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38話 救援

「お願いだ。助けてくれ、このままじゃ……」


 四川省へと到着する直前届いた要請は、全てを言い終える前に途切れた。聖の顔に怒りが滲み出す。


「クソ、数が多い。なんだって奴等は!!」


「救援はどうなってる!?」


「とっくに出した、来るまで持たせろッ」


「無理だ、このままじゃ押し切られる!!」


「そうなったら俺達全員、ヤツの胃袋ン中に移住するだけさ」


「そうはならん。その前に、プラントを放棄する」


「また配給が減るぞ、勘弁しろよ!!」


 通信から引っ切り無しに聞こえるのは混乱に支配される声。刻々と悪化する戦況に聖は焦る。微か映った戦場の端を見れば、真っ赤な夕陽の中に不気味に蠢くヴィルツの群れ。数えるのも億劫な原色の軟体生物は念動力を使い周辺の瓦礫をぶつけ、あるいは鐵を直接攻撃する。その度に通信から悲痛な叫びや怒号が折り重なった。


「やはり多勢に無勢の様です」


 コロの声に予想通りと聖は臍を嚙んだ。数を頼みに押すヴィルツを前に人類側は常に劣勢を強いられてきた。今日、この戦場も同じく。


「クソ、何が一体どうなってるんだ」


 聖が気に掛けるのは裏地球で見た敵対心を持たないヴィルツ。彼の思考は敵意の元凶を探す。裏地球と地球の環境は人間の存在を除けばほぼ同じ。しかし遭遇した幼体は人間に敵意を持っていなかった。地球のヴィルツが敵意を持つ理由は?もしかしたら地球の何かが敵意を生んでいるのか?ならば、敵意の源となる何かを排除すれば――


「分かりません。ただ、今は」


 思考を遮るコロの声。聖は傍と意識を戦場に戻す。


「大丈夫。行こう」


「はい、旦那様」


 今はその正体を探るときではない。彼もコロもその場所をボンヤリと頭に描いている。ネストの深奥。恐らくソコに何かがある。覚悟を決めた聖は操縦席のレバーを力一杯握り込んだ。機体が震え、出力が更に上昇する。既に音速を超える速度はさらに増し、際限なく加速を続け――


 ※※※


「おい、アレ!?」


 誰かが夕陽に染まった空の一角に叫んだ。微かに見えるのは夕焼けに浮かぶ小さな星。明けの明星とは違う白い輝きは、次第に輝きを増しながら鮮血のように染まった空を切り裂き、次の瞬間には視界を横断した。戦場の視線が、人もヴィルツもその動きを追う。


「ま、間に合った、のか」


「太平洋を、こんな短時間で!?」


「馬鹿な、どんな速度なら間に合うんだ!!」


 戦場に、動揺交じりの歓声が上がった。誰もが見た。到底間に合わないと思われていた純白の機体が飛来し、目の前に降り立つ光景を。全員が映像で、あるいは噂で知っている。連合戦略機動部隊(U S M F)と日本が用意した1,100機の鐵、鐵改を僅か2分足らずで全機撃墜、その後に出現したヴィルツの群れを単機で焼き払った事実を。わずか二度の戦闘だが、それで十分過ぎた。この機体の戦闘能力は文字通り桁外れている。誰もが勇壮な騎士の姿に釘付けとなった。また、ヴィルツも同じく。


「話は既に通っていると思いますが」


「あ、あぁ。邪魔にならんよう、俺達はプラントまで下がる。何かあれば従うよう上から指示があった。必要ならば俺に連絡をくれ」


「分かりまし……」


 僅か一言二言のやり取りで大隊長は撤退を決定、通信を飛ばした。数百以上の鐵、鐵改が一斉に後退を始める。その様子を見送る聖。しかし、何かに気付くと声を飲み込んだ。


「アレは」


 初めて見た光景に彼は戸惑った。視界の先に見えたのは、もぬけの殻となった鐵。


「そうか、見るのは初めてか。奴等はいつもああなんだ。操縦席をひっぺがして、人間を捕まえ、何処かへ連れて行って……その後は。執拗過ぎるだろう?なんであそこまで憎んでいるのか、誰にも分からない」


