15話 平穏の終わり 其の2
「何なんだ、誰も彼もどうして!!」
受け入れ難い真実と不条理な解雇とは比較にならない悲惨な結末に、聖の怒りが遂に爆発した。
「あうぅ。でも、私にそんな力……」
「あ、ゴメン。でもその時の記憶、コロには無いんだよね?」
が、足元で右往左往するコロの存在に傍と気付いた聖は直ぐに怒りを収めた。膝を折り、コロと目線を合わせる。視線の先には、神戸から購入した時そのままのコロの姿。ドジで、何をやっても上手くいかず、だけど九頭竜聖という個人を利用せず、献身的に働くコロの姿に聖の顔が少しだけ綻んだ。釣られる様に、コロも[><]をモニターに映した。
「私にはそんな力はないですよぅ。きっと誤解されているんですよ」
が、直ぐにを[ ˘•ω•˘]した。
「そ、そんな訳ないだろ!?」
「アンタ達、あの映像を見ていないのか?」
対して、市民達は懐疑的だ。話が食い違うのは無理もない。片や当時の記憶が無く、片やリアルタイムで当時の映像を見ていたという違いがある。そして当時の映像は政府の意向で全て削除されてしまったが為に、もう閲覧は出来ない。
「そもそも、なんで皆さんが探してるんです?探しているのは国連でしょう?」
「暇な店でボケっとしてるか、ココで隠れてるばかりのアンタは知らんだろうがな」
「あいつ等、話を聞くって名目で街の連中をどっかに連れてくんだよ」
「そ、そんな話!?」
「聞かねぇだろうな。ドコも報道さえしねぇ。問題は、その連中が誰一人として戻ってきやしねぇって方だ」
「は?それって、もしかして尋問……なら、皆さんが探していたのはまさかッ。正気か、自分達の安全の為に18の少年を差し出すつもりか!!」
誰かが匿っているか逃走の手引きをしていると判断した国連と日本が取った強引な手段に神戸は絶句したが、市民の目的を知るや怒りを露わにした。このまま九頭竜聖が見つからなければ遠からず自分達が国連に連行される。そう悟ったからこそ、その前に探し出して国連側に下るよう説得しに来た、というのが彼等の本心。見下げ果てた性根。しかし、勝機はある。
「たのむよ。俺達を助けてくれないかなぁ」
虎の子の要求。漸くその言葉に繋げられた市民の顔に卑しい笑みが浮かんだ。九頭竜聖の性格は街中に広まっている。助けてと言われたら助けてしまうお人よし。亡くなった両親の教育の賜物。それが歪んでいるかどうかは当人のみぞ知るが、何れにせよその言葉は彼には効果てきめんだと知っている。
「わ」
「なんで皆さんは何時もそうなんですか!!」
何かを言いかけた聖を遮り、コロが叫んだ。
「どうして何時も何時も、都合よく旦那様を利用するんですか!!分かっている筈でしょう、旦那様がその言葉に縛られているって。私は知っているんです。笑顔の下では本当は苦しんでいるんです。だけど、誰も見ようともしない。困っても助けない。誰も彼も自分の事しか考えていない。そんなの、おかしいですよ!!」
「それは、ソイツが好きでやっている事だ。俺達には」
「関係ない、なんて言わないでくださいよ」
傲慢な物言いに、堪らず神戸も口を挟む。
「な、何を」
「アンタ達だって爺さん婆さんの世代から話位は聞いてるでしょう。ヴィルツが現れて世界が滅茶苦茶になる前は、助け合いは当たり前だった!!」
「時代は変わったんだよ。仕方ないだろ」
「仕方ない訳、ですか。なら、助け合いを否定するってんなら彼が国連に行かないのも許さなきゃあならない筈だよ。彼にしてみれば好き放題に利用したアンタ達を助ける義理なんて無いからね」
神戸の指摘に、全員が一様に黙り込んだ。顔を見れば一様に苦悶を浮かべている。どうやら利用してきた自覚はあったらしい。
「逃げましょう、旦那様」
「僕もそうするべきだと思う。あの映像は、為政者連中が正気を喪失するには十分なインパクトがあった。誰もがヴィルツを排除したい。して、その先の世界の中心になりたいって考えてるんだ。だけど君は、そんな為に生きてきたんじゃない。生きて良い訳がない」
逃げようと誘うコロの提案を、神戸が肯定した。取り囲む市民達はそのやり取りに口を挟めない。神戸の指摘が理由ではない。コロの存在だ。九頭竜聖を守る為に再び変異すれば説得どころの話ではなくなる。最早、運を天に任せる他に無いと誰もが半ば匙を投げ、見守るに終始する。
「軍は何処にいるんです?」
意を決し、聖が語った。
「まさか、君!!」
「行きます。だけど、ソレはアンタ達の為じゃない。利用されたって事に傷ついたのは本当だけど、でもそんな事はもう気にしてない。このまま大勢が黙って拘束されて、知らない話を無理やり吐かせるなんて不条理は許しちゃいけないって思ったから行くんです」
真実を知った彼は、あろう事か国連と接触すると言い出した。神戸は彼の顔を見た。動揺と混乱の色はない。耐え難い怒りもない。誰かを助けるという言葉への呪縛もない。平時の、誰の助けを拒むことなく受け入れる真っ直ぐな、見慣れた彼の顔がソコにあった。
「分かった」
「ゴメン、コロ。付き合ってくれるかな?」
「はい、勿論です」
「なら、僕が送っていくよ。場所は?」
九頭竜聖の決意にコロは[><]賛同し、神戸は止む無しと軍までの送迎を引き受けた。
「あ、あぁ。軍の主力は木曽川と新境川の合流地点付近の広場に集まってる。ただ、街の連中は県庁の方に連れてかれた」
「偉そうな連中がいそうなのは県庁だな」
「ありがとう。神戸さん。コロ。行こう」
前を向く彼の顔に暗い影はない。市民の誰も視界に入れず、神戸の車に乗り込んだ聖は県庁に向け出発した。