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63話 Project Re:V earth 其の2

 世界中の空に昇る灰色の月。その鈍色の輝きから、ウミウシに似た軟体動物の群れが続々と地に降り注ぐ。


「灰色の、月」


「裏地球と繋いだのか」


 その月は、当然の如く天穹城の真上にもあり、やがて数体のヴィルツを吐き出した。数十メートルを超える体躯が史上初めて天穹城を補足する。天穹城には万が一、ヴィルツの侵入を許した際の隔壁や避難ルーム、小型脱出艇などの各種措置が用意されている。が、何より今この場には無数の鐵が配備されている。各国が互いを牽制する目的で持ち寄った戦力がいれば数体程度のヴィルツならば容易く――


「おかしい、なぜこんなに少ないのだ?」


 灰色の月を見上げる武儀が疑問を零した。その顔は何か嫌な予感に身体を捩られている様な苦悶に染まってる。


「ハハ」


 返答代わりの笑みが耳を掠めた。


「愚かだね。何もかもが僕の掌の上だと知って、どうして理解できない?まだあるだろう?ホラ、作戦前に前倒しで用意させたProject(クス)B・E()がさ」


 イクスが零す笑みに武儀は酷く混乱した。乱雑に絡まっていた糸が彼の中で解れ、一本の線となる。解かれた先に繋がっていたのは、最悪の結末。


「まさか、新種」


「ご名答。第五次作戦中に侵入部隊を襲った新種はB・Eで変異した人間だよ」


「き、貴様ッ」


 辛うじて気勢を吐く武儀だが、やがて他と同じく意気消沈する。底無しの悪意、敵意。己の目的の為ならば人類などゴミ同然に投げ捨てる地獄の様な精神性に当てられ、何も語れなくなった。何を言っても理解せず、受け入れるなど絶対にしない。


「君達は都合よくBeneficial(有益な) Evolution(進化)って捉えたみたいだけど、本当はBreed (品種)Extinction(絶滅)だった、という訳だよ。残念だったね。だけど、都合の良い話にしか耳を傾けない失敗作に相応しい末路だろ。では諸君、ごきげんよう。僕はココで人類最後の日をゆっくりと見届けさせて貰うよ」


 既に為政者達への興味を喪失したイクスは踵を返すと椅子に腰を下ろし、同時に浮かび上がった無数のディスプレイを眺め始めた。映し出された世界の状況は何処も悲惨だった。逃げ惑う群衆。時間を稼ぐ各国の軍。それだけでは足らぬと武装組織も協力する。が、それでも押される。


 盤石と謳われた天穹城も同じく。内部から鈍い振動が発生、甲板を揺さぶった。まだ小さな小さな揺れだが、寄る辺を失った為政者を転倒させるには十分だった。誰もが残酷な青空を見上げた。もう、それ以外の何かをする気力さえない。


 ※※※


 リグ・ヴェーダ内――


 人の足で移動するには余りにも巨大な艦内の広大な格納庫を一台の車が激走する。車中にはハンドルを握る神戸と助手席に座るエルザ、その膝上に乗る幼体が見える。


「とにかく、そのディーヴァタイプってのに気を付ければいいのね」


「あぁ。イクスの主任務は監視だから戦闘能力はない」


「なら見つけ次第、鉛玉ぶち込んでやるわ」


 神戸の話にエルザは銃の撃鉄を起こした。彼女が怒る理由はイクスの所業を神戸から見せられた為。天穹城でのやり取りに、ヴィルツを利用した悲惨極まる実験の数々。


「殻付きは共鳴レベルの高い人間の脳を取り込んだ個体。抽出した脳に生命維持機能を付け、余計な感情を排除し、ヴィルツに取り込ませた」


「裏地球の家屋は共鳴による副作用解消の為に用意された。ヴィルツが持つ、種全体で意識を共有する特性が原因で殻付きの記憶の一部が種全体に伝播して、ソレが原因で精神が不安定になる個体が急激に増加した。だから彼等を安心させる為に地球の家屋を模した建物を用意した」


 道すがら聞かされた話が頭を過る度、エルザの身体中を怒りが駆け巡る。彼女自身、幾度も戦場に出た。通常個体も、殻付きも撃破経験がある。当時は何らの疑問も持たなかった。生きる為、何より重工内での地位をより盤石にする為、何らの疑問も持たずに狩り続けた。その内の幾つかに人間がいたなど信じたくなかった。何をもって人間か、など論じる意味は無い。ソコにいたのは人だと彼女は認めてしまった。正義と信じた己の行動がただの同士討ちでしかなかったという真実に怒りが燃え上がる。


「落ち着いてくれ。最終的な目的はプロトディーヴァの救出だ」


「分かってるわよ。でも、そう言われたって無理でしょ!!」


「そう、だね」


 エルザの気迫に神戸は口をつぐんだ。言い返せない訳ではない。しかし、そうすれば直後に『お前も同罪だ』と責められるのは火を見るよりも明らか。そして、その言葉に対する反論を彼は持っていない。プロトディーヴァとヴァルナの強奪で精一杯、それ以上の何も出来なかったと言い訳したところで彼女も、世界も納得しない。


「ともかく、段取りは覚えているかい?」


「えぇ。アナタが派手に暴れて敵の気を引いている内にコロちゃんを救出。彼女が聖クンを救出したらヴィルツの精神制御装置を操作、幼体を通して世界中のヴィルツに停戦を呼び掛けさせる」


「上出来だ。現時点で頼れるのは君達だけだ」


(がんばる、がんばる。みんななかよし)


「頑張るってさ。良かったわね。それから、終わったら聞きたい事が山ほどあるから」


「あぁ、死ぬつもりはないよ。もう……いや、最初から死んで償えるレベルを超えていた。だから生きて償う為に」


「分かったわ。じゃあ、後はヨロシク」


 神戸の決意を受け入れたエルザは助手席を降り、入れ替わりに運転席に腰を下ろした。アクセルを踏み、リグ・ヴェーダ内を突き進み、目的地へと向かう。イクスがコロを封じる為に作り出した専用区画。意識を取り戻したとしても、人型形態への変化を阻止する為に用意された『限りなく 絶対真空に近い空間』。エルザはその空間を破壊、もしくは侵入してコロを救出する為に走る。


 対する神戸は懐から取り出した端末を操作した。瞬間、彼の上空に灰色の月が昇り、その中から一機のアスラが降り立った。


「そうだ。彼の為にも死ぬ訳にはッ」


 操縦席で死ねぬ理由を口走る神戸。直後――


「漸く捕捉しました」


「どうぞお覚悟を」


 ディーヴァタイプが駆るアスラが姿を見せた。互いが臨戦態勢を取る。刹那、衝撃が連鎖した。瞬きする間に発生した爆発に、神戸のアスラが飲み込まれた。


「クッ!?」


 爆風に吹き飛ばされる車。爆風に車体が激しく揺れ動き、破片が幾つも突き刺さる。不意の衝撃に、エルザの身体が、視界が、思考が激しく揺れ動く。


「僕が抑えておくから早くッ!!」


 背後に檄を飛ばす神戸。エルザは車を横滑りさせながら急いで姿勢を立て直し、戦場から離れた。事態は一刻を争う。エルザは何もかもを無視し、アクセルペダルを踏み抜いた。

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