46話 未知の敵
不信、不安は間違いなくあった。
「周囲に反応なし、下層から巨大な反応が一つ。恐らくアレが」
「順調だな。では予定通り俺達は下層の手前で増援を食い止める。後は任せたぞ」
「はい。あの、ありが」
「感謝は此方の台詞だ。無事に帰ったら、飯でも奢るよ」
「無事で帰って来いよ」
「はい。必ず」
「俺達はここで待ってるからな。じゃ、行ってこい」
「お願いします、アイザックさん」
「作戦が成功すれば、その過程は君の裁量に委ねられます。最終的に勝てばいい、気を付けて」
「はい。エルザさんも気を付けて」
しかし、何時しか完全に消失していた。ネストへと先行した九頭竜聖とコロが操るヴァルナは、後に続く鐵を守り抜いた。言葉で人は変わらない。ただ、行動のみが変える。襲い掛かるヴィルツを一手に引き受けながら、更に完璧に援護を行う彼の行動に、決意に誰もが自然と信じるようになった。
つい数時間前までの不協和音はもうなくなっていた。全面的、心底ではないだろう。ただ、それでも誰もが聖を信頼し、背中を押してくれた。幾つかのエールを背に聖とコロ、ヴァルナは親が存在する下層へと下る。中層から下層へと繋がる巨大な穴から下を除けば、漆黒の闇が広がっていた。その深奥を、二人は目指す。
※※※
「あれが」
人類の総力を結集した襲撃作戦は功を奏した。遂に下層へと降り立った聖がコロに問う。下層フロアは、それまでとは比較にならない程に巨大だった。見上げれば降りて来た穴は遥か上に小さく、周囲を見渡せば広大な空間が広がる。等間隔にそびえる巨大な柱が無ければ、この場が建造物の内部であると忘れる位には広い。恐らく、フロアの全高はざっと300メートル以上、全長に至っては何キロあるか分からない。
「恐らく親」
「大きいな」
そのフロアの端にソレはいた。通常個体や殻付きと呼ばれる上位個体よりも遥かに巨大な体躯を持つ親。あんな小さな幼体が見上げる程に大きくなるのかと聖もコロも驚く親のサイズはゆうに数百メートルはある。青と黄色の体色は不気味に明滅を繰り返し、フロア全体を仄かに照らす。その巨大な身体が、ゆっくりと頭をもたげた。たったそれだけだというのに、凄まじい威圧感を放つ。
「やろう」
「はい」
生まれては消え、消えては生まれる迷いと疑問。が、今はと強引に押し込む聖。世界を救う為、親を討伐すれば誰もが夢見た平和が訪れる。そう念じ、操縦席のレバーを強く握り締め――
「来たか」
先んじた親の行動に、聖とコロは出鼻を挫かれた。
「話せる、のか!?」
対話。ソレが親の先制攻撃だった。
「そんな機能……いえ、今まで使う必要がなかったのでしょうか」
「お前は何者だ」
「我々は我々だよ、同胞」
「ど!?な、何を言っている、俺とお前が仲間の訳がッ」
「共に脅威に立ち向かうのだ同胞よ。だから、その、檻から」
困惑する聖。言葉は通じるが、会話が通じない。何かが噛み合わないが、その「何か」を掴む糸口が見えない。しかしそれ以上の意識を向ける余裕が消える。バチと、ヴァルナの周囲で何かが弾ける音。周囲の空間が大きく歪み、ヴァルナを包み込む。桁違いの念動力による攻撃に、周囲の空間が更に捻じれた。
「お前はッ!!」
が、防壁の前に完全に阻まれた。対話を隠れ蓑にした一撃は失敗に終わった。やはり、と聖は考えを改める。
「ソッチがその気なら!!」
「何故だ」
「何がッ」
「何故だ?どうしてその檻を捨てない?どうして拒むのだ?」
「檻だと、ヴァルナは檻じゃない!!」
空間を歪ませる程の念動力で攻撃しながら、同時に要領を得ない言葉を投げかける親。混乱が目的か、それとも――
