幕間13
時間を少し遡り――
「こ、こは?」
霧に包まれた視界が開ける様に、微睡むエルザの思考が覚醒した。目に映るのは見知らぬ景色。見知らぬ部屋、壁、床、天井、だが何より顔。
「ッ、誰!?」
「今は自己紹介の時間も惜しいのだけど、でも仕方ないか。神戸監二、と言えば分かるかな?」
「ゴウド、ゴウド、って確か聖クンにコロちゃんを売った店の!!」
間近で見下ろす見知らぬ顔の正体は神戸監二。その名を記憶の底から思い出すエルザは、同時にもう一つの情報を思い出した。確か、生死不明。瞬間、エルザの顔が強張る。
「流石に知ってるようで」
「ココは?」
「僕の隠れ家」
「どうして私を?」
「殺されそうだったから」
「誰に襲撃されたの?」
時間に急かされる神戸を遮りエルザが問い質す。ややあって神戸は静かにこう返した、イクスと。
「今は時間がない。よく聞いてくれ、このままでは君を含めた全人類は殺される」
混乱する思考に重なる神戸の告白に、エルザの思考が限界を超えた。口は何も語れず、脳は思考を放棄する。
「は、え?」
「君に全てを話す。その上で協力して欲しい。先ず、僕はイクスだ。今はその説明で納得して欲しい」
「冗談、よね?」
余りに荒唐無稽な話にエルザは冗談ぽく茶化す。が、神戸の顔は変わらずエルザを真っすぐ見据える。エルザは大きなため息を一つ吐き出すと、神戸の目を見つめた。
「違うのね、分かったわ」
「納得し難いと思うが要点だけ端的に話す。先ず九頭竜聖とコロを引き合わせたのは僕だ。次に親はもう一人のイクスに操られていた。人類を適度に追い詰め、鍛え上げる為だ」
「は?もう一人?操る、鍛えるって何?」
「共鳴だよ。人類を危機的状況に追い込み、より強く共鳴する個体を作るか見つけようとした。今の地球はその実験場だ。で、その共鳴は人類とヴィルツの間に発生しやすいんだ。つまり、鐵に登録されたパターンはヴィルツのものだ」
「う、嘘でしょ?」
「本当だよ。だが、ヤツは希望足りえないと判断した。だから不要となった人類を粛清し、新しい人類を作り出すつもりなんだ」
神戸の言葉は余りにも信じ難く、混乱するエルザは『訳が分からない』と吐き出すだけで精一杯だった。が、無理もない。人類とヴィルツの生存を掛けた戦いがイクスの仕掛けた茶番でしかなかったのだから。
「もしかして」
「操られる最中に知った親が九頭竜聖に残した遺言、『Re:V earth』。ヴィルツを操り騙し、人類だけを全滅させる計画がもうすぐ実行される」
「でも、なんで……あ」
「ご名答。九頭竜聖の出現がイクスの行動を後押しした。僕達の、主が待ち焦がれた希望と判断したヤツは凍結していた計画の再実行を決断した」
「分からない事が多すぎる」
言葉通り、要点だけを伝える神戸にエルザは余計に混乱した。そんな様子に無理もない、と声を掛ける神戸だが、一方で話を止めるつもりはない。
「元々僕達の役目はこんな直接的な介入ではなかったんだ。見守り、時にそっと手を差し伸べるだけだった。でも、その度に自滅していく人類を見て来た。時間がなくて、でも人類に未来を託すしかない状況だというのに何度も自滅する末路を見続けた結果、ヤツは人類に絶望したんだと思う」
「それで、直接的な介入を始めようと?」
「それは主の望みではないのに、あの男は完全に狂ってしまった」
「幾つか謎は解けたけどさ」
「知りたい事はまだ多いだろうけど、よく聞いてくれ。計画最大の障壁は九頭竜聖だ。彼の力は僕の想定を超えた。だがそのせいで、恐らく戦う前に封じられる」
「それって、もしかして!?」
