44話 B・E
重工が間を取り持った事で聖とコロは国連軍と和解、これにより作戦実行の目途が立った。標的は巣と名付けられた超巨大構造物の下層に眠る親の殲滅。
討伐作戦は何度か実行されたが、桁違いの戦力差に阻まれ全て失敗に終わった。現時点では上層を突破したところで足踏みをしている状態だが、聖とコロのコンビに重工と連合軍の総力を掛け合わせれば作戦の成功率は飛躍的に高まる。
作戦開始までの猶予は何もなければ約3日。しかし、救援要請があればその度に九頭竜聖は出撃した。彼が助けた国々はこぞって賛辞したが、対して国連と重工は作戦を間近に控えた時期での出撃に難を示す。
大事の前の小事。本来ならば他国に任せておくべき事案だと誰もが考えるが、現状で彼を止め得ることなど出来ない。
「お疲れ」
2035年10月28日、20時。ニュージーランド近傍。夜の闇を切り裂き、ヴァルナと聖、コロが天穹城内のエルザ専用格納庫に降り立った。直ぐ傍にはそのエルザが立つ。当たり前のように聖の帰還を出迎えるエルザに当初は驚きの声もあったが、直ぐに誰もが受け入れた。
今現在、彼女が聖と重工、連合の間に立ち両者の折衝を行っている。理由は事あるごとに出撃する聖の行動。特に重工と国連は露骨な注意こそしないだけで否定的な感情を持っている。だから聖が心を許すエルザが間に入る事で関係悪化を防いでいる、というのが現状だ。
「あり……」
聖も当たり前のように感謝を口にする。が、全てを言い終える前に途中で止まり――
「いや、ごめん。迷惑かけてる、よね」
そう、言い直した。彼の視線はエルザの背後を泳ぐ。数人がコチラの様子を窺っていた。誰の顔もニヤニヤとした笑みが貼りついている。言わずとも良い感情を抱いていないと察せる顔に、聖の顔が自然と強張った。
「分かってるなら、っていいわよもう。どうせ言っても聞きゃあしないんだし。もう、迷いはないんだよね?」
「あぁ。今の俺に両方を守れる力はない。だから、今は地球を守るよ」
「なら良し。後、コッチは別に何もないわよ」
聖の視線を追う社長は鋭い切れ長の目を背後に向けると溜息を零した。聖と同じ不快な笑みへの呆れと諦観。気にしてはいない、とは言え気持ちの良いものではない。
「本当に?」
「間に入ってるだけで別に首輪付けて飼い慣らしてる訳じゃないし。それに操縦に慣れるって大義名分もあるから。ま、丸め込むのには苦労したけどね」
当人に恩を着せるつもりはない。しかし、何気ない最後の一言に聖は傍と気付く。自分がある程度の我儘を押し通せるのは共鳴レベルでもなければヴァルナの専属操縦者でもなく、彼女のフォローがあってこそだと。
「ありがとう」
改めて、感謝を口に出した。その態度に、社長はフフと、口の端に笑みを浮かべた。まんざらではないようだ。
「で、どう?」
「うん。結構慣れた、かな」
「そっか。経験が少ないのはどうしようもないね。ただ時間的にもう無理。国連軍の主力は既にロングビーチ港を出港、アドリア海を目指している。専用揚陸艦の速度ならジブラルタル海峡で待ち伏せされない限り、あと3日足らずで到着するわ」
その言葉に聖の顔に僅かな影が落ちる。圧倒的な共鳴レベルと桁違いの機体性能とは言え、敵の本拠地に殴り込むという事実が重く圧し掛かる。加えて親の能力も未知数で、挙句に誇張抜きで世界の命運が決まる。勝利すればヴィルツの勢いを大きく削ぎ落とせるが、失敗すれば振出しに戻る。
だからエルザが釘を刺した。これ以上の出撃は無理だ、と。九頭竜聖の戦闘能力が如何に高かろうが、疲弊した状態で戦闘能力未知数の親を確実に討伐できるかどうかは不明。万全を期すならばこれ以上の出撃は避けろ。先の言葉と、何より聖を真っすぐ見つめるエルザの目が雄弁に語り掛ける。
「それに」
と、重ねたエルザが――
「B・E」
続けて聞き慣れない単語を口走った。
「って、なんです?」
「第一研の虎の子、Project B・E。|Beneficial・Evolution《有益な進化》って大仰な名前が付けられた鐵操縦者強化計画よ。未完成品って噂は聞いたけど、そんな代物まで引っ張り出してきたって辺りに相当なやる気が見える訳」
「具体的にはどんな物なんですか?」
「コロちゃんも興味があるのね。薬よ。共鳴レベルを引き上げる為の、ね」
「じゃあエルザさんも?」
「数に限りがあるって話だから、最初から高い私とか麗華には回ってこないと聞いたわ。主に低、中間層の底上げ用。質より数を優先したって感じ」
複雑に入り組んだネストを速やかに攻略する為、部隊が二分された。ネストに陣取るヴィルツの群れを引き付ける囮部隊と、可能な限り万全の状態で九頭竜聖とコロを親の元に送り込む為に同行する侵入部隊。
その作戦の成功確率を上げる目的で第一研が用意したのがB・E。エルザの話が正しければ、摂取する事で共鳴レベルが上昇するという。
「未知の部分が多い共鳴効果の解析に成功していた事も驚きですが、その薬は大丈夫なんですか?」
間髪入れずコロが問う。当然の疑問だ。
「第一研の領分は私でさえ知る事が出来ないのよ。とは言え、安全と見て良い筈よ。少なくとも第五次作戦の失敗を願う地球人類なんていないからね」
「そうですか」
「イマイチ実感ないでしょうけど、状況はかなり切羽詰まってるのよ。特に第一研や国連の上の連中は土地を奪われた国を幾つも見てきてる訳だから必死にもなるわ」
「そっか。生まれた時からこんな状態だったから思い至らなかったけど、住み慣れた土地から逃げて来た人が多いんだよね」
「だからよ」
未完成品を投入してまで作戦を成功させたい。未完成品の投入をエルザは『やる気』と評したが、何方かと言えば不退転という言葉が正しいのでは、と聖は考えた。重工を含めた全員が3日後の作戦に全てを賭ける覚悟で臨んでいる。自然、聖の顔が緊張感が帯びた。
「じゃあさ、ごは」
緊張する聖への配慮か、エルザは食事を提案した。が――
「旦那様、部屋に戻りましょう」
両者の間にヴァルナから降りたコロが割って入った。無邪気な笑顔の端に「邪魔者」という本音が見え隠れしている。
「あぁ。ごめん、じゃあ少し早いけど俺達はこれで」
「え、えぇ」
仲睦まじい聖とコロの様子にエルザは大きな溜息を一つ吐き出した。出かかった言葉と心情を胸の底に仕舞いこんで。
「フラれた、ね」
「フラれた、な」
「やっぱり噂は本当だったのか」
そんな彼女の背後から、口さがない噂と小言がチクリと突き刺す。
「違げぇわよッ、仕事戻りなさい!!」
嘘か本当か、何れとも取れぬ怒号が周囲に木霊した。




