27話 裏地球 其の2
この星は地球なのか、違うなら一体何なのか。現状でただ一つだけ分かっているのは人類の敵が何故か存在しているという、それだけ。しかも、現時点で襲う気配を見せていない。地球に存在するヴィルツとは別個体なのか、だとするならばこの星は一体何なのか。
「さっきの件、私が悪かったわ。ゴメン」
「ン、ああ」
渦巻く不安と恐怖が入り混じった声。焚火で暖を取る聖が見上げると、鐵の操縦席から申し訳なさそうなエルザと目が合った。
「気にしてない」
「そう?」
「何かあったんだってのは分かる。だから気にしないし聞かない」
「そう」
聖の言葉に安堵したのか、エルザは操縦席の奥に引っ込んだ。現在地点は、この惑星に出現した地点。森の中、更にヴァルナの展開する防御フィールドの中に身を隠す理由はヴィルツが跋扈している為。この場所だから安全という訳では無く、無策で調査をする方が危険と判断したエルザの判断によるもの。
「戻りました、旦那様」
ヴィルツに狙われる人間の調査は不可能。となれば必然的にその役目は単機での戦闘能力も高く、襲撃されても容易く退けられるコロとなる。その彼女が周辺の調査を終えて戻って来た。
「どうだった?」
「はい。調査範囲の生態、地質、水質の調査ですけど、ほぼ地球と同じ組成でした」
「もしかして、生物も?」
再び鐵の操縦席から顔を出したエルザが質問を投げた。
「はい。生態系も確認した範囲では地球とほぼ同じでした」
「本当に未来か過去なのかしら?なんだか不気味ね」
「建物の方はどうだった?」
「外観を見る限り同じだと思います。ただ、ヴィルツが居るので内部構造までは確認していません。それから、当然ですけど人間の姿はありませんでした」
結果は予想した通り。何もかもが地球と瓜二つ。唯一の違いはヴィルツがいて、人間がいないというだけ。生物も、生態系も、何なら建造物までが同じだという。
「おかしいよね?」
「うん」
エルザの質問に聖が即答した。違和感の正体に思いを馳せる二人は揃って夜空を見上げた。特に頭を悩ませるのは建造物。過去、未来、あるいは地球人が何らかの理由で転移、この星で文明を築いた後に絶滅したのか。だとしてヴィルツには不要、あるいは使えないであろう建物がどうして今も存在しているのか?しかし、考えても分かる訳もなく。
「ところで、何を弄ってるの?」
悩むエルザは、ともすれば悩みとは無縁とばかりに作業に没頭する聖に別の疑問をぶつけた。戻って以降の彼は、操縦席でヴァルナの機能を一通り確認したかと思えば、今度は外に出て何かを黙々と作っている。もう少し早く詫びを入れたかったエルザが遅れた理由だ。
「あぁ、その辺で捕まえた虫」
「え、ちょっとまさか」
この後を予想し、蒼白となるエルザ。彼女は世界の食糧事情を嫌という程に知っている。ともすれば、報道でしか知りえない聖よりも。ヴィルツに生存圏を奪われた世界の食糧事情は極めて厳しい。安全な島国は、国土の大半を農地に変える事で辛うじてイーブンとした。が、気候変動などの要因で直ぐに悪化する。更に飼育にある程度の土地と食料を必要とする肉類は贅沢品となり、富裕層以外に口にする機会はなくなった。
一般層の食事と言えば、専ら野菜と魚。しかも厳しい制限がある。河川も重要な資源として国が管理しており、釣りなどもとうの昔に禁止された。飲料水も水以外は嗜好品となり、買うだけでも相当に高い。高騰する物価もまた、市民に大打撃を与えた。思う以上に、世界は貧しい。
故に、本来ならば口に入れない虫等に手を出す必要もある。特に大陸で顕著なひっ迫した食糧事情を彼女は良く知っていた。
「いや、あの、餌だよ餌。魚、これで取るんだ。凄い前に本で見た程度で実際にやった事はないから見様見真似だけど、いつ戻れるのか分からないのに非常食も無いし」
「そ、そうよね。こんな事態、想定してなかったし。だから今の内に食べられるかって事?で、大丈夫なの?」
エルザが再び質問した。食べるのが虫から魚に変わったものの、ココは地球とは違う何処か。幸い空気にも問題はないが、それ以外が大丈夫な保証はない。鐵の操縦席から動かないのはそう言う理由もあった。
「栄養、構成物含めて地球と同じです。味の保証はしませんが、恐らくは」
「恐らくって……毒でもあったらどうするの」
「軽度の毒なら私が治療できます」
「どうなってるのよ……ちょっと待って、今まで疑問に思わなかったけど、もしかして自分の機能を知ってるならどこで製造されたのかって情報も知ってるの?」
「いえ、実は記憶だけがまだ曖昧で。ただ、そう言う機能を持っている事をヴァルナ経由で知っただけです」
結局は何も分からないまま。コロの正体も、この星も。しかも食糧事情も最悪。鐵は基本的に非常食を携行しない。ヴィルツが跋扈する危険域ではぐれた時点でほぼ死が免れない為だ。寧ろ自決用の銃が支給されている程には生存が絶望的であるというのが現状。
「そっか。駄目かぁ」
何もかもが上手くいかない。諦めたエルザはボンヤリと夜空を眺めた。