「ヴァルナを制御するプロトディーヴァの緊急停止コード。製造に携わっていない僕達には不可能だと思うが、盤石を期すならば……機能を停止してしまえば共鳴は発生しないから、勝つなど容易い」
「で、ヴァルナ不在の間に計画を実行すると」
エルザの結論に神戸は無言で頷いた。成程とエルザは漸く納得した。全てがイクスの掌の上ならば、計画阻止は至難の業。だから力を貸して欲しかった、と。
「そこまでする位だ、恐らくミトラも」
「ミトラ?」
「ヴァルナの対となる機神。幸い制御用AIは何処かで調整中らしいけど、それでも戦闘能力は驚異的だ。もしヴァルナと全力でぶつかれば周辺の因果が捻じ曲がり、下手をすれば誇張抜きで太陽系圏位は消滅する」
「何だってそんな化け物染みた機体が必要なの?」
純粋なエルザの疑問に神戸は言葉を詰まらせたが、直ぐに切り出す。
「絶望。果てない未来に待つ悲惨な終末、宇宙を巻き込んだ戦いに対抗する為だ」
「抽象的過ぎるわ」
「信じるのは難しいと思う。だが主は確実にその時が来ると信じて、だから僕達を作り出した」
「作った?もう何なの、全ッ然分からない」
神戸の口から溢れる情報にエルザは遂に音を上げた。が、残された時間が少ないと神戸は構わず続ける。
「僕もヤツも主によって作り出された人工生命体。主は宇宙を彷徨った末、この銀河にやって来た。僕達は知的生命体が存在出来る環境の惑星を探し、あるいは作り出した後に見守る役目を仰せつかった」
「作り出す、ね。つまり裏地球もヴィルツもその為に」
「逆だよ」
「は?」
「作り出されたのはコッチ。元からあったのはアッチ。今の人類も同じく、ヴィルツを元に作られた」
「う、そ、でしょ?」
「本当さ。その最たるが共鳴。ヴィルツの遺伝子を介して人類が手に入れた超能力とニューラルネットワークの相同性が生む波長の共振、増幅が君達の知る共鳴の正体だ。加えてもう一つ、ヴィルツの意志が分かるというのも」
受け入れるしかないと話を聞き続けて来たエルザだが、不意に明かされた情報は流石に限界を超えていた。唖然、呆然と神戸の顔を見るエルザだが、対する神戸の顔は真剣そのもの。ならば、もう全てを信じて受け入れる他にない。
「分かった、分かったから」
「さらにもう一つ、鐵の操縦席には外部からの思念をブロックする特殊な防御機能が秘密裏に組み込まれている。ヴィルツと接近すれば意志疎通の可能性が上がる。そうすれば彼等の性格を知られてしまい、下手すれば停戦してしまうからね」
「あぁ、そうか。怖いとか、聞こえないって言葉は」
神戸の説明に何かが腑に落ちたエルザ。地球のヴィルツと意志疎通が不可能だった理由は鐵に搭載された防御機能に阻まれていたから、幼体の言葉が分かった理由は機体の外にいたからだった。
そう考えれば実に嫌らしい仕組みだと気付かされる。共鳴レベルが低い者は戦場に近づかないからヴィルツと意志疎通の機会がなく、高い者は鐵に搭乗するから意志疎通を防御機能に阻まれる。それに、仮に意志疎通したところで人類全体の認識として押し上げられた徹底抗戦の流れの中で言える訳がない。結局、何をどうしようがヴィルツの特性が露見する事はない。
「何かあったのかい?」
「あ、と。向こうから幼体を連れてきちゃって」
意を決し、幼体の存在を明かしたエルザ。その存在を知るのは九頭竜聖、コロ、そして彼女が一番信頼する麗華のみ。
「君、もしや!!」
「あー、ごめんなさいごめんなさい。連れてくるつもりは」
「どれだけ連れ添った?面倒は見た?交流は?」
「は、へ?」
「もしかしたら手間が一つ省けるかも知れない」
エルザの話に神戸の目が輝き始めた。