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52話 再び ネストへ

「もしかして……何かあった?」


 切り出された一言に聖は激しく動揺した。もしや彼女にも話が通っているのかと思い至ったが、その割には社長の顔に余り悲壮感がない。


「いや、あの、えーと、その辺はもういいでしょ?」


「良くない」


 第一研の独断だったのかと訝みつつ、何とか話題を逸らそうとする聖。が、エルザは追及の手を止めない。彼が語らぬならば、と視線を会議室外の扉に向けた。


「第一研が旦那様に協力を要請、引き換えに貴女を差し出す旨を提案したようです」


「え、ちょっと、なんで知ってェ!?」


「聞こえました」


 二人の視界、壁にもたれかかり聖の退室を待っていたコロの淡々とした語りに聖はバツの悪そうな顔を浮かべた。どうやら彼女は婚姻の意味をよく理解していないらしい。あるいは理解して尚、か。はたまた己が傍にいるからという余裕か。何れにせよ『知らなくて良いのに』と聖はごちる。


「反対、した?」


「あ、当たり前でしょ?絶対何か裏があるに決まってる!!」


「当然です」


 淀みなく否定する聖に相槌を打つコロ。その態度にエルザの顔色が露骨に変化した。安堵と、ほんの僅かな落胆。が、聖もコロも気づかなかった。


「何時まで変な顔してんの。ところで」


 混乱から顔をくしゃくしゃに崩す聖など知った事かとばかりにエルザが切り出した。


「それ以外に何か話してた?」


「あー。えーと」


「遊撃部隊への参加、後はヴァルナの解体、解析です」


「ふぅん。で?」


「遊撃部隊は受け入れたんですけど、それ以外は断りました」


「そっかぁ。じゃあ、無視されてる訳ね」


 無視。その言葉に傍と聖の意識が覚醒する。


「あ、そう言えば」


 エルザの言葉に、忘れていた疑問が記憶の底から勢いよく飛び出した。このまま平和を享受してもいい。だが、そうできない理由が彼にはある。(エルダー)が今わの際に残した言葉、命を賭してまで伝えた『Re:V earth』なる言葉の意味が分かっていない。まだ、何も終わっていない。そんな気持ちが彼の中で渦を巻き始めた。


「そう。それにもう一つ。侵入部隊が新種に襲撃された件。重工(ウチ)がこの調子って事は、国連もそれ以外も同じね。寧ろ、だから私を餌に飼い慣らそうとしたんでしょうね。アイツ等の頭にあるのは世界の中心に自分達が座り続ける、ってだけ」


「自分達に都合の良い世界を、ですか」


「となれば、目下最大の関心事はネストですよね?」


「えぇ、流石コロちゃん話が早い。だけど進展は遅いのよね。襲撃された仲間は全員死んじゃったし、機体も崩落に巻き込まれて……」


「そうか」


「気に病む時間はないよ。話の続きね。世界の中心に座すにはどうすれば良いか?答えは簡単、鐵以上の戦力による支配。方法は二つ。ヴァルナの解析かネストの調査。だけど調査は第一次作戦時に重工が抜け駆けした過去が原因で各国牽制し合ってる状態」


「そんな事だろうと思った。解析も断っておいて正解だったよ。とは言え、俺の物じゃないから壊されたら困るってのが大きな理由だけど」


「良い判断よ。で、私達がするべき事なんだけど」


 聖の判断に満足気なエルザは、口角を吊り上げたまま聖とコロの顔を順繰りに見やる。


「まさか」


 察した聖は絶句した。


「ご明察。私達でネストの調査をするわよ。目的は下層。恐らく、何処かにある筈なのよ」


 やっぱりと聖は大いに呆れる一方、既に彼女の目的を見抜いていたらしいコロは特に反応しない。彼女が気に掛けるのは九頭竜聖の利になるか否かの一点のみ。


「何が、です?」


「灰色の月に関するデータ、あるいは制御装置ですか?」


「そうか、制御出来れば」


「ソレだけじゃあ駄目よ」


「え、なんで?」


「ネスト調査の目的に裏地球が追加されたんですね」


「流石コロちゃん」


 置き去りにされない様、必死に食らいつく聖。一方、そんな聖を他所にまるで打ち合わせでもしたように会話の応酬を続けるコロとエルザ。彼女達の話を聞き入っていたに疑問を挟むばかりの聖だったが、やがてネスト内部の調査が必要な理由に思い当たった。


「あぁ、そっか。もう、地球だけじゃ済まないのか。つまり制御して、その後に破壊しなきゃ」


「えぇ。裏地球のヴィルツが温和という話は既に報告済み。先ず間違いなく支配に乗り出すわ。あるいは意趣返しに戦争を仕掛ける、とか。問題が完全に解決したわけじゃないけど、それでも今の精神状況じゃあ何をしでかすか予想が付かない。それに、いい加減にあの子も返さないと。コッチに置いとく訳にはいかないし」


 エルザが気に掛けるのは幼体とその故郷、裏地球。疲弊した地球と地獄からの解放、二つの状況が裏地球への侵略という未来を描く。考えすぎだ、と聖もコロも否定しなかった。


「全部終われば平和になるって思ってた。ソレが、みんなを守る一番良い選択肢だって」


 聖が苦悶を吐き出した。だが、それでも次の目的へと歩を進める。ネスト内の調査し、裏地球への転移制御方法の解析、制御。可能ならば封印、出来なければ全てが終わった後に破壊する。無論、世界も重工も転移機能の封印など望んでいない。が、このまま地球の戦いが終息したとしても、裏地球が次の戦いの場となる可能性は捨てきれない。


「今の為政者は達成不可能と思われていたネスト攻略成功の高揚と抑圧から解放された反動に浮かれ切っている」


 とはエルザの言。まだ、何も終わっていない。その気持ちが聖の中で一層強くなる。

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