お値段だって非常にリーズナブル、なんだけど」


「はぁ」


「ちょっとドジなのが玉に瑕でね。何やってもどっかでミスしちゃうんだけど」


「ロボなのに、ですか?」


「そう、ロボなのに。そこで聖クンにお願いなんだけど。どうだろう、コイツ引き取ってみない?」


「助け、ですか」


「家事は出来ないんだけど、でも会話なら問題なく出来るからさ。ホラ、あぁ。そうそう、大変っていうよりもさ、寂しいでしょ?アフターサービスもするからさ、どうかな?」


 その言葉に聖は暫し考え込む。彼の懐事情も店主に負けず劣らず良くない。小遣いが、というレベルではない。両親は今から一月前に亡くなった。海外出張中の事故。危険地帯への出張を理由に面倒事一切は会社側が引き受けてくれた。が、孤独まではどうにもならない。僅か15歳で寄る辺を失った彼は、両親の遺した遺産と保険で食いつながなければならなくなった。余裕が全く無い程にギリギリではないが、無駄遣いしてよい状況でもなければ、そんな余裕もない。懐具合から考えればどう考えても拒否して然るべき。


「あの」


 迷う思考が、足元からの声に霧散する。気が付けば、彼の傍に小さなロボが立っていた。大々的に宣伝される最新モデルとはかけ離れた、例えるならば何十年も昔の子供の玩具の様な印象を受けるロボが彼を見上げている。[● ●](呆然)と、頭部のモニターが無表情に見上げるその様子には、何処か哀愁が漂う。


「買えば、いいの?」


「おぉ。聖クン、買ってくれるのかい?」


「でも、あの……私、お役に立てるかどうか」


 乗り気な店主とは対照的に、ロボはやけに消極的だった。その態度に、聖の心が僅かに軋む。


「そうは言うけど、買い手が付かなきゃあ廃棄処分だよ?」


「いえ、でも……」


 廃棄。その言葉にロボは気落ちする。恐らく何度も買われては売られてを繰り返してきたのだろう。その最後が、今この時。聖が買わねばスクラップになる。懐事情の寒い店主の事だから容赦なくバラされ、即金へと変わるだろう。


「買います」


 哀れみかも知れない。あるいは母の言葉かも知れない。しかし、決断した。これが今より三年前の出来事。一人と一機が出会ったあの日から、全てが変わった様な気がする。朧げな記憶を辿る聖に、幾つもの過去がフラッシュバックした。


「ごめんなさいぃぃ旦那様ー。間違えて違うもの買ってきちゃいましたぁ」


「ごめんなさいぃぃ旦那様ー。道に迷いましたぁ」


 大半がこんな調子だった。店主の言葉に偽りなし。何をやっても駄目で、真面な成果は何一つない。が


「一緒に頑張りましょうね、旦那様」


「私もお手伝いしますよ旦那様ぁ」


 コロだけが、九頭竜聖を利用しなかった。鐵の技術の一部を使用して作り出された、一般的にオートマタと呼称される人型ロボットには人間に忠実に、且つ有事の際には盾となるようプログラムされているからかもしれない。いや、そう考える方が自然だ。だが、それでも、偽りであったとしても九頭竜聖の安息に変わりはなかった。


 ※※※


「だ、大丈夫ですかぁ。旦那さまぁ!!」


 耳元で叫ぶコロの悲鳴に聖は飛び起きた。手放した意識を再び取り戻した彼が目にしたのは、避難施設の天井。そして――


「やぁ、聖クン。済まない、僕の為に無茶させてしまったみたいで」


 無駄に元気な店主の顔と声。しかし声色に反し、顔には悲壮が浮かぶ。どうやら彼が何を理由に避難所を飛び出したか知っているようだ。


「あれ、神戸さん?なんで、確か」


「今は取りあえず落ち着いて。家には僕の車で送ってくからさ。後は買い物だっけ?」


「はい。実は、その、仕事をクビになりまして。だから色々と」


 思い出したくもない数時間前の出来事を伝えた聖。苦虫を嚙み潰したような顔に店主は察した。


「あー、そうか。ゴメン。じゃ、じゃあ今日はアレだ。僕がおご」


「いえ。時間が無いんです」


「時間?え、いや、まさか君。国外退去!?」


 行きついた結論に店主は露骨なまでに動揺を浮かべた。しかし流石に荒唐無稽と思ったのか――


「冗談、だよね?」


 そう重ねつつ聖の様子を窺う神戸。しかし、彼の顔面はみるみると蒼白になる。神戸は酷く動揺した。国外退去処分など余程の犯罪者でない限り有り得ず、また彼の知る九頭竜聖は断じてそんな道を選ばないと確信していたからだ。


「嘘だろ?一体何を、って今はそれどころじゃないな。積もる話は後回しにして、一先ずは帰ろう」


「帰る?」


「そうですよ。ヴィルツさん。なんでかいなくなっちゃったみたいですし」


 神妙な神戸とは対照的に、コロはヴィルツ消失にはしゃぐ。確かに喜ばしい事態だと、聖も一先ずは安堵した。が、彼とコロ以外の誰一人としてその事実を喜んでいない。いや、受け止めきれない。避難施設にいる全員があの光景を見ていた。コロが少女の姿へと姿を変え、一撃でヴィルツの群れを消滅させ、シュヴァルツアイゼンを容易く戦闘不能に追い込んだ光景を。その事実を知らぬは当人達のみという皮肉。


「良かった」


 彼はコロの頭を軽く撫でると、店主の肩を借りながら黄昏に沈み切った街の中を我が家に向け歩き始めた。日常への帰還。しかし、もう平穏は無い。彼にも、この国にも、世界にも。


 この日を境に、世界は激変する――

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