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死神と呪符

虚空に、人が見ることのできない文字が見えるという月子。

月子は、その文字で真実を導き出していた。

寿院は、月子から見たら、周囲に言葉が溢れて、顔すら見えなくなっていると言う。

それだけ情報を集めている寿院。しかも、文字が浮かぶと言っているのに、何故かすでに言葉が形成されている。勢力的に情報を集めているからと想定されます。

月子にとって寿院は特別だった。

なのに当の本人はそのことにまったく気づいていない。


今回から寿院の家が舞台となります。

寿院の周りがなにやら騒がしくなりそうです。

 初夏の心地良い風が勝手口からそよそよと吹いてくる。

 寿院は、今しがたまで、町中を駆け回って、行商人から情報を集めていたので、いささか疲弊していた。


 それでも考えている。

 幾つかのばらばらの情報をくるりくるり回しながら寿院は、情報の重要度の高いものと低いものの優先順位でピラミッドのような図形を作っていった。

 そういう時の寿院は、おそろしく集中力を高めていた。だから、現実の光景が見えなくなってしまうことがある。


 勝手口に入ると、窯と、作業台が設置してある土間がある。

 寿院は、土間に接した段差のある板張りの台所に、履物を履いたままぺたりと横になっていた。天井をじっと見つめていたが、そのうち疲労から睡魔に捉えられた。そうなるとくうのなかでふわりふわり浮いているほどの心地良さが訪れてしまう。もう逃れようがない。ふわりふわり…と身体を預けてしまう。


 静かな時がどれほど過ぎたのだろうか?暫くすると、真っ黒い衣装を纏った、小さな男が勝手口から入って来た。男の衣装の袖や裾がふわりふわりはためいている。それほどの風が吹いているのか?男の存在はなんだか人とは思えない異様な雰囲気に包まれている。

 そうだ風など吹いていない。男はまるで空中に浮いているような感じだ。袖や裾がはためくのは風のせいではなく、くうに浮いていたからだ。


 まるで死神のようだ。


 小さな男が言う。

 「のんびり昼寝しているが、家の門に呪符が貼られいたぞ。何故、呪符が貼られていたと思う?」男は、そう言うと、にやりと笑った。「ふふふ、これは死の印だ。目印なのさ。お前の命を奪うための…ふふふ」


 寿院の目が見開いた。


 夢を見ていたのか?

 唐突に目が覚めてしまったので、暫く混乱した。


 やがて、混乱が治まると、カサカサという音に気がついた。


 ん?

 寿院は、わずかに頭を持ち上げた。

 すると、窯の上にはめ込んだ鉄鍋から、今朝作っておいた野菜入りの粥を食べている小さな男がいた。


 着古した黒い衣を身に付けた、顔を見ることができないが、男の子に違いない。知らない子供だ。

 一瞬、不思議な能力を持ったわらべかとも思ったが、違う。知らない子供だった。


 寿院は、暫く黙って、その様子を見ていた。

 子供は無心に食べている。

 近くで大人の男が眠っているのに、構わず食べている。よほど空腹だったのだろう。


 ん?

 現実?

 夢?


 すると、子供が振り返り寿院を見た。

 「えっ?」

 「えっ?」

 寿院と子供が同時に驚いた。

 「起きた…の…か」と、子供が呆然とした顔で言う。

 「えっ?」寿院は言葉が出ない。「死神か?」

 「死神…?なんだそれ」と、子供が言う。

 「ん?盗人か?」と、寿院が言う。

 「………?」

 「………?」

 「わぁぁっ」と、子供が叫びながら逃げて行った。

 「盗人かーーい」

 寿院はようやく起き上がって、子供を追いかけた。


 ふわりふわり空中に浮いていた死神は、おそらく夢だろう。だが、あまりにも生々しい。

 目が覚めた時、盗み食いをしていた子供と死神の衣装があまりにも似ていた。

 夢と現実が混在していたのか?


 寿院は、盗み食いをしていた子供を追いかけて、勝手口を飛び出したが、もう、すでに子供の姿はなかった。子供が逃げて、そんなに間はなかったのにおかしい。

 勝手口から門まで結構距離があるし、視界を遮るものもない。あの子供はよほどすばしっこいのか?それにしても早過ぎる。


 しかし…。

 寿院は、夢の中で死神が言っていたことがすごく気になった。

 ずっと、『呪い屋』のことを考えたせいであんな夢を見たのだろうかとも思ったが、一応確かめてみることにした。

 『呪い屋』はいろいろなところで呪符を使っているようだった。仲間との連絡でさえ呪符を使っていると聞いた。そんなことを聞いてしまうと、呪符の意味が分からなくなってしまう。


 門を出ると、驚くことに本当に呪符が貼ってあった。目立たないように小さな呪符が足元に貼ってある。真っ赤な図形のような文字が記されていた。なんと禍々しい文字だ。

 『呪い屋』の仕業なのか?