「足を止めるのは危険です、旦那様」
「話す気があるのかないのかどっちなんだ」
本当に対話をするつもりなのか。しかし、聖の脳裏を過った光景がその可能性をかき消す。ドス黒く変色した血だまりの中に無造作に投げ捨てられた夥しい数の人骨。果たして対話を望む者があそこまで残虐な真似をするだろうか。何もかもが分からない中でただ一つ『人類を憎んでいる』事だけが分かっている。人類の敵が対話を望むのか。言葉を獲得した理由が人類との対話だったとしても、力づくで来られては無意味だ。
「お前達の故郷に行った!!どうしてアッチの個体はお前みたいに誰彼構わず襲わないんだ!!」
空間を歪ませる程に強力な念動力に加え、無機質な壁や床を強引に引き剥がし、攻撃を行う親。その隙を縫い、聖が疑問をぶちまけた。
「何を言っているか理解できない」
「何をッ!!」
「コレは救いだ」
「救い?ふざけた事をッ!!」
「我には理解できない。檻に閉じ込められて、何を言っているのだ」
「お前達が襲わなければこんなものにッ!!」
「お前こそ何を言っている」
「何を訳の分からない事を!!」
が、平行線。聖の顔に苛立ちが浮かぶ。何故、言葉を学んだのか。言葉を獲得し、何を伝えたいのか。対話という他個体とは明確に違う行動への違和感と不信感、疑念その他諸々。聖は感情を押し殺し、情報を引き出す為に死力を尽くす。緩急をつけた機動を駆使して念動力を華麗に回避しながら攻撃に転ずる。が、周囲から引き剥がした瓦礫が攻撃を阻む。隙を縫う念動力による攻撃。回避。そして――
「なんでこんな事をする!!」
対話。再び、聖が本心をブチまけた。エルザが連れて来た幼体を含めた裏地球のヴィルツは何故こうまで地球と違うのか。彼は直感した。その差に全ての原因ではないかと、原因さえ取り除けば確実に平和が訪れるのではないか。
「救うためだと言っている」
「何が救いだ!!」
結果は無常、何も変わらなかった。ヴィルツの行動理由を聞けば何かが分かるのではないかと考えたが、望む答えは得られそうにない。
「質問を変えます。どうして地球人を襲っているんですか?」
聖と親の会話は平行線を辿る。このままでは、とコロが強引に割り込み話題を変えた。彼女はもっと直接的な質問、人類を襲撃する理由をストレートにぶつけた。
「力が必要なのだ。1人でも多くの。だが臆病者共はのうのうと平和を享受する」
「裏地球の、だけどそれは臆病じゃないし、悪い事でもない!!」
「臆病だよ。我々には敵がいるのだ。強大な力を持つ敵だ」
「は?」
「ヴィルツにも敵が……でもそんな情報、知らないですよね旦那様?」
「あぁ。嘘じゃないなら、全部話せ!!」
「暗黒の空からやって来る、悍ましい敵だ。この世に生きる全ての意志を認めない、最悪の敵。我々は幾度も戦い、その度に絶滅の危機に瀕してきた」
「空、宇宙から……」
「ヴィルツでさえ勝てない、敵」
想定外の情報に聖もコロも混乱しながら、それでも必死に頭を働かせる。ヴィルツには敵がいて、その敵に何度となく追い詰められてきた。しかし、敵の姿どころか痕跡さえ存在しない。あるいは裏地球には残っていたかも知れないが、偶発的に飛ばされたあの地を次に踏める日が訪れるのかは分からない。詰まるところ、証拠が無い。
「まるで夢のように揺蕩う記憶の中、その敵はこう呼ばれていた。『X』、と」
イクス。未知を冠する新たな敵。その存在を知った聖とコロの中に疑問が膨れ上がる。敵の存在と地球人類の襲撃に接点が見当たらない。