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幕間9

 2035年10月29日、9時。台湾、基隆(キールン)港。


「よーぉ。お疲れさん」


「はい、お疲れ様です。えーと、アイザックさん」


「おう、元気で何より」


 もはや当たり前のように単機でヴィルツを退ける聖。本来ならば天穹城へと帰還し状況を報告する予定となっているが、その予定を後回しにする形で台湾に寄った。その理由が降り立った聖を出迎えた。


「もしや」


「や、違うって。ソッチじゃない、断じて!!」


「ソウデスカ?」


 そのアイザックにヴァルナから降り立ったばかりのコロが圧を掛ける。彼女が気に掛けるのは聖がアイザックに変な場所に連れていかれやしないか、という一点のみ。


「そっち?」


「いや、何でもない。呼んだ理由は次の作戦絡みだよ」


「第五次ネスト攻略作戦、ですか?」


「重工が作戦の成功率を少しでも上げる為に色々と小細工弄しているのは知ってるだろ?」


 アイザックの言葉にあぁ、と相槌を打つ聖。彼の脳裏にエルザとの会話が蘇る。プロジェクトB・E。共鳴レベルを上昇させる薬の投与が決まった、そんな話を思い出した。


「そういえば」


「俺も胡散臭い薬を打たれてさ。で、まぁお前にも必要だろって進言したのさ。今、準備させてる」


「何をです?薬じゃないですよね?」


「鐵操縦訓練用の対戦シミュレーターだ。これからお前に俺の技術を全部見せる。だから可能な限り覚えていけよ、ってワケ」


「なるほど」


「それから、後は癖を読んで先回りする方法とかも覚えとけよ。特に殻付きは強い分割に妙な癖があったりするからな」


「へぇ」


 アイザックの言葉にただただ驚く聖。


「あの、私がいますけど」


 対するコロは酷く不満気だ。どうやら自分の能力が不満だと受け取ったらしい。が、アイザックは怯まず反論する。


「いても関係ねぇよ。伝えて、反応するまでにラグがある。ほんの一瞬だが、死ぬには長すぎるぞ」


「私がオートで」


「関係ない。絶対、何があっても合わせられるなら話は別だ。だがそうでなきゃ動きにズレが出る。ほんの僅かだがな。だから聖クンが強くなる必要があるんだよ。大体なぁ、勝つ為、生きる為の道ってのは大体が面倒で地味なモンの積み重ねなんだよ」


 そんな言い争う二人のやり取りに聖は傍と気付く。ヴァルナという桁違いの戦闘能力に頼りっぱなしで、彼自身は操縦技術など全く持ち合わせていなかった。今まではそれでよかったし、性能を考えればこれからもそれでよいかも知れないが(エルダー)の性能は不明。そもそも技術を習得する暇が、などと甘いいい訳が通じる相手でもない。


 だから、アイザックは今の聖の状態を良しとしなかった。しかも彼はヴァルナと交戦して成すすべなく敗北している。その圧倒的な力を知っていながら、それでも技術が必要だと聖を呼び出し、訓練する段取りを整えた。


「ありがとうございます、アイザックさん」


「おう、もっと褒めろよ。で、シミュレーターは機体性能や共鳴レベルに差異が無いって設定だ。って事は、どう考えたって俺が勝つ」


「ですね」


「だが、そりゃあ当たり前の話だから一々引き摺るな。いいか、よく聞けよ?」


「はい」


「人生ってのはなァ、肝心なところで勝てば後は負けたっていいんだよ。負けの数なんて気にするな数えるな。肝心なところでだけ、絶対に勝て。で、お前の勝ちってのは何だ?」


(エルダー)の討伐」


 自信をもって語る聖にアイザックはニンマリと笑った。


「分かってんじゃないか聖クンは。で、お前の勝ちは俺達の勝ちでもある。気張れよ」


「はい」


 聖の返答に気を良くしたアイザックは『じゃあ行くか』と、シミュレーターのある施設へと歩を進める。聖もその後を追う。


「今日教えて明日実践できるなんて思っちゃいねぇ。日本でいう、えーと、付け焼刃とか焼け石に芋とか、とにかくそんな状態だ」


「芋、じゃなくて水です」


「細けぇこたぁいいんだよ。ともかく、今日の訓練は小さな差でしか無い。だけど、その差が勝ち負けを左右するかもしれない。だから」


「お願いします」


「おう。お前、才能あるよ」


「そうですか?」


「努力って才能さ。いつ来るか分からない幸運(チャンス)の為にこんな無駄みたいな研鑽(けんさん)躊躇(ちゅうちょ)なく出来る奴。世の中そういう地道な方が大事なんだよ」


「そ、そうですか?」


「そうだよ」


 聖の返答にアイザックは酷く上機嫌になった。現実的に一発逆転などほぼほぼ存在しない。地道な積み重ねが最終的に力となり、力が自信を生み、自信が結果を出す土壌となる。それがアイザックの持論。ヴァルナという規格外の力を偶然手にした例外中の例外、九頭竜聖はアイザックを信じ、受け入れた。それが彼に取って堪らなく嬉しかったのだろう。


「頼みがある」


 その彼の顔からフッと笑顔が消えた。


「勝て、ですか?」


「違う。もし、俺が作戦中に死んだ時の話だ」


 死。その言葉に聖の身体が一瞬、硬直した。身近な人の死、見知った誰かの死が生む痛みを彼は経験している。ソレまで当たり前だった存在がいなくなる痛みは、まるで幻肢痛の様に何時までも心を苛む。


「俺の墓に手向けて欲しいものがある」


「何を、です?」


「人類の勝利。お前なら出来るだろ?花とか酒とか、そんな気の利かねぇモン持って来るな。人類の勝利、それだけ手向けに来てくれ」


「はい。必ず」


 聖と言葉にアイザックの顔が再び綻んだ。


「ところで」


 ふと何かを思い出した聖がアイザックの足を止める。


「あんだよ?」


「ソッチの話って何の事です?」


「あー。それはね、男なら誰しも気持ちよくなれる天国の様な場所があるんだよ世の中にはね」


「はぁ」


「だーけどもコロちゃんが駄目って言うんだよね。後、すっかり君の保護者面なエルザちゃんも。だからこの話はまた今度」


「聞こえてるぞォ、アイザックゥ」


「は!?」


 どうやら諦めていなかったらしい。背後からの付き刺すような視線に恐る恐る振り返ったアイザックの視界に映るのは、怒りを露わにするコロ。特大のトラウマを刺激された彼は暫くその場から動けなくなった。

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