39話 不穏
「今度はココか」
「でも、姿が見えませんね旦那様?」
「逃げた……のかな?」
聖とコロが遥か上空から見下ろすのはアメリカ合衆国ニューヨーク州。時刻は現地時刻2024年10月23日、夜の帳が静かに上がり、満天の星空が朝日の中に消失した午前7時。
「四川省での件、協力に感謝する。それで、無理でなければなのだが」
今より10分ほど時間を遡る。四川省での戦闘から帰投する九頭竜聖とコロに一本の通信が入った。連絡は重工本社から。通信に出た顔は天穹城で聖と交渉を行った重工本社第一研の重役だった。
「今度は何処で何があったんです?」
「ニューヨークだ。本来なら君を消耗させる愚策など取りたくないのだが、そうもいかない事情があそこにあってね」
「具体的には?」
「第五次作戦用の物資を搬入中なのだよ。事ここに至り、確信した。奴等は君を消耗させる作戦に出た。今の今までこんな計画的な行動などとった試しが無かったというのに」
「分かりました」
映像の向こうで苦悶に顔を歪める重役に、聖は一言返事を出した。大規模作戦を前に立て続けに発生する襲来に頭を悩ませる重工への思いやり。しかし、重役の思惑は別。作戦の失敗は音頭を取る黒鉄重工の威光を削ぎ落す。また、失敗は己の無能と同義であるから苦悩するのも無理はない。しかし、そんな腹の内などしらぬ聖は快諾した。
「重ねて、英断に感謝する。当該地域の防衛に当たっている特殊作戦軍には既に連絡を入れておいた。それと、何より優先すべきは君だ。不調があれば直ぐに戦線を離脱してくれて構わない」
「ありがとうございます」
「特殊作戦軍からの救援要請は開口『助けてくれ』だった。恐らく相当に押されている筈だ。頼むよ」
そんな風に急かされた聖の眼下には朝霧からそびえる摩天楼が見え、直ぐ傍を流れるハドソン川には100機を超える鐵部隊が川を挟んだ対岸に立ち昇る白煙と向かい合っている。相応規模の戦闘があった事を物語る状況から察するに一足遅かったと察する聖。が、それにしては戦闘の痕跡が小規模過ぎる。募る違和感に背を押される様に聖は戦場へと降り立った。
「アレは?」
「連絡から20分足らずだぞ、もう来たのか!?」
「ちょっとマーケットに行ってくるみたいな感覚で太平洋を横断するなんざ、話通り規格外過ぎるな」
一方、戦場から空を見上げる鐵部隊は朝霧を切り裂くヴァルナの勇壮な姿に複雑な視線を向ける。羨望、嫉妬、そして――
※※※
「アメリカ陸軍第12特殊部隊、ソフィア=テイラー大尉だ。話は重工から聞いているよ、九頭竜聖。遠方からの救援、改めて感謝する」
聖を出迎え、ミッドタウン内に建つプラザホテルまで案内したのはスーツを着こなす年の頃20代後半の聡明で誠実そうな女性。女は自己紹介と共に握手を求めた。
「でも来る必要は無かったみたい、ですね」
モデルと見紛うソフィアの手をぎこちなく握り返す聖。一方、横に立つコロは少々強めな語気でソフィアへとストレートに切り込んだ。緊急を思わせる要請と聞いていたが、蓋を開ければ不必要だった訳だから機嫌が悪くなるのも無理はない。
「いや。それが、はっきり言えば私達にも何がなんだか、というのが率直な感想なのだ」
困惑するソフィアの声が静かなロビーに響いた。コロの追及びそれまでの落ち着いた口調が崩れた理由は、ヴィルツの予測不可能な行動に対する有効な回答を持っていない為。別に彼女に限った話ではないが、今回は特に訳が分からないようだと声色と表情が物語る。
「これまでにない規模の大群を確認した。それは間違いないのだが、かと思えば急に撤退を始めた」
「もしかして」
「察しの通り、君が来る少し前の事だ。恐らく君の存在を何らかの手段で感知したからだと思うが、こんな奇怪な動きは私達も初めてで困惑している」
ソフィアの情報に聖は言葉にならない苦悶を零した。己の存在が世界に、人類の敵に何らかの影響を与えている証左だと彼は察した。
「頼みがある」
そう、ソフィアが重ねた。
「搬入が終わるまで、ですか?」
「相応の謝礼はする。頼めるだろうか?」
「わか……」
聖の返事にソフィアは微笑んだ。が――
「搬入から出航まではどれだけ急がせてもあと半日は掛かりますよ」
その背後から誰かが割って入って来た。返事を飲み込む聖、驚き背後を見るソフィアの目にスラリとした人影が飛び込む。
「重工の……来ていたのか?」
「つい先ほど」
ソフィアは背後からの声に露骨な不満を露にした。彼女の顔はそれまで聖に見せていた朗らかさや穏やかさを感じない、ともすれば邪険にするような厳しさに溢れる。何かあったのか、と間に挟まれた聖がソフィア背後に立つ人物の顔を改めて見やる。女だった。黒いスーツを身に纏う、長身痩躯の女。
「えーと、確か」
「犀麗華 、エリザベート社長の秘書です」
何処かで見たような記憶があるものの、ソレが何処か思い出せないと困惑する聖に女は淡々と自己紹介した。社長秘書と聞いた聖は彼女の整った顔を改めて眺め、あぁとバツの悪そうな感情を吐き出した。そう言えば、と彼の記憶は数日前の病院生活へと巻き戻る。足繁く見舞いに来るエルザを遠くから見守る女性の顔だ、と漸く一致する顔を記憶の底から思い出した。
「そう言えば入院時に」
「思い出しましたか?ところで、暫く滞在するなら私が護衛しますが、どうされます?」
「私がいるんですが」
と、今度はコロが割って入る。その膨れた顔にはソフィア以上の不機嫌さが全く隠しきれていない。
「私達が信用できないと?」
堪らず、しかもかなり慌てた口調でソフィアも割って入る。
「アナタも九頭竜聖も第五次ネスト攻略作戦の最重要人物。ソレにここは日本とは違い面倒事が多い。大抵は超法規的措置でゴリ押しできるとは言え、護衛はいた方が良いですよ」
しかし麗華はソフィアだけを完全無視、コロと聖に提案を持ちかける。
「むぅ」
「分かりました。じゃあ、あの少し休みたいので」
「では、ソフィア大尉」
「……承知した。宿泊費は軍で持つから気にしなくていい。何かあった際の連絡は君で良いのか?」
「構いません、では」
こうなっては仕方ない。唐突に割り込んだかと思えば即座に会話の主導権を握った麗華の提案に従う聖、コロ、ソフィア。聖とコロは麗華の言い分に納得しているが、ソフィアはいきなり他所から来た重工関係者に仕切られた不満を隠そうともしない。が、遠路から救援に来た九頭竜聖の意向を優先せざるを得ないと引き下がった。
「さ、行きましょうか」
にこやかな笑みと共に強引に会話を切り上げるた麗華は、聖を引き連れるとロビーを後にした。




