42話 始動
九頭竜聖とエルザが裏地球と名付けた未知の惑星から帰還してからおおよそ4日が過ぎた。中国四川省、ニューヨークでの連戦以後も彼は折衝役のエルザと共に世界各地を巡り、ヴィルツの襲撃を退け続けた。
ロサンゼルス、インド、シンガポール、アラブ首長国連邦その他諸々と、主だった生存圏を立て続けに救い続けた九頭竜聖の力は既に世界中の知るところとなった。
救世主
誰もが彼とコロ、ヴァルナをそう形容した。聞こえの良い言葉。しかし、そう呼ばれる度に九頭竜聖は疲弊していく。身体も、心も――
※※※
ニュージーランド近傍。現地時刻2035年10月27日、正午。
「先ずは長旅と幾度かの出撃について労いを送りたい。君の行動で主要都市周辺におけるヴィルツの活動が鈍化した。全て君のお陰だ、感謝する」
天穹城、黒鉄重工本社内の会議室に集った第一研と呼ばれる重役面々の一人が代表して九頭竜聖に感謝の言葉を投げかけた。が、当人は疲労が蓄積しているのか反応が鈍い。
「まだ疲労が抜けきらないか。無理もない。なるべく手短に済ませたいのだが、全ての情報を教える前に確認しておきたい。君はヴィルツについてどの程度知っているのかな?」
「はい。えーと初出現は1940年代、場所はドイツバイエルン州。当時は弱かったが、時を経るごとにより強力な個体が出現して徐々に押されるようになった位です」
「結構、正しく持ち合わせているようで何より。では知らぬ情報と行こう。その初出現地点、実は入り組んだ構造をしていてね、当時は誰が呼んだのか『ダンジョン』などと仮称されていた。だが以後の調査によって何者かが意図して建造したとしか思えない、規則正しい構造をしていると判明した。我々はその上層部分で足止めを喰らっていて全容は分からないが、形状等から巨大な宇宙船と推測している」
「そう考えると幾つか辻褄が合っていたのだ。宇宙船のエネルギー源が枯渇した事で内部、恐らくは下層に封印されていたヴィルツが解放され、地上に這い上がって人類を襲撃する様になった。というのが当初の見立てだった」
「だからネスト内にヴィルツの対処法が記されているのでは、と期待していたのだ」
「ですが」
「そう。今や完全に崩れてしまった。君とエリザベートが降り立った裏地球によってね」
「我々が先の推測を強く信じた理由だが、実は別にあるのだ」
その言葉に驚く聖。しかし、程なく何かに気付いた。
「察しが良いね。意外と冷静だな、君は。そう、鐵の製造方法等を記したデータ、実はネスト上層部から見つかったのだ。アレの技術は当時の地球では絶対に辿り着けない未知の技術と知識が使用されているからね」
「未知とは言え、今まではそれで問題なかった。しかし裏地球の存在によってヴィルツの正体が一層分からなくなった。現状において最も受け入れられる推測は、アレが裏地球製という可能性だ」
「ネスト、そして君達が交戦した謎の機体は裏地球の何処かで建造された、という訳だな」
「しかしそう仮定したとしても分からぬことだらけだ。裏地球そのもの、地質含めた地球との類似点、攻撃性の全くないヴィルツ、鐵。点同士が独立し過ぎていて何の繋がりも見えない」
「だが、正体がどうであれヴィルツの危険性は変わらない」
「故に、君の力が必要だ。第五次ネスト攻略作戦。その成否によってはヴィルツの排除さえ視野に入る。そうすれば歪な現状も元に戻る。生存圏が拡大すれば安全圏に逃げ込んだ大量の移民も、その為に退去させた国民も故郷に戻れる」
「それは」
「我々が安全圏に働きかけて制定させた選別法。その牙が君の喉元に突き立てられる寸前だった事については申し訳なく思う。だが、我々とてギリギリなのだ。有能な人材を一か所に集め、競わせ、重工と軍に徴集しなければ対抗できなかった」
