41話 救世主
「まさか!!」
「来たのか!?」
「旦那様ッ!!」
頭に同じ可能性を描いた麗華と聖が弾けるように外に飛び出し、僅か遅れてコロが続く。出迎えたのは好天の青空。その遥か向こうから立ち昇る白煙。続けて鈍い衝撃が何度も地を伝い、足を搦め取った。
「聞こえるか、重工の女」
「聞こえている、襲撃か?」
「そうだよ。全く奴等ときたら、融通の利かない上司みたいに私達の都合なんて構いやしない」
「悩みの種は国が違っても同じみたいですね。ともかく」
通信からの減らず口を麗華がいなしながら聖に目配せした。こうなればもう頼るほかに無い。
「ヴァルナ!!」
が、彼は既に動いていた。指示に先んじ空に叫ぶ聖。声に呼応しホテルの前に姿を見せる純白の騎士。瞬きする間、いや誰もしていなかったというのに誰一人として飛来した瞬間を視認できなかった。
「遠隔か、いやそれにしても」
余りの光景に麗華さえ困惑する。ズゥン、と今度は比較にならない程に大きな振動が発生した。直ぐ傍のビルが爆発し、瓦礫が飛散する。方々から叫び声が上がった。再び発生した衝撃が足を掬い、叫ぶ声を喉奥に押し込める。立て続けに発生する突発的な振動に誰も動けなかった。只1人、聖を除いて。
「ちょっと強引に行きます」
「は、え?こらちょっと!?」
ヴァルナを呼び出した聖は足を取られ転びかけた麗華を抱き抱え、猛然と操縦席へと駆け上がる。
「いや、私は」
「大丈夫。一人くらいなら抱えられます」
「いやそうじゃなく、私も遠隔を」
と、遠回しに拒絶する麗華。しかし機体は未だ見えず、説得力は微塵も無い。
「安全なところまで送ります。コロ!!」
「既に」
気が利かない、というより余裕がないのか。普段とは違うかなり強引なやり方に麗華は目をしばたかせた。普段なら既に口に出している筈の論理に固められた反論は出てこない。突然の行動に、だが何より――
「なんでお前がぁ」
操縦席から恨めしそうに睨むコロの視線に。ややあって彼女はこう吐き出す。不可抗力だって、と。
※※※
ハドソン川に沿う形で南下するヴィルツの大群に対し、特殊作戦軍は有効打を打てないでいた。圧倒的な数を頼みにしたゴリ押し、戦術も戦略もへったくれもない戦法。しかも――
「殻付きがなんでこんな数!!」
「よっぽど親が大事らしいね。全く、ウチの子も見習ってほしいモンだ」
「減らず口を叩いている場合か。援護を要請した、何としても持たせろ!!」
押されている理由は数だけではなく、通常よりも遥かに強力な力を持つ殻付きと呼称される個体の存在。攻防に使用する強力な念動力は通常個体の比ではない為、討伐には一個小隊を要する。数によるゴリ押しを阻害する殻付きの存在はヴァルナ以外には驚異的。その殻付きが数で押してこれば戦線崩壊は必然。重なり響く轟音。殻付きをに攻撃を行う特殊作戦軍。しかし、攻撃は念動力により形成した外殻と防御フィールドに阻まれる。
絶望的な状況。が、誰かがその状況にあ、と素っ頓狂な声を上げた。直後、最前列にいた殻付きがひしゃげた。続けて上空からヴィルツの群れ目掛け流星が飛来、突き刺さる。戦場の視線が一斉に空へと踊る。ヴァルナ、純白の騎士が青天の空を切り裂く光景があった。
「数は!!」
「殻付き、5体撃破しました。旦那様」
「あの」
「でも、まだ数が多い」
九頭竜聖の攻撃は堅牢な殻付きの防御をいとも容易く破る。撃破数は5。このまま勢いに乗り――
「あの、ココで良いですから」
と、その勢いが直ぐ傍からの声に止まる。
「あ、いや。でも今は」
しどろもどろに否定する聖。その理由は彼にしだれかかる様に密着する麗華と、その背後から恨めしそうに見つめるコロ。あの時はコレが最善と考えていた。が、間違っていたらしいと漸く気付けども時既に遅く。
「これでも君が現れる前までは人類最高戦力の一人に数えられていたんだよ、一応はね。じゃあ、開けて貰える?」
「は、はい。すいません」
静かで圧のある言葉に気圧された聖は謝罪と共に操縦席のハッチを解放すると、漸くとばかりに麗華が軽い足取りで操縦席からハッチに足を掛ける。
「その優しさ、出来れば誰か一人に向けてあげなさいな」
直前、振り向きざまに聖に助言を残した彼女はそのまま外へと躍り出た。その下には遠隔による操作で地上から飛来し、ヴァルナに並走する鐵の姿。
「さて、では微力ながらお手伝いします」
「は、はい。よろしくお願いします」
漸く重荷から解放された聖(とコロ)が駆るヴァルナによる上空からの援護射撃により事態は一気に好転する。
「これでェ!!」
「炎神展開、一斉掃射」
上空から聖の叫び、続けてコロの声が降り注いだ。空に展開した無数の銃器、その砲身から放たれる絨毯爆撃は堅牢な殻付きを通常個体諸共に飲み込み、いとも容易く撃破した。爆炎が引く。動くものが何もいない、無残な戦場跡地が姿を見せる。湧き上がる歓声。その声に混じる様に『救世主』という単語が聞こえた。
確かに、と誰もが空を見上げる。辛うじて互角を維持するのが限界だったヴィルツとの戦闘を一気に優勢へと傾けた、陽光に浮かぶ純白の騎士。人類を救う為に神が遣わした存在だと言われたとて疑う者など誰もいない。