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幕間10

 天穹城一等客室。各国のVIPクラスでなければ宿泊できない、掛け値なしのスイートルーム。


「眠れませんか?」


 時刻は2035年10月29日、23時。夜の闇に包まれた豪華な部屋のベッドに寝そべる聖のすぐ傍から誰かが囁く。耳をくすぐる甘い声に聖が顔を僅かに動かせば、間近に迫るコロの顔。星明かりに浮かぶ少女の顔は心底から心配しているようで、悲壮に満ちていた。


「大丈夫」


「本当ですか?」


「……いや、ちょっとだけ」


 追及に押され――


「眠らないと、って思うとどうしても」


 聖が弱音を吐いた。


「無理もないです。だって」


 同情したコロはベッドの端に体重をかけた。ベッドが軋み、互いの距離が少し近づく。


 九頭竜聖が会社から解雇されたその日にヴィルツが出現した。彼の危機に呼応したコロの封印が解かれ、ヴィルツを撃退した。その際に見せた圧倒的な力を目的に各勢力が動き始めた。その最大勢力、国連との交渉の最中に撃たれる九頭竜聖。二度の危機に再びその力を解放したコロは圧倒的な力で国連軍をねじ伏せた。なし崩しに黒鉄重工と協力関係を結んだ直後、裏地球と名付けた惑星に飛ばされた。そこで見た敵意を持たないヴィルツ、そして黒い機神。運か必然か、再び地球に戻って来たかと思えば待っていたのは戦いの日々。


「色々あったよね」


 過去を辿れば正しく激動。考える事も落ち着くことさえ出来なかった。そんな過去を一言で片づけた聖だが――


「嘘は、つかないでください」


 コロが否定した。彼女の意識が過去をなぞり、且つてエルザから言われた一言を呼び起こした。


「大事なのは理解するけど、何でもかんでも反射的に噛みつくのは止めた方が彼の為」


 初めて否定され動揺する聖。同じく、初めて否定したコロにも不安が過る。これで正しいのか。もしかしたら――


「言葉にし辛いけど、多分、怖いんじゃないかって」


 しかし、不安を他所に聖は心の底に澱のように溜まった本音を吐き出した。怖い。その言葉に幾つもの意味が重なる。世界の運命が己の双肩に圧し掛かる恐怖、未知の敵への恐怖、戦いの果てに己が変わってしまうのではという恐怖。そして、戦いに勝利した先に待つ世界への恐怖。


「大丈夫です。私がいます」


「ありがとう」


 抑えがたい恐怖に一人抗う聖を、そっと、優しくコロが抱き締めた。掛け値なしの愛情に強張っていた聖の心がほどける。


「そうだ。時々こうしてましたよね、旦那様」


 何かを思いついたコロは満面の笑みを浮かべながら寝そべる聖の傍ににじり寄った。星明かりの中、二つの影がゆっくりと一つに重なる。


 ※※※


 同時刻。黒鉄重工社長室――


「お時間、宜しいですか?」


 聞き慣れた声がエルザの耳を掠めた。何事かを思考し、目を閉じていた彼女の視界に通信相手の顔が映る。


「どうしたの、麗華?」


「日本から緊急、という形で連絡が入りました。例の件です」


「あぁ、で?」


「神戸監二の行方は依然として不明。ですが、経営する神戸骨董商店で彼と思しき血痕を確認したとの事です」


「誘拐か。で、犯人は不明って訳ね」


「はい」


 エルザの結論に、麗華が苦虫を嚙み潰した。


「国連か、第一研うえか。少なくとも日本とは考え辛いけど」


「ですが、一つ奇妙な点が」


「もう大抵の事では驚かないわよぉ」


「そうですか。その神戸なる人物、戸籍は間違いなく存在するのですが、岐阜で店を開く以前の足取りが全くつかめないとの事で」


「は?」


 麗華の報告にいきなり驚くエルザ。驚かないとの宣言は完全に頭から飛んでいた。


「加えて、両親祖父母の出自含めた痕跡も一切見つからなかったそうです」


「どういう事?」


 エルザの追及に麗華は首を横に振る。


「墓所と実家については土地の開墾を理由に少々強引な買い上げを進めた過去があるとの事で、その際に消えてしまったのではないかと。墓の方は手近な寺に習合され、土地は全て農地に転用された」


「でも血縁が見つからない理由にはならないでしょ?故郷を追われたからって、死んだりするかな?それに神戸の足取りだって」


「これも推測でしかありませんが、恐らく誰かが意図して痕跡を消したものと」


第一研(うえ)?、それとも国連?」


「分かりません。何分、私も伝聞ですので」


「彼には伝えないでおくわ。ただでさえ作戦前でナーバスになってるだろうし」


「フフ」


 麗華が語る神戸監二の件は、行方が不明となった点から出自に至るまで何もかもが異常。作戦の裏で何かが動いている気配にエルザの肌が粟立ち、空気が緊張に支配される。が、通信から漏れ聞こえた笑みに弛緩した。


「何が可笑しいの?」


「いえね。まだ出会ってそう時間が経っていないのに甲斐甲斐しく世話を焼いているな、と」


「仕事でしょ」


「そうは見えませんよ。ですが、ちゃんと隠してくださいよ」


「何をよ?」


傭兵(した)の士気に関わるので」


「だから何でよ?」


「フ、アハハッ」


 と、再び笑み。堪えきれず麗華が吹き出した。


「何から何まで似てますよ、アナタと彼は」


「それと士気の何がどう繋がるの?」


「アナタ、結構人気があるんですけど、知りませんでした?」


「ンなッ!?」


「見た目もですけど、特に第一研(うえ)の無茶振りから守ってますからね。恩義以上の気持ちが芽生えるのも不思議じゃないでしょ?」


「な、なナナNAんでそんな事を今になって!?」


「応援、ですよ。さっさと行動しないとあのオートマタに取られますよ?身体ってアドバンテージあるんだから、さっさと行動すりゃあいいでしょうに」


「か、かかかかっ身体ってアンタ何をッ!?」


「アハハ。冗談ですよ。では、アドリア海で」


「え、えぇ」


 報告ついでに好き放題にエルザをからかった麗華は満足げに通信を切った。対して気心知れた相手に心を搔き乱されたエルザは酷く不満そうに彼女の顔が浮かんでいた辺りを見つめていたが、やがて大きなため息をついた。部屋の中に複雑な感情を含んだ吐息が静かに広がる。

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