47話 停戦
超巨大なヴィルツ、親は人語を解した。日本での圧倒的な敗北から九頭竜聖、コロと対話する為に学んだと推測される親は、聖に様々な情報を語り出した。
その大半は要領を得なかったが、唯一分かったのがヴィルツに敵対する人類以外の存在。敵の名はX。ここにきて明らかになった新たな敵。その言葉に聖の意識が奪われる。否。向かう。一点に。
「そのXってのは何だ!!」
「分からぬ。ただ、我にはあるのだ。記憶の中に、Xから逃げ延びた光景が。あの悍ましい、黒と赤の悪夢が群成す姿が鮮明に、昨日の事のように、脳裏に流れ込んでくるのだ。だから力が必要だ」
「だったら、先ず攻撃を止めろよッ!!」
苛烈な戦闘を縫い、聖が叫ぶ。が、親は尚も念動力を駆使、瓦礫を飛ばし、あるいは直接攻撃でヴァルナを狙い続ける。ならばと聖も広大な下層を高機動で縦横無尽に駆け回る。四方八方から飛び交う瓦礫の弾丸は高機動の前に掠らず、あるいは逆に撃ち落とされる。対照的に、親への攻撃は防御フィールドを貫通して本体に届く。
優勢を維持する戦闘と並行して聖は考える。親の行動は、会話という手段を獲得した事実とはどう考えても食い違う。ヴィルツは外宇宙から飛来する敵対勢力がいて、その敵に対抗する戦力を求めて|(何を理由にしてか)地球に来て人類を襲っていた。
最中、聖は傍と気付く。戦力を求めていたのかもしれない、と。裏地球のヴィルツは穏やかで戦いを好まない。だから灰色の月を使って地球に侵攻し、人類の力を見定めていた。幸か不幸か、人類は穏やかなヴィルツよりも好戦的だ。しかし、肝心の戦闘能力はヴィルツが望むには程遠かった。人類への苛烈な攻撃性は弱い人類への苛立ちが理由ではないか。
違和感は大きく、違うかもしれないとの考えが常に頭の中で渦を巻く。しかし、裏地球を見た今の彼にそれ以外の考えは浮かばなかった。
「そうか。だから言葉を」
生まれた仮定が新たな家庭を生む。それまでの人類は交渉に値しなかったが、遂に戦力足り得る人類を発見した。九頭竜聖とコロ、そしてヴァルナ。
「じゃあ、協力して欲しいなら今すぐ戦いを止めろよ!!」
聖の叫びに、矢継ぎ早の応酬を重ねていた親の動きがピタリと止まった。その態度に聖は視線を背後のコロへと向ける。操縦席に、互いの視線が交わった。
「はい。旦那様の願いを叶えるならば、受け入れましょう。但し、私達からも条件を付けた上で」
コロは同意した。強く背を押された聖は意を決し口を開く。
「協力する。その代わり、戦いを止めるよう伝えろ!!」
聖からの提案は停戦に親は動きを止めた。ヴァルナを見下ろしながら、頭部の触角を不気味に動かす。
戦力目的との仮定に従い、聖とコロは戦力として己を提供する案を示した。仮定が正しければ親には魅力的な筈だ。現状、どれだけヴィルツが群れようとも聖が駆るヴァルナに傷一つ付けられない。となれば、協力こそが本懐の為に最も正しい選択肢となる。
「受け入れる筈です」
背後からコロが聖の決断を力強く後押しした。親も、聖も本気を出していない。互いが全力を出した場合の勝者は不明。賭けに近い事も承知の上。ヴァルナから見上げる程の巨躯を見上げる聖の頬を、一筋の汗が伝う。
「止むを得まい。提案、一旦は受け入れよう。戦闘は既に停止させた」
思考の末、親は提案を承諾した。その瞬間、聖の顔から一気に緊張が抜け落ちた。停戦協定、成立。但し、彼の自由を犠牲にしてだが。しかし、現状においてこの案が最も犠牲が少ない。
このまま戦い続け、仮に勝ったとしても残ったヴィルツの群れがどう動くかは分からない。最悪は親を討伐された怒りから暴れまわる可能性も捨てきれない。そうなった時、どれ程の余力が残っているだろうか。全てが終わった時、どれだけの犠牲が出ているだろうか。
「良かった」
全てが上手く運んだ感謝を聖が安堵を口ずさむ。
「随分と静かだったけど、上手くいったみたいね?」
「ヨォ、聖クン。外の連中から『アイツ等いきなり動かなくなった』て連絡あったんだけど、終わった?」
「あ、えーと」
不意に入った通信はエルザとアイザックから。そう言えば、交渉中に一度も連絡が来なかった事を彼は思い出した。親が言語を解する事も、協力関係も全てが聖の独断。しかし、一々誰かに確認を取っている余裕などなく、そもそもからして対話可能など人類の誰も想定していなかった。聖の裁量で決めていいとはエルザの言だが、勝手に停戦交渉は度を超えていたかもしれない。今更ながらに気付いた聖は口ごもってしまう。
「邪魔になると思い通信は切っておきました、旦那様」
そっとコロがそっと耳打ちする。確かに助かった点は否めないが、正直なところ最低でもエルザの助言は欲しかったと聖は心中でごちる。が、果たして彼女にも答えが出せたか。それに何より、コロの善意を無下になど出来ない。
「終わりました。ヴィルツと停戦します」
状況をうまく説明できない聖に代わり、コロが淡々と状況を纏めた。
「は?」
「停戦って、え?何?何がどうなって?」
が、理解できる筈もなく。
「親は人語を理解出来ました。話を総合するとヴィルツには別の敵がいて、人類襲撃はその敵と戦う為の戦力を探している為のようでした」
「えーと、つまり、君達がその戦力になるからって事?」
「はい」
「はい、って……」
やはり、誰も理解出来ない。通信の向こうに広がる動揺に、聖もコロも苦笑いを浮かべるしか出来なかった。かつての自分達と同じ、受け入れるには余りにも時間も余裕も無い。が、それ以上に――
「受け入れろってのか」
「これだけ犠牲を出しておいて、今更?」
やがて、動揺の中に怒りが混ざり始めた。瞬間、聖の顔が強張る。正しかったか、否か。今更ながらに至極真っ当な疑問が彼の頭を過った。
「とにかく、何時までか知らんが向こうに戦うつもりが無いってのは確かだ。一先ず帰って状況整理するべきだ」
「そう、ね。こんな事態、流石に誰も想定していない」
「はい、あの」
「誰も責めやしねーよ」
「そうね。流石に誰が想定出来るってのよ、こんなの」
「そう、ですよね」
湧き出す怒りを抑えるエルザとアイザックが出した回答は一時帰還。確かに停戦が成立したならば、これ以上の長居は無意味だ。
「じゃあ、俺達は一度帰る。何れ来ることになると思うけど」
「約束は違えぬ。協力が成立した以上、襲撃をする事はない」
「ありがとう」
聖の口から突いて出た感謝と――
「礼の意味が分からぬ。ソレに諦めた訳では」
言葉の意味を理解できない親の怪訝そうな声色が下層フロアに重なり響いた。互いの音が静かに溶け合い、消えゆく。疑問は多い。障害も多い。が、停戦という福音を手土産にヴァルナは下層から浮き上がった。直後――
「がああああッ!?」
聖の耳を絶叫がつんざく。鼓膜を震わせ、脳に届く声に入り混じる声は恐怖に染まっていた。同時、中層から貫くような衝撃が下層全体を震わせた。一度、二度、立て続けに何度も。
何かが、起きている。