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59話 操られた世界 其の3

 不快に顔を歪めるイクス。抑えきれず、顔に、雰囲気に感情が滲み出す。怒り。どうやら敵対者の存在が酷く不快らしい。が


「まさか」


 そんな風に呟いたかと思えば、急に空を見上げた。その顔からは先ほどまでの怒りは完全に消え失せ、驚きに染まっている。


「ハハ、ハハハハハッ」


 今度は笑い始めた。急激な感情の変化、余りの変貌ぶりに誰もが物怖じして何も語れず、ただ空に笑い続けるイクスの視線を追いかけた。しかし空には全長何キロあるか分からない超巨大な異宇宙船に、周囲を取り囲む青海の如き青空と白い雲以外に何も見えない。


「戻って来たよ、こんなに早く!!」


 蒼天にイクスの嬌声が吸い込まれた。その声に誰もが空を凝視すれば青い海の中に小さく輝く星が見えた。少しずつ大きくなる星はやがて鳥の姿を模った。空を切り裂きながら一直線に天穹城へと向かう純白の飛翔体の正体はヴァルナ。その姿がはっきり見えるに連れ、感嘆の声が上がり始めた。


「く、九頭竜聖!?」


「た、助かった」


 そう武儀が情けない心情を吐き出した直後、急停止したヴァルナの衝撃に吹き飛ばされ尻もちをついた。


「大丈夫ですか!?」


「わ、我々の事は良い。その男だッ、ソイツが全ての元凶だ!!」


 叫ぶ武儀が、腰を抜かしながらイクスを指差す。


「やぁ。無事の帰還を労いたいが、少々早すぎるね。No.2では相手にならなかったか」


「お前がッ!!」


 地球の全てを己に都合良く捻じ曲げた黒幕に聖の怒りが滾る。


「そうだよ。初めまして九頭竜聖、僕達の希望。しかし凄いね君は。倒さない様に加減させたとは言え、No.2とアスラをこうも易々と撃破してくるとは。しかもこんな短時間で。本当に凄いなぁ君は」


 対するイクスは心底からの笑みで裏地球から帰還した聖を労った。公転軌道に沿って帰還すると想定した場合の距離は約4.7億キロ。地球から消失した時間、裏地球での戦闘を考慮すれば最低でも光速の20パーセント以上という非常識な速度を出さねば間に合わない。が、彼は成しえた。イクスにあるのは九頭竜聖という力への敬意、それ以外に何も持ち合わせていない。


「お前は一体何者だ!!」


「イクスと、取りあえずはそう呼んでくれたまえ」


「なら、お前がヴィルツの敵か!!」


「君達が理解しやすいよう、その名を名乗っているだけさ。だがアレの敵というのは間違ってはいない、かな」


 敵。あっさりと己を敵と認める発言に驚く聖。が、直ぐにその顔が怒りに染まる。


「お前がヴィルツを、(エルダー)を操ってッ!!」


「そうだよ。僕の仕業さ。奴等の本性は知っての通り、闘争本能に問題を抱えていてね。平和的で、争いを好まないんだよ。見た目通りの化け物で、それなりに力も持っているのにさ」


「そうやって何かを都合よく利用してッ!!」


「否定はしないよ。で、話の続きだけど。そんな性格なものだからちょっと困ってね。だから策を弄した。本来ならばこんな下品極まる行動はしたくなかったんだが」


 嬉々として己の所業を語るイクスに、為政者全員が唖然とする。確かに復興よりも利益を優先した。他勢力に横取りされぬよう全てに優先してネスト調査を断行する姿勢を崩さなかった。だが、心の奥底では恥ずべき事だという自覚はあった。だが目の前の男はどうだ。穏健なヴィルツを操り、人類を窮地に追いやる行為に一欠片の罪悪感さえ感じていない。


「アンタは、アンタはッ!!」


 聖は腹の底からの怒りを絞り出そうとするが、上手く言葉に出来ない。覚悟の上だった。敵だからと覚悟の上でヴィルツを殲滅してきた。だが、そのヴィルツも被害者でしかなかった。揺らぐまいと決めた心に僅かな揺らぎが生まれる。


「黒い霧。共鳴者がヴィルツに垣間見た悪意はお前か!!ワケの分からない目的の為に平然とヴィルツを操り、使い捨てるなど恥を知らんのか!!」


 そんな聖に代わり武儀が咆えた。


「残念だけど、少し違うかな」


 が、イクスは否定する。


「何!?」


「操った、というのは間違いない。だが要所要所で一時的に、だよ。常に操ってきた訳じゃない」


「馬鹿な!?」


「有り得ん。平和的なヴィルツが自発的に人間を虐殺したとでも!?」


 否定されたとて、受け入れるのは難しい。ヴィルツの特性を知る為政者は動揺するが、そんな有様をイクスは一笑に付す。


「勘違いしてるよ、君達。じゃあ僕から質問だ。何でヴィルツが人類を憎悪していると思ったんだい?完全な形での意志疎通は図ってないだろう?というか、出来ない筈だよ。少なくとも鐵からではね」


「な、何を?」


「混乱するよりも頭を働かせたまえよ。さ、どうなんだい?」


「あんな、あんな残虐な行為をしておいて!!」


「そうだ。奴等に人類がどれだけ殺されたと思っているッ」


「さぁ?途中から面倒で数えるのを止めたけど、10億20億は殺されてるんじゃなかったかな?」


 この男は、と為政者の誰もが腹の内に怒りを滾らせた。誰もが直に見たか、あるいは前任から聞き及んでいる。ヴィルツの所業を、人を(さら)い、殺してきた事実を、映像で、伝聞で、間近で。その犠牲をイクスは何とも感じていない。


「まさか」


 正気を失う真実とイクスの態度に誰もが冷静さを欠く。そんな中、誰かが何かに気付いた。イクスが感嘆の声と共に声の主、天穹城の甲板を見下ろすヴァルナを見上げた。


「流石プロトディーヴァ、我が主の最高傑作なだけはある」


「コロ?」


「騙したんですね?」


「だ、騙し?」


 コロの出した結論を、誰も理解出来なかった。只1人を除いて。イクスだ。ニヤニヤと口角を歪める顔を見れば、コロの推測が正しいと誰もが理解した。


「裏地球で旦那様にじゃれつく幼体、ネストで見た頭部のない白骨体、共鳴の仕組み。全てを総合すると、これ以外の可能性が浮かびませんでした」


「コロ君、一人で納得していないでくれ」


「つまり、どういうことだ?」


「ヴィルツは人類を、人類の頭部、脳を自分達の同類だと誤認している」


 コロの推測に、誰も何も語れなかった。静寂に、無言の間に、イクスの拍手だけが虚しく横たわる。

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