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34話 約束

 約1時間後――


「おう、聞こえるかァ?」


 穏やかな朝日の中、静まり返った戦場にアイザックの声が木霊した。


「な、なんだ?」


「集まってたヴィルツの反応、大分消えたぞ」


「は?」


 一笑に付し、信じないと高を括った話が現実になりつつあるとの情報に武装組織達は驚き戸惑った。有り得ない、そんな言葉が自然と口を突く。


「そんな、たった一人だぞ!?」


「そんなって、噂程度でも聞いてないのか?救世主とか、そんな話」


「耳にはしたさ。でも、どうせ大言壮語だって誰も取り合わなかった。現に今もそうだ」


「強情だな。だが、アレがその救世主だ。日本に集結していた鐵と改、合計1,100機を単機、しかも無傷で撃破した正体不明の機体」


「大体、お前等だって不自然に攻撃が当たらなかった光景、見てたろ?それにさ」


 アイザックとその仲間の指摘に武装組織の全員が黙り、あるいは唸るに終始した。信じ難いが、しかし思い返せば確かに直撃した筈の弾丸が消失した瞬間を見ている。しかも、時折――


 ズウウン


 と、まるで地震でも起きているかのような衝撃が地を伝い、鋼を揺らす。ソレは九頭竜聖が離れてから発生し始めた。知る者は衝撃の先で何が起きているか想像できるが、それ以外は何が起きているか全く理解できない。


「まさ、か?」


 武装組織が懐疑的な声を上げるのは当然。しかしアイザックは変わらず軽口を叩く。


「今、必死で気張ってんだろ」


「何の為にだ!?」


「お前等の為じゃねぇの?知らんけど」


「そんな馬鹿げたッ、連合も重工も見捨てた俺達をたった一人で救えるとでも!?」


「現に頑張ってんでしょ?ところで、エリザベートちゃんはなぁにしてるのかなぁ?」


「さぁ。俺の機体を寄越せって強引に奪って以降は音沙汰無いな。やけに焦ってたが……」


「って事ァ、重工に連絡でもしてんのか。ところで」


「衝撃、収まったな。反応はどうだ?」


「今、範囲を広げて調べてる……一匹もいねぇな。万単位でいた筈なんだが、ホントに単機で全滅させやがった。普通、やるかね?」


 呆れるようなアイザックの言葉を聞いた全員が感嘆の溜息を漏らした。ユーラシア大陸を東に向けて侵攻するヴィルツの戦線を押し戻しただけならば何度かある。その全ては一時的でしかなかったが、単独で、しかも僅か1時間程度で成しえたとなれば話は別。


「九頭竜聖は約束を守ったぞ」


 と、アイザックが追及したが武装組織は何も語らず。口を開けない理由は不信。一度は敵意と共に刃を向けた相手がいきなり謝罪したかと思えば、単機で万単位のヴィルツを全滅させたというのだから無理からぬ話。やがて――


「戻りました」


 上空からの声。続いてズウンと地を揺らす衝撃が間近に発生した。九頭竜聖とコロが搭乗するヴァルナが朝日の中から降り立った。


 ※※※


 更に1時間が経過した。


「どうだった?」


 この目で見ねば信じられないと数人を連れ立ち戦場へと向かい、再び戻って来た武装組織にアイザックが問いかけた。


「いなかった。つい最近、殻付きを目撃したって報告をして来たヤツがいた。いい奴だったよ」


「そっか。でも、いなかったよな?」


 その証拠を直に見た。何も無かった。となれば――


「信じる他に無い、な」


 そう、絞り出した。もはや疑いようがない。九頭竜聖は大陸一角を占拠していたヴィルツの群れを単独で駆逐した。


「あの」


 ヴァルナから降りた聖が、鋼を見上げた。程なく操縦席が開き、一人の男が下りるとゆっくりと歩きながら、やがて九頭竜聖の目の前で足を止めた。白い髪と髭、深い皺が刻まれた50歳位の壮年の男は武装組織のリーダーと思われる威圧感を漂わせている。


「お前が言う『殺した』だが、正直に言えば心当たりは多い」


 男はそう切り出した。殺されるかもしれなと覚悟の上で、それでも本心を晒した。


「言い訳はしない。国も連合も重工も見捨てられた俺達には力が必要だった。力を持てば増長して、やがては暴走して、殺さなくていい人間まで殺すようになった」


 聖は何も語らない。ただ、黙って耳を傾ける。


「俺達が野放しになっているのは実際のところ、国や重工の意向というのもある。知っていたか?」


 無言を貫く聖に男が問いかけた。瞬間、アイザックの表情が強張った。痛いところを突かれた、そんな顔をしている。


「いえ、知りませんでした」


 聖の返答に男は『そうか』と、吐き出すと無精髭をさすった。


「全てを助けるには世界は広く、人は多かった。だから有能な人間を安全圏含めた一部に集め、あぶれた人間を危険な外に投げ捨てた。安全圏も安全圏なりに問題を抱えていると聞き及んでいるが、大陸はまた別の問題を抱えている。苛烈で如何ともしがたい、な」


 誰かの基準による切り分けで無能、あるいは有害と判断される現状を突きつけられた聖は再び黙った。誰もが『誰とも知れない者の基準』から外れない為に、時には誰かを利用したりもした。外れたら最後、死と隣り合わせの世界に放り出される。しかも、何時までも同じ基準とも限らない。切り分けの基準が変われば、次は自分が不要と判断されるかもしれない。


 そうして投げ捨てられた先は常に死と隣り合わせで、生きる為には何をしてでもという理屈がまかり通る世界。大陸の事情は、思った以上に残酷だった。


「だが、座して死を待つなど出来なかった。奴等は法を守れとのたまうが、守ったところで誰も命を保証してくれん。ましてや、化け物となれば尚の事だ」


「知りませんでした」


「だろうな。誰も何も言わない。安全な場所に居ては見えない事もある」


 男はそこまで語ると聖を見据え、意を決し切り出した。『殺すか?』と。聖は、首を横に振る。


「俺達とは違うんだな、お前は。あんな力があるのに。助けてくれた事には感謝する。が、今日明日生きられたところで何の足しにもならない」


「オイ!!」


 棘を含んだ男の言葉に、堪らずアイザックが叫んだ。が、まだ続きがあると無視して聖を向き直る。


「だが、約束は約束だ。少年、君の名は?」


「九頭竜聖」


「以後、我々は鋼を使用しての民間への攻撃、恫喝は行わないと誓う。法でも国でも、ましてや神でもない、君に誓う。これで良いか、九頭竜聖?」


「はい。あの……」


「救世主と呼ばれる理由が少しだけ分かったよ。だが、一つだけ」


 何かを言い出しかけた聖に、男が言葉を被せる。


「気負うな。無茶をするな。何と呼ばれようが、お前はただの人間だ」


 それだけを一方的に伝えた男は踵を返し、鋼の中へと消えていった。


「気負う、な」


 男の背中を追いながら、聖は掛けられた言葉を呟き続けた。

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