50話 Re:V earth
「わ、レ ハ」
人類の勝利を手にヴァルナが下層を飛び立とうとした瞬間、か細い声が聖の耳を掠めた。
「何!?」
「親!?」
反応し、即座に臨戦態勢へと移るヴァルナ。操縦席から聖が睨みつける先に、僅かに震える親が映る。
「これが、お前の望みかッ!!」
湧き上がる怒りに任せ、聖が叫ぶ。
「チ、が」
「何がッ!!」
「待って下さい、旦那様」
対照的に冷静なコロが聖を抑え込む。彼女は親の変化を感じ取っていた。
「何、まだ生きてるの?」
堪らずエルザも割って入る。親の生存はネスト制圧失敗と同義。穏やかだった彼女の顔色が緊張に染まる。
「何か、言いたい事があるのか?」
怒りを抑え、努めて冷静に重ねる聖の言葉に瀕死の親は何も語らず。
「どうしたいんだ!?」
再び聖が問いかけた。直後、壁に規則正しい亀裂が走り始めた。最初は歪な直線。が、次第に規則正しく、やがて文字となった。歪な、下手なアルファベット。恐らく遺言に近い何かだろうと聖は察した。しかし、どうしてこの状況で、誰に対して残すのか。もしかして自分自身か。であれば、何を伝えたいのか。真意が測れないまま戸惑う聖を他所に壁の亀裂は踊り続け、次の文字を刻み始める。一文字、二文字と続く亀裂は、その最後に一つの単語を完成させると漸く止まった。
Re:V earth
「レ?ブイ、エア……?」
それぞれの文字は辛うじて理解できるが、繋がった途端に意味不明となる言葉に四苦八苦する聖。元より諸事情で高校を退学してい以降、ずっと働きづめだった彼に分からないのは致し方ない。
「リバース」
一方、コロは理解不能な文字の羅列を正しく解読した。Re:V earth、と。しかし、何かの単語と分かれども意味までは分からない。
「リバース?」
「ですが、何故こんな言葉を……いや、意味?」
言葉は分かれど意味は不明。が、今わの際の行動が無意味とは考え辛い。今にも死にそうな親がもし行動を起こすならば、意趣返しに一矢報いる方がよほど現実味がある。なのに、僅かに残った力を使って行ったのが聖に何かを伝えるという奇妙な行動。
「チキュ、じん、キ、つけ、ろ」
下層の壁に単語を刻み終えた親は、続けて途切れ途切れに何かを語り出した。
「気をつけ、ろ?」
「何にです?」
「見つけ、ロ、この、星ハ、何かが、そして……我々の……カ、た」
「見つけろ?何を……お前、一体!?」
今際の際、親が伝えた言葉は『見つけろ』。何を、と聖は叫んだ。が、既に遅かった。小さな振動と共に親は事切れた。もう、何も語らない亡骸を前に、聖は苦悶を浮かべた。
ゴゴゴ
周囲を震わせる不気味な振動が、彼の苦悶を飲み込んだ。慌てて周囲を見回すコロとエルザ。その視界一杯を無数の亀裂が横切った。
「え、まさか?」
「崩落する、みたいだね?」
「ちょっと、冷静に言ってる場合!?」
「生存者、回収します」
「早くしてね」
「分かりました。行こう、コロ」
「はい、旦那様」
聖とコロは崩落を始めたネストを飛び立ち、生存者と共に後にした。程なく、ネストの一部が崩れ始めた。親が散り行く最後に残した遺言、そして謎の言葉「Re:V earth(リバース)」。果たして親は聖とコロに何を伝えたかったのか。幾つかの謎を残したまま、ネストは部分崩壊を起こした。
※※※
???
「以下が下層における戦闘記録の全てです」
女と思しき、機械的な声がネスト下層で起きた一連を何者かに伝えた。
「結果は……うん、やはり上々だよ。最高だね、彼は」
暫し流れる映像。訪れる静寂の最期、結果に満足する声が闇の中から響く。
「はい。九頭竜聖がヴァルナの性能を一時的にせよ完全に引き出した点については驚嘆に値します」
「あぁ、素晴らしいよ。特にこの精神性だ。腐った掃き溜めの様なこの世界で、彼の様な素晴らしい心の持ち主がプロトディーヴァと共鳴するなんて、運命などと評するには生温い。これぞ正しく天の……いや我が主の采配に違いない。事ここに至り確信した。彼こそが、僕達が待ち望んだ希望だ」
「では、遂に?」
「あぁ、そうだ。ヤツを始末した以上、もう誰も僕の邪魔を出来ない」
闇からの声が途絶え、今度は小さくせせら笑う声が響いた。邪魔はいない、その事実への高揚が声に乗る。
「おめでとうございます、マスター。遂に、悲願が叶うのですね」
「あぁ。他のディーヴァシリーズは?」
「全て問題なく。何時でも行動出来ます。また、ミトラ及びアスラの調整も完了しております」
「そうか。色々と並行して時間が掛かったが、漸く僕の方も解析が終わった。いざという時の準備も万全。では、最後の詰めと行こうか」
「はい。あの連中はどうされますか?」
「捨て置けば良い。どうせ今頃は目の色を変えて世界の支配図を描いている頃だろうさ。ハ、何処までも無能な奴等だ」
「しかし、その無能さ故に制御しやすくはあった点は助かっておりました。最も、それだけですが」
「ハハ、そうだね。物事は見方によって大きく変わる。あんな無能でも世界を思い通りに動かす、という点で役に立っていたのは何とも皮肉というか、何と言うか」
「そうですね。では、予定通り以後は」
「あぁ、構わない。もう直ぐだ。もう直ぐ、もう直ぐアナタの願いが叶う。その時を、瞬間を、どうか見守っていて下さい。我が主、■■■よ」
恍惚に振るえる声は最後に主と結ぶと、そのまま闇の中へと消え去った。