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25話 見知らぬ世界

 ――???


 地球時間2035年10月22日、灰色の月に吸い込まれた九頭竜聖とコロ、エルザの三人は直後に鈍い襲った無数の衝撃に身体を貫かれた。何が起こったか全く分からないまま、一面の灰色から飛び出した直後に受けた衝撃に、混乱した頭が思考を放棄する。


「う」


「な、何よここ!?」


「現在地点、確認中です。旦那様」


 周囲を見回すと闇の中に鬱蒼と茂る木々の間に機能を完全停止した鐵が横たわる。空を見上げれば満天の星空。どうやら夜らしいが、それ以外の何も分からない。九頭竜聖はポケットにしまった携帯端末を取り出した。表示された時刻はあと少しで22時を迎える辺り。ホテルを飛び出してから十数分程度しか経過していなかった。とは言え、その程度では何か分かった内には入らない。困惑する聖はどうしたものかとジッと夜空を見つめ――


「何か、おかしいな」


 違和感を口にした。


「どうされました?」


「もう少しはっきりと空を見たい。良いかな?」


「はい、どうぞ」


 見知らぬ場所だというのに全く不安がる様子の無いコロの笑顔に落ち着きを取り戻した聖は操縦席両サイドのレバーに触れた。機体がゆっくりと振動し、起き上がり、そのまま自然に空へとゆっくりと浮かび上がる。


「周囲、森だらけですね」


「あぁ。少なくとも日本とは違う、かな。それよりも」


 地上からおおよそ20メートルほどから見える光景は十数分前に見た景色とは全く違った。夜の街、ネオンに浮かぶコンクリートジャングルは無く、深緑に包まれた山々が何処までも続く。しかし聖の関心は地上には無い。遮るものが無くなり、見渡せるようになった星空を彼はジッと見入った。


「何、どうしたの?」


 エルザからの通信。しかし彼の関心は依然として夜空に向かったまま。


「地球だ」


 ややあって、聖が地球と零した。しかし何とも不明瞭な一言。地球だが少し違うという余りにも抽象的な推論に――


「は?え、地球なのココ?」


「だけど、何か少し違う」


「訳が分からないわ」


 そんな不満が口を突くのは致し方ない。


「乙女座」


 再び聖が、今度は星座の名を呟いた。


「は?確かに私は乙女座だけど」


「春の星座が見える。何でだろう?」


 彼が地球と断定した根拠としたのは星座。10月の夜空を彩る星座が一つ足りとて見えず、その代わりに地球で見慣れた春の星座で彩られていた。


 うしかい座のアークトゥルスが孤高に輝き、しし座のデネボラが柔らかな光を放ち、乙女座のスピカが青白い光で闇を貫く。しかし、見慣れた夜空は“鏡に映った世界”のような違和感を滲ませる。どこか遠くて、だけど近い。説明し難い矛盾に満ちた感覚を胸に抱えたまま、九頭竜聖は暫し空に描かれた大三角形を見つめ続けた。


「そっちか。じゃあ、タイムスリップでもしたとか?」


「いえ」


「何か分かったの、コロ?」


「星座から現在地の割り出しに成功しました、旦那様」


「地球、なの?」


「いいえ。地球公転軌道の丁度反対側です」


「そんな、有り得ないわ!!そんな場所に惑星があるなら、とうに誰かが見つけている!!」


 エルザの現状推測をコロが否定した。信じというには余りにも無茶な結果に有り得ないと一蹴するエルザ。が、コロの『過去への転移よりは現実的』との反論をエルザは否定出来なかった。地球の公転軌道の反対側にある惑星。過去、あるいは未来へのタイムスリップ。何れにせよ荒唐無稽だ。


「それ以外の調査は?」


「大気組成は酸素の割合が若干高い以外はほぼ地球と一致。致死性の病原菌類も無いようです。ただ、あくまで地球のデータに基づく範囲で、ですが」


「何時データ取得したのよ?」


「旦那様の入院中に」


「あー、そう。随分熱心と思ったら」


「ともかく、俺達の地球とは少し違う訳だから用心しないと」


「地球に似たもう一つの惑星。裏地球(アナザーアース)、と言ったところかしら。何にせよ今は動きましょう。という訳で、乗せて」


「は?」


 動く必要はある。その点に異論はない。しかし直後に聞こえた突飛な提案に聖は固まり、コロは露骨な不快感を露わにした。


「何故?」


「エネルギー切れで動けないのよ」


 理由を語るエルザは、同時に操縦席から武装のチェックを始めた。刃を加熱して対象を焼き切る近接用のダガー、背後マウント分と右腕に握ったままの銃、左腕のグレネード、戦闘を見越して慌てて用立てた武装に問題は無かった。


「他は問題ないみたい。コレ、動力源の関係で定期的に操縦席に乗っていないと直ぐこうなっちゃうのよね」


「なら乗っていて下さい」


「こんな場所で一人きりにするつもり?」


 至極真っ当な双方の応酬。蚊帳の外に置かれていた九頭竜聖は二人のやり取りを黙って聞いていたが、傍と何かに気付いた。嫌な汗が体中から噴き出し始める。


「どっち?」

「どっちですか、旦那様?」


「デスヨネー」


 こうなると思った、勘弁してくれ、とは口が裂けても言えない。本音を心の奥に仕舞いこんだ彼は、背後のコロと通信に映るエルザの顔を交互に見やる。


「仕方ない。一人で置いてはおけないし。コロ、少し我慢してくれるかい?」


「私は、旦那様が賛成するなら」


「ありがとう」


「ほーら、さっさと乗せなさい」


 若干の胃痛に耐えながら聖が絞り出した回答はエルザの搭乗許可。露骨な不満に顔を歪めるコロとは対照的に上機嫌なエルザは、ハッチが解放されるや否や無邪気に操縦席へと乗り込んできた。内部は複座になっており、前に九頭竜聖が、後部にコロが座っている。


「何してるんです?」


「何がって、ココ以外にスペース空いてないでしょ」


 エルザは堂々と、何の躊躇いも無く九頭竜聖の膝に座り、体重を預けた。


「お、おも」


「何?」


「イエ、ナンデモナイデス」


「旦那様」


「大丈夫です、何もしません」


「そこは私の場所です」


「そっちかぁ」


 見知らぬ星、見知らぬ空に思いを馳せる暇さえ無い。幸か不幸か、両手に棘塗れの花を抱える事となった九頭竜聖は無心で夜空を眺め続けた。

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