13話 因果応報
2035年10月18日 午前9時
「呼ばれた理由、分かっているわよね?」
凛とした、しかし酷くドスの利いた声が黒鉄通運岐阜支社会議室に木霊した。議場の奥、ゆったりとした椅子に座るのは年若い女。女の隣には長身の女が、対面には六人の男女が直立不動で立つ。更にその周囲を屈強な黒服達が固める。奇しくも2日前、この議場に集まった九頭竜聖を除く6人の顔は一様に真っ青で、ともすれば今にも気絶しかねない程に覇気も生気もない。
「分かっているか、と社長が伺っています。それとも、こんな質問にも答えられませんか?」
長身の女が追い打ちをかけた。細身の引き締まった体格に鋭い目つき、端麗な相貌が只者ではない様子を窺わせる女の名は犀麗華 。椅子に座る女社長の直属の部下。ややあって――
「わ、分かっています」
6人全員が吐き出した。たった一言、それだけなのに全員が既に生死の間を彷徨っているかの様にふらついている。
「言いたい事はあるか?」
社長が溜息混じりに質問を重ねた。が、誰も答えない。
「では手短に。背信と職務規律違反でお前達全員を懲戒解雇とする。が、その程度で済ませる気は毛頭ない。既に移民管理省には連絡済みだ」
「い、ちょっと待って下さい!!」
その態度に失笑した社長はもういいとばかりに捲し立てると、堪らず一人が反応した。
「決定事項だ。九頭竜聖どころか今まで大勢を利用してきたようだが、誰かを利用しなければ成果一つ出せない無能力者など、末端とは言え我が社には不要だ」
が、バッサリと切り捨てられた。既に全てが露見していると悟り、全員が一様に項垂れた。移民管理省への連絡が意味するところは一つしかない。国外退去。安全圏がより有能な人材を国に招き入れるのと入れ替えに不要な人材を放逐する残酷な処置、且つて九頭竜聖に向けられた悪法の牙が、今度は自分達に突き立てられた。
「言い訳は無用です。貴方達、己の利益の為に彼を利用したんですよね?では、今度は我が社の利益に利用されて下さい。文句は言わせませんよ」
「ま、待って下さい。父に、父に連絡を」
「まだ分からないのか?」
「は?」
「既に切り捨てられたんだよ、お前は。処分は一任する、文句は言わないそうだ」
九頭竜聖を利用した中心人物である男が浅ましく父に助力を願い出た。どうやらこの会社の重役らしいが、既に先回りで潰されていた。男の顔から一層血の気が引く。
「それに、貴方達は高校卒業されていますよね?ならば共鳴レベルの検査と鐵の実技試験はパスしているでしょう。レベルは?」
「10ですよ」
淀みなく、男が回答した。余程に自信があったのか、僅かに血色が回復した。しかし、二人はハハと腹の底から吐き捨てた。
「何、が」
「社長の共鳴レベルは256で人類最高値。私も200を超えておりますのでフレームに内蔵された全機能、機体の遠隔操作まで可能です。その程度、別に珍しくもありませんよ。最も、こんな田舎ならば話は別でしょうけど」
しかし井の中の蛙だった。男の自信は木っ端微塵に砕かれた。
「では次の質問、お前が散々利用して切り捨てた九頭竜聖の共鳴レベルは幾つだと思う?」
「は?」
「いや、だってアイツ学校の検査で0だって。この辺じゃ結構な噂になってるから知らない訳……」
「レベルの件を知ってるなら、学校での必須カリキュラムも当然知ってますよね?鋼の実技実習、彼はまだ試験をパスしてない事も当然」
「そ、それは、その」
「今の問題はソッチではない。まだ世界には秘匿しているが、彼の推定共鳴レベルは最低でも100万を超えている」
は?と、素っ頓狂な単語が折り重なった。正しく桁違いの数値に全員が等しく絶句する。
「我々が何を望んでいるか、やっとご理解頂けたようですね」
「お前達は邪魔だ。万が一にでも九頭竜聖と接触され、機嫌を損ねられては困る。だから国外退去にするんだよ。それからマスコミは既に抱き抱えているから何を喚こうが無駄だ」
「そんな。ちょっと利用した程度で」
「そのちょっとが大問題なんだよ。無免許を知りながら騙し脅して鋼に搭乗させたのは幇助と教唆で立派な犯罪。対象が九頭竜聖でなくとも十二分に大事だ!!」
社長が声を荒げる。
「今回に限ればその相手も問題です。片や推定共鳴レベル100万を超える唯一無二の逸材。片や誰かを利用しなければ成果すら出せない共鳴レベル10の三下。社として何方を優先するかなど一々聞いて欲しいですか?」
ほとほと頭を抱える社長に代わり、隣に立つ犀が重ねた。
「何をどうしようが終わりだ。恨むなら己の未来さえ軽んじる軽薄な決断を下した自分自身を恨め。以上、通告が届いたら速やかにこの国から出ていけ」
その言葉に、全員が一様に崩れ落ちた。立つ気力さえ無いらしく、全員が床にしりもちをついたまま呆然と床を見つめる。既に八方塞がり。何をどうしようが解雇と強制国外退去は覆せない。事ここに至り、漸く誰もが己の浅はかさを呪い始めたが、そうしたところで起こした事実が変わる筈もなく。
程なく、主犯格の男を含めた6名全員が屈強なSP達により会議室から放り出された。
「なんだってあんな程度が大手を振ってウチに入っているんだ、全く」
処分を下した元社員への興味を完全に喪失した社長は椅子を半回転させ、眼下のオフィス街を一望した。視界に映るのはいつ何時崩れ落ちるか分からない、薄氷の如き平和な日常。
「同感です。ところで奴等以外はどうされます?」
「あぁ。そう言えば親族から遺産と保険金の大半を取られてたんだっけ?よく腐らず生きて来れたわね、彼」
「確かに。親兄弟なし、親族は言わずもがな。そんな状態で正気とは驚嘆すべき精神力です。因みにその件については最終的に彼が承諾している以上、違法ではありませんが」
「ついでにお願い」
「承知しました。では可能な限り回収した上で国外退去させるよう指示しておきます。罪状は、まぁ適当に」
「優先すべきは彼の機嫌よ。だから何としてでも、最悪でも国連側への協力は阻止しなければ」
「待遇はどうしましょう?」
「青天井」
「第一研は納得するでしょうか?」
「奴等も九頭竜聖との協力を望んでいる。金を惜しんでご破算に、なんて論外。ともかく、先ずは見つけないとね」
「ではコチラを。可能な限り収集した九頭竜聖に関する情報です。何分、伝聞が多いもので真偽の切り分けは終わっていませんが」
犀は報告と併せ、資料を提出した。九頭竜聖に関する情報を網羅した資料をなぞる社長の目が僅かに歪む。同時、チと軽い舌打ちを鳴らした。露骨な感情の変化。誰もが一瞥で不機嫌と察する態度の変化に戦々恐々とする。何を理由に機嫌を悪くしたのか、それは彼女だけにしか分からない。