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幕間4

 病室を後にした武儀とエルザの足取りは軽い。


「想定通り、と言いたげだね?」


「あら、そちらもでしょう?」


 互いの腹を探り合った両者はハハ、と笑って見せた。双方最大の誤算は九頭竜聖の性格。彼は記録に記された以上にお人好しだった。


「一先ず順調に話が進んで良かったわ。(サイ)、本社に連絡を入れておいて。全て問題なしって」


「本当ですか?し、承知しました」


 部屋の外に待ち構えていた部下に、エルザは指示を飛ばした。彼もどうやら事がすんなりと進んだことに驚いているようだ。


「無理もないわ。まさかアッサリ承諾するとは思わなかったし」


「そうだな。より大勢を、世界を助ける為に、か。しかし、少々危ういとは思わんかね。彼は」


「そうね。だけど、それは彼自身が解決する問題でしょう。勿論、手助けはするけど」


「助ける、か。思う以上に清廉だったが、正直なところ具体性のない『助ける』に何の意味も価値も無いと分かっていないのは、いささか怖いところだ」


「でも、あの力はその危うさを飲み込む程に強力よ。自分の代わりはいくらでもいる、なんて言葉が陳腐になっちゃったわね。現状、誰も彼の代わりにはなれない。正に世界の希望よ」


「その点は同意するよ。では、私はこれで。次は国連の連中だ」


「徹底的に締め上げておいてね」


「言われずとも」


 屈託ないエルザの別れの言葉に、武儀は心中の苛立ちを吐き出した。


 ※※※


「さて、国連側は何と言っている?」


 エルザと別れた武儀は、隣を歩く秘書に進捗を問いかけた。


「現在、調査中とのことです」


「時間稼ぎか?」


「あるいはじゅ」


「オイ、その話は少なくともココではするな。まだあの女がいるんだぞ」


 口を滑らせかけた秘書を、武儀が強く制した。目には露骨な怒気が溢れる。気圧された秘書は――


「し、失礼しました」


 喉まで出掛かった言葉を咄嗟に抑え込んだ。彼等とて国連が数分先の未来さえ見通せない馬鹿の集まりだとは微塵も考えていない。ならば、誰が狙撃をしたのか。もっと踏み込めば、()()()()()()()()()()()()()。その視線に立てば、自ずと闇に隠れた狙撃犯の輪郭が浮かび上がる。


 しかし、現状では何の証拠も出ていない。恐らく国連側も同じ想定の元、必死で証拠を探している最中だろう。


「ともかく、今は九頭竜聖だ」


「はい。しかし黒鉄重工と協力関係は世間から受け入れられない恐れがありますが」


「止むを得まいよ。誰が、かはともかく九頭竜聖が国連との交渉中に狙撃されたのは事実だ。全く、やってくれたよ本当に」


「我が国にも飛び火していますからね」


「だが、それも今日までだ。謝罪は受け入れて貰えた。次は手土産だが、例の件どうなっている?」


「はい。身柄は既に公安が確保済み、資産の差し押さえも完了しています。重工が提供した資料があったので時間はかかりませんでした」


「そうか。奴等が毟り取った分を全額回収次第、速やかに|(国外)追放しろ。理由は任せる、とは言え叩けば幾らでも埃がでそうな連中だから必要なさそうな気もするが。それから」


「その点も抜かりなく。関係者全員、監視対象としております。九頭竜聖には一切接触させません」


 秘書からの報告に、それまで険しかった武儀の表情が幾分か丸くなった。満足げな表情に、自然と秘書の顔から緊張が引く。


「それ以外の補填については国連側と協議中です。とは言え、狙撃の件が解決しなければ進みそうにありませんが」


「そうか。取りあえず、九頭竜聖の親戚連中を片付けただけで良しとしよう。残るは彼自身か」


「桁違いの強さは確かに魅力的ではありますが、その強さが別の面倒な問題を引き起こすなんて世の中ままなりませんね」


「そうだな。退院したら直ぐ愛知に移動する様だが、正直なところ」


「出来れば暫く残って欲しいところですが」


「重工側の圧もあるから無理だな。大体、彼は我が国が保有する鐵改200機を撃墜した事実を知らないのだ」


「言っていないのですか!?」


「言える訳がなかろう。その時、彼は意識喪失状態だったのだぞ?今、下手に気を病ませる必要はない」


「……そうですね。申し訳ございません」


「それに、彼に承諾させたところで、な」


 不意に、武儀の顔に不安が過った。


「どうされたんです?」


「いや。助けると言ってはいるが、どうにも主体性が無いというか、自分の意志を感じないのだよ。ソコがどうにも気になってね」


「はぁ」


「杞憂かも知れん。それより、彼の退院に合わせる形で予定を開けておいてくれ」


「見送りの為ですね?」


「経緯や意志がどうであれ、彼は一度国民を救っている。一国の首相として敬意を払うのは当然だ。それに」


「それに?」


「あのいけ好かない連中(シュヴァルツアイゼン)共に一泡吹かせてくれたからね」


 心底から楽しそうな笑みを浮かべる首相に、秘書はあぁ、と相槌を打った。


「ソレだけではないでしょう?」


「今や彼は救世主だ。ともすれば、既に世界中にあの力が知れ渡ってしまっているだろうか。ヴィルツから人類を救済する為に神が遣わした救世主だと、誰もが信じて疑わない。だが、その考えが何よりも危険だ」


 そう語った武儀は10月の寒空を仰いだ。彼の顔は遠くない未来に九頭竜聖の身に起こるであろう何かを憂いている。

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