幕間2
岐阜機工高等専門学校の体育館は、普段の喧騒が嘘のように静まり返っていた。並べられた椅子の上で生徒達は背筋を伸ばしたまま固まっている。壇上には黒鉄重工の関係者が数名。スーツの肩口が張り詰めた空気をより重くしていた。
「……本当に知らないのか?」
ドスの利いた声がマイクを通して体育館全体に反響し、天井の鉄骨まで震わせる。その響きは、生徒たちの胸に鉛のようにのしかかった。誰もが視線を合わせまいと下を向き、無意識に膝を握りしめる。
「あ、あの……」
壇の端に立つ中年の教師が、申し訳なさそうに口を開く。
「九頭竜聖については、ご覧の通り我々も何も……しかし、何故です?」
だが、最後まで言い切る前に、重工関係者の鋭い視線が突き刺さった。
「疑っているのか?」
「我々の調査結果を、お前が、お前等程度が?」
短く、低い問い。声の主が一歩前に出るたび、床板が微かに軋む。壇上の空気はさらに重くなり、生徒の中には呼吸が浅くなる者もいた。
「この件は極めて重大だ。可及的速やかに接触する必要があると説明した筈だ」
別の重工幹部が言葉を重ねる。その瞬間、列の後方からかすかなざわめきが広がった。
「何が……どうして……」
「なんでアイツが……」
耐えきれず漏れた生徒達の小声は壇上の男たちの眉間に深い皺を刻ませた。チ、と苛立ちを口から零す。
「先の戦闘については既に報道で知っているだろう。改めて問う、誰も……九頭竜聖の居所を知らないのだな?」
「居場所でなくても構わない。かの少年に関する個人的な情報……よく行く場所とか個人的な付き合いでもなんでも良い、知っていれば素直に教えろ」
低く重い声が響く。返事はない。沈黙が場を満たし、空調の音がやけに大きく聞こえる。重工側の表情が変わった。不満、不信、そして苛立ち。唇の端がわずかに歪む。
「ガキ共が……レベルが0だからというそれだけでッ!!」
苛立ちを隠せない声が跳ね、最前列の生徒が肩を震わせた。
「この程度の能力に真面な精神も期待できないとなれば、お前達に重工と関わる資格などない。死ぬまでこの片田舎で燻ってろ!!」
壇上からの罵声は生徒にも教師達の一部にも突き刺さった。誰も反論しない。反論できない。黒鉄重工から否定された――即ち、自分達の未来が完全に閉ざされた事実に反論する気力さえ奪われた。
彼等もまた、思い知った。己の浅はかな思慮が如何に自分の人生の首を絞めるかを。だが、今頃になって知ったところで過去は変えられない。閉ざされた未来に、二度と光明は射さない。
「何を差し置いても我々が先に接触しなければならなかったのだが……誰も知らないならば、もう用は無い」
冷たく言い放ち、重工の一団は揃って踵を返す。その背中を見送りながら、一人の女子生徒が思わず声を上げた。
「なんで……どうしてです?」
足を止めた一人が、振り返る。
「どうせ、いずれ世間に知れることだから教えてやろう。奴は、白騎士との関連が疑われているのだ」
その言葉に、空気が裂けたようなざわめきが走った。
「は……?」
「そんな……」
「嘘……」
反応が連鎖し、体育館が騒然となる。生徒は元より、教師陣さえも寝耳に水とばかりに目を丸くした。今年初頭に日本初上陸を果たしたヴィルツの群れを単機で全滅させた正体不明の戦力。それが、自分達が散々に見下した共鳴レベル0と関係あるという。
「それに共鳴レベルもだ」
重工幹部の声が再び空気を支配する。
「ど、どういう事でしょう?彼は生まれながらに0判定された、無能力者のハズでは?」
「直接的には何故か測定できなかった。だからそう判定された。だが、間接的に測定した九頭竜聖の正確な共鳴レベルは……推定100万オーバー。お前らどころか、世界すら木っ端扱いするほど桁外れだ」
「……っ!?」
「嘘だ……そんなの……」
「嘘などつくか、阿呆がッ!!」
一喝が全員の背筋を凍らせた。
「だから情報を求めてわざわざこんな田舎までやってきたというのに……どいつもこいつも揃って、目先の数字でしか判断できん大馬鹿ばかりだ」
吐き捨てるような言葉を残し、重工の一団は体育館から去っていった。残された生徒たちは椅子に沈み込み、互いの顔を見合わせることもできずに、ただ事実を反芻していた。
九頭竜聖――ヴィルツを圧倒する白騎士の操縦者であり、人類の枠から外れた異端の存在。その現実が静かに胸に沈み、身体を硬直させ、思考を停止させた。