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3話 細やかで歪な日常

「続いては、日本に出現したヴィルツに関するニュースです」


 割れた皿を片付けるコロの横を見やればCMは何時の間にか終わり、報道番組が始まっていた。内容は外で見た内容とは若干違い、国内の状況を伝えている。


「黒鉄重工の提供する(クロガネ)により北海道札幌市に出現したヴィルツは無事に討伐されました。しかし、徐々に南下を続けるヴィルツへの抜本的な対策は未だ取れておらず……」


 突如出現した敵を前に人類は一致団結せざるを得なくなった。それまでいがみ合い、ともすれば戦争一直線だった国同士は互いの禍根も、人種その他に起因する差別も全て投げ捨て、英知を結集した。その結実が映像に映る。 


 鐵。革新的な技術が幾つも盛り込まれた、黒鉄重工が製造した対ヴィルツ用の人型巨大兵器。雄々しく大地に立つ漆黒の機体が、人々から羨望を集める人型兵器が画面全体を覆ったその時、映像が不意に途切れた。


「あぁぁぁ、スイマセン旦那さまぁ。コンセント、抜いちゃいましたぁ」


 またもや、だ。しかし、もはや日常と化したドジに聖は何の気にも留めない。


「いいよ。どうせ何処に変えても同じ事しかやってないんだ。さ、買い物に行こうか」


「はい」


 何時もの如く、何もないところで綺麗に転んで気落ちするコロを宥めた彼は家を後にした。その後を元気にコロが追いかける。


 ※※※


 買い物に行くと、九頭竜聖はそう言った筈だった。コロもそのつもりだった。しかし――


「助かるわー。ホラ、ウチ今大変で。旦那がさ、ホラ、心労。そう、心労。ね。分かるでしょ?」


「奇遇ねぇ、ウチもなのよ。子供が受験でナーバスになっちゃって。だからお願い。ネ?」


 協力。援助。救護。誰かを助けるという行為は、聞こえだけならばとても良い。が、時に呪いの如く人を縛り付ける場合もある。最初は感謝するが、次第に当然と思い始めた。結果、九頭竜聖は都合よく利用される。


「分かってます。時間、少しだけありますから」


 特に彼は『助けて』と、懇願されると滅法弱い。必然、トラブルと面倒事を抱える事が多かった。両親健在時は頼る相手がいたから問題は無かった。特に母はよく助けてくれた。過去を聞かれれば聖は必ずこう述懐する。しかし両親が不在となり、孤独のうちに世間へと投げ出されるや周囲は容赦なく彼を利用し始めた。


「あら聖クン、掃除が終わったらウチの手伝い頼んでいいかしら?」


「ソレが終わったらウチもね。何時もみたいにオバサン助けてくれるよね?」


 浅ましく、好意に集る甲高い声。が、流石にこれ以上は支障が出る。致し方ない、と彼は決意を固め


「スイマセン。ちょっとこれから用事ありまして」


「え、どうして?何かあったの?」


「いえ、仕事でのミスが原因で……国外退去になってしまいまして、ハハ」


 申し訳なさと未だ受け入れ難い現状、未来への不安がない交ぜになった力ない笑顔と共に断りを入れた。


「あー、そうなの。じゃあ、元気でね」


 その笑顔が、曇った。もう手伝えないと知るや近隣住民は容赦なく踵を返した。脳裏に僅か前の光景がフラッシュバックする。他人を利用する事を何とも思わず、利用できなければ次を探す軽薄な顔。良好な関係と思っていたのは彼だけだった。結局、己は何処まで行ってもただ利用されるだけ。


「そんな、酷いです」


 堪らずコロが叫んだ。が、誰もが既に興味を無くしていた。彼の現状を知って尚、だ。誰もが両親を亡くした聖の心情など構うことなく助けを求め、拒否すれば辛辣に責めた。地獄。必然、彼はふさぎ込み、程なく登校拒否し、それでも改善しない現状に退学を決めると家に引きこもった。


 だというのに、周囲の人間は齢15で家族を失った彼を平然と利用し続けた。優しさを、頼めば断らず、大抵の事ならば引き受ける聖をはした金で利用した。


 両親が遺した遺産と保険金はあった。が、毟り取ろうと画策する者がいた為に殆どが手元から消えた。高校に入ったばかりの少年が法律に関する知識を正しく有する筈もない。本来ならば守るべき子に、父母の血縁は容赦なく牙を剥いた。仕方がない。彼はごちりながらも黙々と仕事をこなす。


 ザリッ ザリッ――


 固い溝を金属が削る不快な音が静かな住宅街に響く。この地域では市役所からの依頼という形で自治体が清掃作業を行う。聖が黙々とこなす側溝掃除も然り。定期的に清掃しなければ水の通りが悪くなる為、一定周期で依頼が入る。今日はその作業日だった。


 しかし、周囲を見回せども作業者は誰もいない。掃除をしているのは彼一人だけ。道行く人は意図して視界から外し、見ようさえとしない。これが彼の日常。


 ここ一年、この手の面倒な仕事は彼の役目となっていた。周囲は考え、やがて結論した。これは就職先では食うに困る彼の為なのだ。善意なのだ。間違っても楽をしたいいいわけではないと、そんな詭弁を思いついた。今の有様は悪意を善意でコーティングした残酷な日常の一風景。


「旦那様ー。ゴミ捨て、終わりましたぁ」


「今日は間違えなかったんだね」


「はい!!」


 だが、それでも彼は前を向く。元気に笑みを浮かべるコロに、聖の顔が自然と綻んだ。両親を失ってから初めて誰かに向ける笑みに釣られる様に、足元のコロがモニターに[><](歓喜)を浮かべる。彼が久しく忘れていた喜び。忘れていた心が、呪いに抑え込まれていた喜びが僅かに溢れ出した。自分を頼らず、努めて元気に振る舞うコロに何処か安堵する様になっていた。その存在は僅かに、だが確実に九頭竜聖の心に良い影響を与えていた。が


「うん。じゃあ片付けが終わったら買い物に行こう」


「はい!!」


 一人では耐えきれなかったであろう地獄も、一人と一機ならば耐えられる。これまでもそうだったのだ。だからこれからも、この先も。清掃作業で泥だらけになった聖は、同じく身体のアチコチが泥でくすんだコロの汚れを拭き取った。直後――


『緊急警報です。ヴィルツの出現が確認されました。付近の住民は指示に従い、所定の避難場所まで至急避難してください。繰り返します……』


 けたたましいサイレンが鳴り響いた。辛うじて維持されていた平穏の終焉を告げる音。人類の敵、その襲撃を告げる警報が聖とコロの間に割って入った。平穏が、崩れようとしていた。

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