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1話 解雇

 2035年10月16日 黒鉄通運 岐阜支社会議室


「呼ばれた理由はわかっているよね?」


 優しい、しかしどことなく冷めた口調に年相応の幼さが残る青年は僅かに肩を震わせた。九頭竜 聖(くずりゅう せい)、18歳。止まれぬ事情で高校を中退した後、直ぐに地元に居を構える黒鉄通運の岐阜支社アルバイトとして入社した彼は、誠実で真面目な人柄を理由に入社時はそれなりに期待されていた。が、しかしそれも今は昔。

 

 ややあって、彼は「はい」と辛うじて吐き出した。途端、部屋の空気が明らかに重さを増す。ただでさえ広い会議室なものだから、会話が途切れてしまえば尚の事。


「そうか、では端的に。上と相談した結果、君は今日限りでクビという運びとなった」


「おかしいです」


 反論する聖。しかし、室内の空気は彼一人の気勢で変わる程に軽くはない。


「言いたい事は分かる。散々に聞いたからね。頼まれて重機を操縦した、だったね。だけど君、資格持ってないだろう?」


 しかし図星を突かれ、押し黙った。今しがたの上司の言葉は全て正しい。彼は重機の操縦に必要な資格と免許を持っていなかった。


「高校中退という事で余り事情を知らないのかもしれないが、君の行為はれっきとした犯罪だ。それが、例え上司から頼まれたとしてもだ」


「それは社内だから問題ないと聞きました。何度も確認を取って、それに資格取得支援制度もあるから後で取ればという話も聞かされました」


「確か君は確かむの……いや失礼。とはいえ、マニュアル操縦に関する知識と重要性は知っている筈だ、そうだよね?」


 静かに、しかしドスを利かせた上司の言葉に聖はそれ以上の言葉を飲み込んだ。正論なだけに余計、だ。とは言え、納得は出来ない。


「それに、君の話と彼等の聴取内容とが矛盾する」


 そう語る上司は訝し気な視線を聖から逸らした。視線が、彼と少し離れた場所に直立不動で立つ五人の男女を捉える。何れも九頭竜聖と同じ社が保有する倉庫の管理を任された社員達。


「もう一度聞く。頼んではいないのだね?」


「はい」


「そんなッ!?」


 それまで努めて冷静に振る舞おうと必死に抑えていた聖が、初めて声を荒げた。


「落ち着きなさい、余計に心証が悪くなるぞ。続けたまえ」


 話と違う、そう言いたげな表情を顔に貼りける聖を(いさ)めた上司は五人に視線を送る。


「はい。自分の仕事が遅れると焦った彼が勝手に重機を、『(ハガネ)』を起動させたのを私達は見ています」


「以前も仕事の遅れを理由に勝手に動かそうとして、その時は気付いて止めたんですが」


「でもあんまり反省している?っていうか事態の重さが分かっていないみたいで。だから中退者を雇うのは止めとけばよかったのに」


「ともかく、俺の監督不行き届きです。申し訳ございません」


 各々が語る内容は、九頭竜聖と明らかに食い違う。聖の顔面が一気に蒼白となった。確かに彼は頼まれたが、その場面はこの五人以外に誰も目撃していない。よって、口裏を合わせられてしまえばどうにもならない。事態は一気に悪化した。罰金にプラスして解雇されるのが妥当かと考えていた聖の頭に最悪の結末が過る。頼みの綱は上司のみ。しかし……

 

「日本が、世界が置かれた状況は日々の報道で嫌という程に目にしているだろうから、流石に君であっても知っているよね?何処も、何一つ無駄にする余裕は無いのだ。だというのに勝手に重機を動かした挙句に事故を起こし、少なくない物資を駄目にした。労基からの是正勧告なんて可愛いものだ。今回の件、流石に本社の耳にも入ってしまってね。だから半端な対応は出来ないのだよ」


 開いた口からは死刑宣告に等しい言葉。聖は何も語らない。確かに泣き落としに近い頼まれ方をされた。大丈夫だからと言い包められた。とは言え操縦した事実に変わりはなく、その咎は受けなければならないと彼は考える。その点は納得した。しかし、納得できない部分もある。


 何故、自分だけが――


 その言葉が彼の脳内を隙間なく埋め尽くす。助けなければよかった。そんな思考は彼の頭に無い。助けないという選択肢は彼に無い。いや、取れなかったと評するのが近い。


「君が彼等を含めた結構な数の同僚を仕事を率先して助けているという話は聞き及んでいる。私としては君の協調性の高さは大いに評価している。だが、代わりに君の仕事が遅れていては意味が無い。コレが一点。もう一点は言わずもがな、資格も無しに『鋼』を動かした件だ」


 上司の指摘に九頭竜聖は何も語れなかった。全て、正しい。自分よりも他人を優先している事も、その同僚達に良いように利用されている事も。何もかも正しい。しかし、その結果が今この有様。利用された挙句、自らにまで罪が及ぶと考え結託した五人により全ての責を押し付けられた。しかも、この上司さえも結託している空気さえある。


「100年も前ならばいざ知らず、今は()()()()()()()さえいなければ処分もっと軽く済んだだろうが、もう詮無い事か。ともかく、君は今日限りだ。それから、言わずもがな法を犯した君はこの程度では済まない。既に国には連絡済みだから、一両日中には退去勧告も来るだろう。新天地での君の活躍に期待するよ」


 上辺だけの言葉を最後に、上司は先んじて会議室を後にした。九頭竜聖がこの会社で最後に目撃したのは微塵も後ろ髪惹かれることなく部屋を後にする背中。そして、楽をして成果を得たいが為に彼に無茶な仕事を押し付けた五人の顔。九頭竜聖は彼等の顔を見た。人を何とも思わない顔を。彼がいなくなれば次は別の誰かを探し、利用すればいい。そんな軽薄で、残酷で、幼稚な顔。後も先もない、刹那的で利己的な思考が透けて見える顔が並んで、彼の最期を見送った。


「無能が必至で媚び売ってさ、キモイんだよ」


「でさ、次はダレ使おっか?」


 辛辣な囁きが、聖の心を軋ませる。2035年10月16日。九頭竜聖は容赦なく会社からクビを宣告された。

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