49話 一先ずの勝利
親との交渉を聖は受け入れ、人類とヴィルツは一時停戦した。筈だった。しかし中層からの異変、その後に届いた不穏な連絡。全てが親の偽りを告げる。一度は合意しかけた停戦は悪意により分断され、ヴィルツ側の不意打ちを契機に再び戦いの火蓋は切られた。
「これでェェェッ!!」
「ハハ、ハハハハハハハハハハハッ」
怒りに滾る聖。その意志に呼応するヴァルナとコロ。三つが共鳴し、因果すら無視する力が発現する。撃ち出された矢は親を抉り、その大半を消失させた。崩れ落ちる親。その笑い声が、激しく振動する下層に霧散する。
「クソ、クソ……何だって、こんな」
「旦那様のせいではありません。恐らく、最初から」
悲壮に身体を震わせる聖の様子を見たコロが堪らず慰めた。あらゆる手段を講じて聖の心身を削りに来た性格からすれば、交渉など端から考えていなかった可能性は高い。
ヴァルナの能力は確かに桁外れている。が、所詮は単機。攻勢には強いが、守勢に回ると弱い。世界中で発生していたヴィルツの同時襲撃は彼の無意識下にその弱点を刷り込み、停戦を受け入れる土壌を作る為の行動だったとコロは判断した。加えて、彼はほんの少し前まで一般人だった。左程に好戦的でもなく、また人並み以上に優しい。
コロが後部の座席から身を乗り出し、背後からそっと抱き締めた。アナタは正しいと、そう慈しむ様に。
その優しさを背に感じながら、それでも聖の顔には苦悩と後悔が溢れ出る。疑問を持ちながら、それでも人類のためにと圧倒的な力で一方的に蹂躙し続けた。したくなかった。だけどそうするしかなかった。ヴィルツと人類を秤にかけ、人類を選んだ。誰かを助ける為、そう決断した。親の提案に乗ったのもより大勢を助ける為、それが最善と信じたから。
その意志が、親討伐を成した。が、代償は大きかった。恐らく中層の部隊は全滅している。少なくともアイザックを含めた数名はそれまで見なかった小型ヴィルツに、それ以外も――
「……う、ぶ?……こえる?」
最悪の可能性に精神を殺された聖の耳に、微かな声が届いた。通信、と気付くのにそう時間はかからない。
「誰ッ!?」
生存者か。声に反応した聖の心が跳ねる。
「クン……聖クン?」
「エルザさん!?」
「無事だったんですね?」
エルザの声と分かった聖とコロが揃って喜びの声を上げた。不安定な映像に映し出された彼女は彼方此方に怪我をしており、口からは血が滴っている。が、それでも五体満足だった。
「え、えぇ。辛うじて。だけど……機体の方は駄目ね」
「でも、無事でよかった」
「何が起こったんです?」
「それが、分からないのよ。何か、急に数名が叫び出したかと思ったら攻撃された。誰も警戒は怠ってなかったのに、何が起きたか分からなかった。直前まで何の反応もなかったのに、いきなり目の前で……誰も、気づけなかった」
「ソレって」
「ネスト防衛を専門とする新種がいたのかもしれないわ。その姿も見えないようだけど、ともかくコッチは酷い有様よ」
「そうですか。あの」
「アイザックも、それ以外の誰も気にしなくていいよ。皆、覚悟の上で来たんだから」
「でも。俺が」
「仮に交渉を無視したら、その時は私達を人質にとった筈よ。そうしたらもっと戦い辛かったでしょ?」
「かも、知れない……です」
「ああすれば良かった、こうすれば良かった、なんて後付けの後悔なんて誰でもできるわ。多分、知れば責める人もいるでしょう」
「はい」
「でも、気にしなくていい。戦う事さえしない臆病者が敗者を笑う時代よ。私達だって何度も笑われたし、非難もされた。だけど君は戦った。何も分からない中で、それでも選んだ。だから、君は、君だけは胸を張りなさい」
「ありがとうございます」
エルザは我が身を顧みず、聖を必死で慰めた。そう言う役目だから、そんな印象は感じない。無傷で親討伐を成しえたのに、余りにも悲壮な顔色を浮かべていたからだろう。
「大丈夫ですか!?」
また別の声が聞こえた。
「麗華?」
「社長、大丈夫ですか!?」
「えぇ」
映像を見た麗華もエルザの有様に驚く。
「状況はどうなってるんです?」
「親は討伐、聖クンも無事。だけど、侵入部隊の大半が未知のヴィルツにやられたわ」
「未知!?新種ですか?」
「えぇ。センサー類に一切反応しないタイプよ。外の様子は?」
「はい。ネスト下層から発生した巨大な振動直後、散り散りに撤退を始めました」
「聖クンがいるからコッチには来ないでしょうね。となると」
「以後は各地に離散した残党の撃破が主要任務になるかと」
麗華の言葉にエルザは『だよね』と、小さく吐き出した。親討伐は成功したが、ヴィルツの全滅にまでは至らず。が、指揮統率を行う親の不在は大きい。だが何より――
「ネストを制圧出来た、というのは大きいわね」
ネストの制圧という大事を成し遂げた。上層に鐵に関するデータが残されていたならば、中層以下にはそれ以上の『何か』が残されている可能性は否定できず、ソレ次第ではヴィルツの排除は現実味を帯びる。
「その件ですが、既に一報が全世界に周知されました」
「早ぇえわね。誰よ」
「人類の悲願……いや、ごく一部ですか。ともかく、一旦お戻りください」
「そうするわ。でも新種の件もあるから」
「承知しました。どうせ誰が調査を主導するか揉めるのは目に見えていますから、脱出後に一度ネストを封鎖するよう手配しました」
「ありがとう」
「どういたしまして」
常に己の想定を先回りする麗華の対応にエルザは笑顔を零した。
「場合によっては、都市防衛に関するルールの見直しも必要になるかもね」
が、長くは持たない。エルザが零した言葉に聖も、コロも、麗華も察した。アイザック達を襲撃したという、操縦席に入り込むサイズの個体は今まで確認されていなかった。今までネスト下層に隠れていた理由も、襲撃直前まで検知出来なかった理由も不明。センサー系統の不具合でなければ個体特有の能力の可能性が考えられる今までは大型を想定していたが、今後はセンサー類に反応しない小型の襲撃も想定しなければならない。
まだ全てが解決したわけではない。そして、幾つかの謎も残ったまま。だが、それでも勝利した。