62話 Project Re:V earth 其の1
ヴァルナVSアスラ二機。九頭竜聖、コロと相対するのは彼女を姉と呼ぶ二機のディーヴァシリーズ。
超巨大船舶、天穹城を揺るがせる程の衝撃が襲った。空を、無数の爆炎が彩る。
その中から炎を纏いながらヴァルナが飛び出した。同時に機体の周囲を舞う白い龍が霧散し、刃となって周囲一帯を微塵に切り裂く。空が裂け、海が割れる。が、アスラには掠りもしない。
「今までみたいに力押しは……」
上から目線の助言。が、歪んだ口角は上がり切る前に止まる。
「黙れェ!!」
衝撃に吹き上がる水飛沫。その中を規格外の速度でヴァルナが駆ける。親戦で見せた、緩急をつけた高機動が生む残像が陽光を反射する飛沫の中を飛び回る。消え、姿を現し、再び消える。その動きをディーヴァシリーズは捉える事が出来ない。
「ハハ、そうか。ソコまで出来るか!!素晴らしい。素晴らしいなぁ、君は」
人間の域を超えた機動とは言え、所詮はにわか仕込みの付け焼刃。限られた機動パターンだというのに、ディーヴァシリーズの攻撃は掠りもしない。
その理由はヴァルナが持つ因果律改変能力。その力を駆使、分身と本体の因果律を操作した結果。被弾直前までは本体であっても、直撃する瞬間に事象改変で分身と本体を入れ替える。言わば、視界に映る無数ヴァルナ全てが本体であり、同時に分身と言う状態。
互いの攻撃が当たらず状況は膠着、空と海が真っ赤な花火に染め上げられ、衝撃が空間を激しく揺さぶられ、あるいは無数の剣閃に引き裂かれる。互角の戦況をイクスは嬉々として、残る全員が戦々恐々と見守る。一進一退。刹那――
「そんな、私が」
アスラの一体が爆発四散した。無数の砲撃を回避した先に置かれた斬撃に触れ、体勢を崩した僅かな瞬間を逃さない追撃により瞬く間に一機が墜ちる。
「桁違いの共鳴レベル、戦闘に関する天性の才覚、何より性格。正に天啓だッ」
一機が撃墜されたというのにイクスの態度は全く変わらず、寧ろ早く次も撃墜しろと言わんばかりに高揚する。が――
「マスター、緊急事態です」
事態の急変を告げる声を聞くや、それまで一度として見せた事のない焦りが浮かび上がる。
「何だ?」
「何者かが未来への箱舟に侵入した模様です。申し訳ございません」
焦りが瞬く間に怒りへと転じる。奴か、と腹の底から吐き出したイクスは空に浮かぶリグ・ヴェーダを見上げた。
「生きていたのか、しつこい奴。やむを得んか」
神戸監二の生存。不測の事態にイクスが踵を返したその矢先、背後から発生した衝撃に身体を貫かれた。振り向けば、もう一機のアスラが撃墜されていた。目を、意識をほんの僅か逸らした隙の出来事。歓喜するべき事態だが、イクスは怒りに臍を噛む。
「行かせると思うか!!」
「そう上手くいくと思うのかい?」
目の前に現れたヴァルナに、しかしイクスは全く動じない。未だ余裕を貫く理由は甲板に立つ緋色の機体、ミトラ――だと、誰もが思っていた。九頭竜聖でさえ。現状で唯一イクスの危険性に気付いていたのはコロ。彼女は聖から機体の制御を奪い、イクスへと近づくと握り潰そうと腕部を伸ばし――
「namaḥ samanta-buddhānāṃ vaṃ」
止まった。イクスが唱えた真言に、ヴァルナの動きが完全に停止した。
「な、なんで?」
操縦席で混乱する聖。が、何かに気付くと背後を見やり――
「コ、コロ!?」
驚き、叫んだ。後部座席から見慣れた少女の姿が消え、代わりに3年を共にしたおもちゃの様な外観のコロが転がっていた。やられた、とごちる聖。しかし、時既に遅く。
「時間は掛かったがね、つまりこういう事さ。でも悪く思わないでほしい。本当は、こんな形での別れは望んでいなかった」
勝利を宣言するイクス。全員が見落としていた。
