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35話 帰還

 愛知県、名古屋港――


「ともかく、無事で何よりだ」


 無事に帰還を果たした聖とコロを最初に出迎えたのは日本の首相、武儀栄公だった。久方ぶりに踏む日本の地に、聖の顔が安堵に包まれる。


「ありがとうございます」


「事の詳細については一先ず落ち着いてからで構わない。併せて、市内全域に移動制限措置を取った。少なくとも君の周囲を嗅ぎまわろうとする奴は現れない。重工本社への移動も一先ずは明日以降、という運びとなった。この辺りはエルザ嬢から聞いていると思うが」


「そうなんですか?」


「聞いていませんね、旦那様?」


 その顔が、エルザの話題となった途端に不穏になった。くだんの話、エルザからは何も聞いていない。というよりも――


「おや、そうなのか。ところで、そのエルザ嬢は何処に?」


 不自然なまでに姿を見せない。帰還までの最中も同じく、通信越しでの会話には応じるが絶対に鐵から出てこなかった。自機を奪われた傭兵もほとほと呆れたが、相手が重工の|(名目上とは言え)トップなので何も言えず。加えて特に鐵は特定操縦者専用の調整は基本的に施されず、また共鳴レベルの低い者は高い側の機体が損壊した際にパーツや機体そのものを譲渡するという暗黙のルールもある。


 そんな訳で誰かの機体をエルザが使う分には特に問題は無い。が、受け入れはしても理解はし難い。誰もが、まるで吸い寄せられる様に一機の鐵を見上げると、操縦席から渦中のエルザが顔を覗かせていた。


「いる、ね」


「はい」


「手招きしてるね」


「はい」


「どうして動かないのでしょうね、旦那様?」


「なんでだろうね?」


「怒り始めてるね」


「はい」


「何かあった……」


「いいから早よ来なさいッ!!」


 千変万化するエルザを呆然と眺めていた聖とコロに武儀だったが、何を理由にしてか操縦席から怒声を上げるエルザ。辟易した聖はコロを連れ添うと、呆れがちに操縦席へと向かい始めた。


 ※※※


「何かあったん……」


「動けない理由……」


 疑念と共に操縦席を覗き込んだ聖とコロは、直後に口から出掛かった疑問を飲み込んだ。顔は酷く動揺し、途端に周囲を見回し始める。眼下を見れば、少し前までの自分と同じ顔をしている武儀首相の顔が見える。また、何時の間にやら数人の傭兵が鐵の足元までやってきていた。


「ちょ、ちょっとコレ!!」


「何で連れて来たんですか?」


「成り行きよ、成り行き!!」


 九頭竜聖、コロが奇異の視線を向けるのは、彼女の膝に乗る幼体ヴィルツ。裏地球で出会った、敵意を持たない個体。半日前、不意に始まった戦闘に幼体を逃がす暇などある訳がなく、そのままズルズルと地球まで連れてきてしまったらしい。


「どうしよう?」


 エルザの懇願する様な視線に、聖の鼓動が少しだけ早まった。比較的冷静で理知的な彼女であっても、流石にこの事態に対する解決策が思いつかないようだ。


「いや、あの、確か個体同士は意志疎通出来るんじゃなかったんでしたっけ?」


「そうだけど、流石に距離を無視した疎通は……一応、確認しておきましょうか。仲間の声、聞こえる?」


(きこえなくなったぁ)


「今は聞こえないってさ。詰まるところ、裏地球の個体とは共有出来てたみたいね」


「つまり、地球(コッチ)裏地球(アッチ)では共有できない?」


「言語か、それとも他の要因かは分からないけど、現時点ではその可能性が高いわ」


「思い込みは危険です」


「そう思うわよ」


「要は殺したくないって事?」


幼体(こんなの)が誰かに見つかったら、喜んで切り刻むでしょうね。正直、その方が正しいと思うわ。だけど、ね」


 結論を口に出すのが憚られると、エルザは言葉を濁した。恐らく情が移ったのだろう。人類の敵がもたらした被害総数は1914年から4年続いた人類同士の大戦など比にならない程に多い。ソレまで通説だった『人類の敵は人類』などとうに忘却の彼方。ヴィルツは疑いようなく人類の敵。しかし、頭ではそう思っても割り切るのは難しい。何せ幼体には敵意が全く無いのだ。現に今もエルザの太腿に身体をスリスリとこすり付けている。


「なら、匿うしかないね」


 彼女が言い出せないならば、と聖が代わりに提案した。恐らくエルザも同様の結論の筈。が、彼女は『だけど』と何かを渋る。


(コ、ワ、イ。ヘン、ヘン)


「だってさ」


「分かりません」

「聞こえません」


「あぁ、と。怖がるのよ、外。多分、二度も外には出てくれないと思うわ」


「そうか。殆ど同じだけど、裏地球(アッチ)とは違うもんな」


「裏地球での私達のように、本能的に地球という環境を怖がっているという訳ですか」


「うん。だからココから動かせなくて」


 幼体を無暗に動かせない理由を語り終えたエルザは再び聖を見上げる。じんわりと潤む目に聖は何かを察し、何が言いたいか即座に理解したコロは酷く呆れた。


「つまり、このまま重工本社まで行け?」


「呆れた。最初に突っぱねた案を今頃になって」


「じょ、状況が変わったんだから仕方ないじゃない」


「ですが、本社に連れて行っても変わらないのでは?」


「私の権限が多少強くなるから大抵の事はゴリ押し出来るし、私専用の格納庫(ハンガー)もあるから隠すにはうってつけよ。ソレに、仮に情報共有が出来ていても、アソコなら手が出せない」


 聖の顔を見上げながら提案するエルザに、コロはほとほと呆れた。何時の間にやら今後の算段を組み立てる頭脳を持ちながら、一方で頑なに幼体を保護する幼さを見せる。矛盾していると思うが、しかし同時に学ぶ。この矛盾こそが人間、あるいは人間らしさなのだと。


「分かりました。ただ、流石に速度は落としますよ。ヴァルナの防御フィールドなら音速程度でも問題はないですけど、鐵には無いでしょうし」


 聖の手前、コロは提案を受け入れた。例え断ったところで聖は承諾するだろうという確信が彼女にはあった。


「あるけど比較にならない、が正解ね」


「フィールドを拡大して鐵を保護すれば耐えられる可能性ありますけど、危険と言えば危険ですよ」


「ともかく、お願い。私もこんな状況じゃ動けないし」


 と、エルザは膝に視線を落とす。ソコには既にエルザという人間に慣れ切った幼体がスヤスヤと寝息を立てていた。寝るんだ、と二人と一機は仲良く同じ感想を呟いた。

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