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26話 裏地球 其の1

「何よ、コレ?」


「街?」


 見知らぬ星を調査する為、夜空を切り裂くヴァルナは直ぐにその動きを止めた。高高度に停止したヴァルナの眼下に映るのは、見知らぬ惑星の見知った光景。市街地。しかも――


「日本?」


「その様に見えますね、旦那様?」


「でも、ならどうして灯りが全くついてないの?」


 見知った日本の家屋が並ぶ街は、不気味に静まり返る闇の中に沈んでいた。煌々と照らすネオンは全く見えず、寧ろそんな文明など知らないと言わんばかりだった。一度は否定した考えが再び心の奥底から浮かび上がってくる。タイムスリップ。この世界は何らかの理由で滅びた地球の未来なのか。


「人は?」


「少なくとも、人間の生命反応はありません」


「そう……ッ!!」


 コロの返答に何か口に仕掛けたエルザが、不意に苦しみ始めた。酷い頭痛に襲われているのか、頭を抱えている。


「大丈夫?」


「いや、それよりもヴィルツだ。奴等がいる!!」


「どうして!?」


「君は知らなくても無理はないか。共鳴レベルが高いと、何故だかヴィルツの存在を感知できるようになるんだよ」


「そんな」


「薄々は感じていたけど、君の共鳴は私達とは性質が違うみたい。ともかく、注意しなきゃ」


「でも、何処にいるんだろう?」


「反応、調査しました。どうやら家屋に潜んでいるみたいです。どうします、旦那様?」


「隠れてるのか?でも、何であんな場所に?」


「それよりもッ!!」


 重なる疑問に答えを出そうとする聖にエルザが咆えた。余りにも急な変化に椅子代わりにされる聖の顔が苦悶に歪む。


「な、何?」


「この機体の力なら周囲のヴィルツ一掃できるでしょ、何を迷うの?」


「迷っている訳じゃない。ただ、無意味な攻撃はしたくないってだけだよ。まだこの星が何なのか分からないんだ」


「旦那様に同意します。無暗な攻撃は私達を危険に晒すだけです」


「ソレはッ、奴等の事を何も知らないから!!」


 まるでヒステリーの様に叫ぶエルザの様子は、今までの理知的で冷静な中に何処か抜けた雰囲気のある女性という九頭竜聖が持っていた印象を木っ端微塵に打ち砕く程に異様だった。その様子は何か、例えばヴィルツに恋人や家族を殺された怒りに近い。


「戦いたければ鐵まで送り届けるので一人で戦ってください」


「ちょ、コロ!?」


「私は旦那様を最優先に考えます。旦那様も私達の事を優先しています。ですが今の彼女は酷く冷静さを欠いていて、無謀な選択を旦那様に選ばせようとしています」


「無謀じゃないでしょ!!」


「無謀ですよ」


「あれだけの力があって!!」


「ヴィルツの総数は不明ですよ。仮にこの世界がヴィルツに支配された未来の地球だとして、世界中を埋め尽くすほどのヴィルツと戦わせ続けるつもりですか?その間、アナタは何をしているつもりですか?討伐に掛かる時間は?ソレまでの栄養補給は?私は問題ありませんが、旦那様とアナタは確実に餓死しますよ」


「それは」


 理詰めでエルザを責めるコロに、彼女は何も言い返せなくなった。どう考えてもその場限りの勢い、無策なのは明白。


「勝つだけなら、多分出来るんじゃないかと思う」


 エルザとコロの口論で冷え切った操縦席に、聖の声が響いた。


「ならやってよ!!ヴィルツ根絶は人類の夢でしょう?人の手にもう一度地球を取り戻す。その為に私達は戦ってるのよ。人類の救済、今も苦境に喘ぐ大勢の市民を助ける為でしょう?助けなさいよ!!」


「でも、少なくとも今、勝利と呼べるのはこの星のヴィルツ殲滅じゃない。生きて地球に戻る事だ」


 聖の言葉にエルザは肯定も否定もしない。


「それに、俺を助けてくれた君に死んでほしくない。君も助けたい」


「な、何を……」


 不意打ちの一言に少し前の苛立ちなど何処へやらとばかりにエルザは激しく動揺した。ややあってか細く「ゴメン」と呟く声。「助ける」という言葉に呪われた聖が発した、呪いではない確かな意志。己の心の内から湧き出た本心がエルザの揺らいだ心を静め、提案を受け入れさせた。


「旦那様」


 再びコロの声。


「え、何?」


「ヴィルツ、屋内から出てきました」


「は?」


「え?」


 驚いた二人は操縦席前面のモニターを食い入るように見つめる。気が付けば闇に沈んだ街の至る所に不気味な物体が蠢いていた。鮮やかな体色を持つ巨大な軟体生物に、エルザがその名を呟いた。


「ヴィルツ」


「どうやら私達に気付いているようです。ですが、おかしいですよね旦那様?」


「うん。最初に見たヤツとなんか違うような気がする」


「どう思われますか?」


「俺も聞きたいんだけど」


 映像に映るヴィルツに感じた違和感。しかし、聖もコロもまだ一度しか遭遇しておらず、ヴィルツに関する生態は基本的な情報は殆ど持ちえない。この中で一番情報を持つのは鐵を操縦し、幾多の戦場を渡り歩いたであろうエルザ。しかし当人は何も語らず。


「まだ拗ねてるんですか?」


 無言に耐えかねたコロがチクリと嫌味を刺す。が、やはり返答は無い。


「何、アレ。何で攻撃してこないの?」


 コロが吐き出した溜息をかき消すように、エルザが疑問の正体を言葉にした。そうか、と聖も違和感に気付く。攻撃の気配が全く無い。地球に出現したヴィルツは極めて高い攻撃性を持っていたというのに、眼下のヴィルツは何らの敵対行動を取る気配を見せていない。


 それどころか、まるで手を振っているように触角をパタパタと振っていた。一体だけではなく、見渡す限りの全てが。行動の意味は何か、どうして攻撃しないのか、地球のヴィルツとどうして違うのか。しかし誰も答えを出せなかった。

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