ヴァルナを知るイクスならば、外部から機能停止させる手段を持っていても不思議ではない。この時点で人類側が勝利する可能性は完全に潰えた。
イクスが手をかざした。瞬間、ヴァルナの操縦席からコロが消失、イクスの手に収まった。
「何度見ても、全く……擬態するにしたってもう少しあるだろうに。さて、九頭竜聖。名残惜しいがお別れだ。幸福な夢に抱かれながら、ゆっくりと休むが良い」
次いで指を鳴らした。パチン、と軽い破裂音が青空に吸い込まれた直後――
「な、グゥ!?」
操縦席の聖が苦しみ始めた。機体内部の生命維持装置を操作、一時的に酸欠状態を作り出された聖は抵抗さえ出来ないまま意識を喪失した。また、ヴァルナも糸の切れた人形の様に崩れ落ち、海へと落下、海底へと沈んでいく。
次いでイクスは目の前に小さな灰色の月を呼び出すと、その中にコロを放り込んだ。その光景に為政者達の顔から血の気が引く。もう、誰にもどうする事も出来ない。次の世界の支配権など儚い夢でしかなかった。否、見るべきではなかった。
「あぁそうだ、丁度良いタイミングじゃないか。彼を見送ってからの予定だったが……ま、掃除は少しでも早いに越した事はないからね」
イクスが振り向いた。ゾッとする程に冷めた顔が為政者達を見据える。たったそれだけで全員が竦み上がった。力の差、いやそれ以前に存在としての格が違う。直感の理由は先程までとは絶対的に違う感情の流れ。高揚の消失と、何より明確な殺意。
「大丈夫だよ。次はもっと上手くやるさ」
軽蔑する様な視線と共に、イクスが語り出る。慰めるような口調だが、彼等にしてみれば何の役にも立っていない。そもそも一方的な語り過ぎて何が言いたいかさえ不明瞭。
「何が、だ」
「合理性、というものに重きを置くのは駄目だね。いや、知識や技術も、かな。何れも人類には荷が重すぎた。合理で組み上げられた社会はどうしてか合理的な人間を間引き、結果として君達の様な非合理性の塊を残すんだから。全く、おかしいよね?」
そう結んだイクスは為政者達を睨んだ。言葉の端々に怒りが滲み、眼差しには殺意が隠し切れない。文明の発展は人類の衰退と同義。技術が進歩しても、人間自体の進歩と同義ではない。
「ヴィルツは何もない世界で助け合い、幸福の中に生きていた。翻って人類はどうだ?騙し、欺き、利用し、富を、称賛を、力を、栄華を、楽を求める。ヴィルツは何故助け合うのだろう?何もないからだよ。だから助け合うしか選択肢がない訳だけど、彼等は不幸と思っていない。一方で人類は無数の選択肢があるというのに、あろう事か幸福を、合理を投げ捨て、わざわざ不幸と非合理を選んでいるんだ。ところで今、君達は幸福かい?」
冷めた目をしたままイクスが問う。幸福か、と。答える声はない。誰も持ち合わせていない。
「九頭竜聖を追い詰めたのは僕じゃない、君達人類だ。だから尚の事、作り直すんだ。プランは二つ。徹底した管理社会か、より苛烈な環境。で、選んだのは後者さ。今度は文明を極限まで抑止しようって決めたんだ。そうだな、時代設定は中世くらいで良いかな。雄大で、厳しい自然。そしてヴィルツを参考にした敵性存在を沢山用意するんだ。過酷な世界だ。だがその中で人の魂は磨き上げられ、強い意志と力を持つに至るだろう。だからね、邪魔なんだよ今の人類はさァッ!!」
イクスが激情を剥き出しにした。決断に至る過程は不明。ただ、深く昏い人類への憎悪に支配されている事だけは確か。
「貴様の望む人類ではなかったからリセットする。ソレが理由か」
「そんなところさ。あぁそうだ、最後にもう一つ。九頭竜聖を撃ったのは僕だよ。さぁ、知りたい事は知っただろう?真実を抱えて輪廻に旅立て失敗作共」
イクスが高らかに絶望を告げる。
「ヴィルツによる地球再生計画!!」
世界中の空を、灰色の月が彩る。