「改めて九頭竜聖に協力を願いたい。ヴィルツを地球から一掃し、再び人類の手に取り戻す為にその力を貸してほしい」
重ねての提案に、聖は第一研の面々の顔を睨んだ。何れも皺の刻まれた顔に神妙な面持ちを浮かべている。信用すべきか、否か。
「今まで接点のなかった我々の話を信用しろ、と虫のいい話は言わない。世間一般での辛辣な評価や先の選別法を含めれば、疑念を持たれても仕方ないだろう。しかし、人類の未来を憂いている一点は信じて貰いたい」
答えを語らぬ聖に、第一研の代表が再び口を開いた。顔色は変わらない。しかし懐柔させようとしているのは明白。聖の脳裏にエルザの言葉が頭を掠めた。
「最終的な判断は任せるわ。だけど誰もが重工、ひいては世界の中心に座り続ける事しか考えていない。ヴィルツを排除したら必ず行動を起こす」
間近にいたエルザがそう評するのだから正しいのだろう。聖は暫し迷ったが、直ぐに前を向いた。断る意味はない。今、己の決断に世界の未来が掛かっている。コロ、ヴァルナ、ヴィルツ、裏地球、灰色の月。様々な疑問や疑念はあるが、己にしか出来ない事がある事実に変わりはない。そして今、その力が期待されている。
「分かりました」
その言葉に、議場から安堵の声が重なり響いた。
「英断、感謝する」
「今後の予定だが、国連軍との合流に先だって事務総長と安保理代表含めた連合代表が天穹城を訪れる手筈になっている。目的は君への謝罪だ」
「あの時の」
と、過去を思い出す聖。が、明らかに殺気立つコロの気配に言葉を飲み下した。
「実は我々も同席することになっている。当時の状況は我々も聞き及んでいるが、どうにも訳が分からなくてね」
「向こうでも色々と調査を行ったそうだから、その釈明も兼ねてとなる。納得し難い点については理解しているが、どうか抑えて欲しい」
「今度は我々も見張っているし、武器の携行一切も禁じた。それでも信じられぬ、というならば」
「何かあれば」
抑えきれないとばかりに、コロがドスを利かせた。言葉を遮る一言に、議場の空気が一気に冷える。今、彼女が暴れたならば全てがご破算になりかねない。
「コロ。俺の事はいいから」
「ですが」
「俺は気にしていない。だから君も気にしないでくれ。頼む」
聖の頼みに、コロは不満そうではあるが怒りを飲み下した。彼に頼まれれば行動を起こす恐れはない。が、もし九頭竜聖に何かあれば話は別。重工、連合、世界共に未だ細い糸の上を綱渡りしている状況だ。
「と、ともかく我々も同席する以上、問題を起こす可能性はない。が、もし信用できないというならば映像越しとするよう打診する。謝罪と補填無しには前に進めない。よって、何らかの形で受け入れて貰うのは承知してもらいたい」
「ありがとうございます」
コロとは対照的な聖の穏やかな言動に第一研の面々は安堵を漏らした。この決定を持って、第五次作戦が本格的に始動する。
先ずは拗れた国連軍との和解。重工と国連軍、そして要となる九頭竜聖、全ての歩調を合わせて作戦の成功率を少しでも高める必要がある。失敗しても次が、とはいかないからだ。そうするだけの余裕は消えつつある。辛うじて均衡を保つ世界は、何か不測の事態があれば容易く滅びへと向かう。しかし九頭竜聖とコロ、ヴァルナという超絶的な戦力が出現した。
破滅に向かう世界を救う救世主との評価を疑う者は今や誰もいない。黒鉄重工も、連合も、世界中も、たった一人に過剰な期待を寄せる。事実、それだけの戦果を挙げている。概算ではあるが、彼がこの4日の間に撃退したヴィルツの総数は約200万。この数は初遭遇以後からの地球人類総撃退数の約1割5分に相当していた。