 大隊長が絞り出した回答に聖は再び動揺した。脳裏に過るのはエルザに懐く幼体ヴィルツ、そして一体だけ遭遇した成体。何れも敵意は無かった。


「どうした?何かあったか?」


「あ、いえ。初めて見たもので」


「そうか。では後を……仲間達の仇を、頼む」


 口惜しそうな大隊長の声に合わせ、鐵改が一斉に後方へと下がった。激戦地の一つを長きに渡り防衛してきた彼等の実力、連携能力は折り紙付き。性能が全く同一ならば、聖など足元にも及ばない。が、文字通り神の如き性能を持つ機神と世界最高の共鳴レベルの前では操縦技術など無いも同然。


 それは他も同じ。世界最強の傭兵部隊も、数十万以上の国連軍もただの足枷にしかならず。羨望、あるいは嫉妬。戦場の全てが、純白の機体を見つめる中――


「今は皆を、護る」


 ヴァルナが一際に輝いた。周囲が振動し、その力を十全に振るう準備を始める。純白の機体を守護する蛇が分解、その形状を小さな無数の刃に変え、戦場を縦横無尽に駆け回った。触れた全てを粉微塵に斬断する飽和攻撃により、ヴィルツは瞬く間にその姿を消す。


「目標、約2割の消滅を確認」


 夕暮れを切り裂く無数の剣閃。時間にして僅か十数秒程度。たったそれだけの時間でプラントを目指すヴィルツの群れが、アレだけ苦戦した敵が2割消し飛んだ。正に撤退中だった中露統合防衛軍は足を止め、呆然とその光景を見つめる。止まるな、とせっつく声が戦場に虚しく木霊した。


「数が多い」


「大陸は何処もこのような状態みたいです。しかも」


「好戦的」


 聖が臍を噛む。少なくない被害を出したというのにヴィルツが止まらない。思考、意志があって尚、向かってくる。恐怖という感情が欠落しているのか、あるいはそれ程に強い感情に支配されているのか。


 バチ


 と、何かが弾ける音。聖は反射的にヴァルナを飛翔させた。規格外の念動力をもってしてもヴァルナに傷一つ付けられなかったが、それはヴァルナに限った話。攻撃を逸らす防御フィールドの力が今は仇となる。


 ガラ、と何かが崩れる音に聖が視線を動かすと、離れた地点の空間が不自然に捻じれ、周囲の岩盤を破壊し、丁度その位置を撤退中の鐵改が驚き飛び退く光景が視界の端を掠めた。


「承知しました。サンサーラ、制限します」


「あ、あぁ。ありがとう。この防御フィールドの名前?」


「はい。制限してもあの程度なら安全です」


「そう」


 バチバチ


 安堵する聖の声を遮り、再び防壁が何かを弾いた音が木霊した。何時までも続く音に合わせ、ヴァルナ周囲の空間がグニャリと不自然に歪む。


「今度は!?」


「複数個体が攻撃を集中しているようです。出力問題なし。ですが」


 コロの言葉が終わる前に、聖が気付いた。群れの一部が自分達を無視、撤退する防衛軍に狙いを定めていた。ウミウシの様な軟体をくねらせながら外見に似つかわしくない移動力で迫る。この後に何が起こるかなど想像に難くない。


「コイツ!!」


 怒りに全てが吹っ切れた聖。その意志に共鳴するヴァルナが激しく輝くと機体背面にリング状の光の輪が浮かび上がった。さながら後光の如く差す光明は、さながらもう一つの太陽と錯覚するほどの輝きを放つ。


「いい加減にッ!!」


 更に激しさを増す怒りに呼応し、遂には機体周辺の空間が歪み始める。ヴァルナが群れに手をかざす。周囲のヴィルツが一体残らず、不自然に空中へと吹っ飛ばされる。瓦礫諸共に撒き上がり、空を踊る無数の群れを呆然と目で追う防衛軍。何が起こったかのか分からず混乱する声に混じり――


「行けます」


 コロが合図を出した。同時、無数の刃に姿を変えていた龍がヴァルナの元に集い弓を、背後に浮かぶ光の輪が集い深紅の矢を形成する。


「ソレを止めろよッ!!」


 叫ぶ聖。放たれる矢。その矢は直ぐに無数の流星に分裂、撒き上がったあらゆる物体目掛け突き進み、触れるや凄まじい爆発を引き起こした。空が閃光に飲み込まれ、衝撃が雨のように地に降り注ぐ。やがて爆風、衝撃、閃光が引き、空が再び平穏を取り戻すと、ヴィルツの群れは消滅していた。

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