 これが『呪い屋』の仕業であれば、もしかしたら本当に命を狙われているかもしれない。


 だとしたらあの夢は、予知夢になるのか?予知ではないか。潜在的に危険を感じ取っていたのか?いずれにしても気がついて良かったが、しかし、これからどうやって命を守っていけばいいのだろうか?

 まぁ、分かっていたことか。


 寿院は、師匠の言葉を思い出した。

 闇を見ている時、闇もまた、お前を見ている。


 わたしもまた、『呪い屋』から見られているということ…か。


 寿院は、しゃがみ込んで、呪符を見た。

 「どうしたものか?剥がしても問題ないのか?夢で目印と言っていたな。命を奪う為の目印…?だったら剥がしても問題ないよな…目印だからな。目印だもんな。目印だよな。目印にしては禍々しいよな。剥がして大丈夫なのかな…」

 寿院は、暫くの間迷っていた。


 門に貼られた呪符。普通に考えたら家に災いをもたらす魔物から守るための魔除けが知られるが、これは違うだろう。

 赤文字は人体に影響を及ぼす呪いが記されているのだろうが、何故、それが門に貼られてあるのか?

 命を奪う為の目印?

 ここに魔物を引き寄せているのか?


 それとも…。本当に…。

 ここに住む者を殺せと、仲間に知らしめるための目印なのか?

 だとしたら、都中に仲間がいるのか?

 いったいどれほどの間謀が潜伏しているのか?

 それが『呪い屋』なのか?

 そう、考えると、現実的に恐ろしい郎党だ。


 寿院は、呪符を剥がそうと親指を近づけた、まさにその時だった。


 突風を斬って、呪符と親指の間に刀が現れた。親指と紙一重だ。


 「わぁっ!」

 寿院は尻餅ついた。

 いったい何が起こったのか、暫く理解できなかったが、ゆっくり落ち着いて頭を上げると、寿院の傍に少年が刀を構えている。


 「わっ!なんだお前は⁉︎」


 少年は、再び刀を振り上げた。

 寿院は瞬時に逃げようとしたが、身体が動かない。腰が抜けたのか?

 少年は勢いよく刀を振りかぶった。


 えぇぇぇっ…死ぬの?

 こんな子供に殺されるの?


 しかし、少年は、腰を落とした寿院の前に刀を振り下ろした。

 脅し…?

 少年の刀は地面を紙一重で寸止めして、また振り上げ、また降ろす。それを繰り返していた。


 しかし、寿院には、そこに何か見えないモノが存在しているような不思議な感覚にとらわれていた。少年がただ刀を振り回しているだけには見えない。しかし、同時に見えないモノなど存在するわけがない。とも思っていた。


 やがて、少年の動きが止まった。

 少年は、寿院を見下ろしたまま黙っていた。


 「なんだ、お前は?『呪い屋』か?わたしを殺しに来たのか?」と、寿院は怒鳴った。

 しかし、少年は黙ったまま、ただ寿院を見ていた。

 「何とか言えよ。お前みたいなへっぽこにわたしが殺されると思っているのか?」

 少年がかすかに顔を顰めた。


 寿院は、やっと立ち上がった。

 「子供のくせに何故、『呪い屋』などに身を置くのだ。間違っているぞ。今からでもやり直せる」

 「……?」

 「何とか言えよ!それにお前、わたしの粥を食べただろう?夕餉の支度は面倒臭いから朝たっぷり作ったんだ。効率いいからな。さっきちらっと見たら、お前、ほとんど食っていたよな!」

 「……?」

 「お前、いい加減にしろよ」

 寿院は、少年の後ろの襟首を掴み、引っ張って、勝手口まで連れていった。

 少年は、寿院のされるがまま何も抵抗をしなかった。


 少年の名は、隆鷗たかおう

 今より、少し遡った、もっと子供の頃に父親と兄が惨殺されるのを目の当たりにしたことにより、強い衝撃を脳に受けてしまった為か、死んだモノの姿が見えるようになった。

 その時、家族と、隆鷗の家族につかえる多くの使用人たちが一度に殺されてしまった。そして、隆鷗の家族を襲撃した者たちの多くも骸となって辺り一面、骸で埋め尽くされてしまった。

 隆鷗は、自分を守ってくれた兄の下敷きになり気を失なった。意識を取り戻して兄の姿を見て茫然としていたが、意識が現実に戻った時には、そうした光景が広がっていた。

 隆鷗が茫然と立ち竦んでいると、骸から真っ黒い煤のような塊が浮き出て人の形となったのだ。やがて、幾つもの人の形をした黒い煤のようなモノが骸の上を彷徨い始めた。隆鷗は何も考えられずにその光景をただ茫然と見ていた。


 それから隆鷗の視界から死んだモノの姿が消えることはなかった。


 隆鷗が、しゃがんだ寿院を目にした時、門から出た数本の蛇のような黒いモノが寿院の身体に絡みついていた。

 おそらく寿院は、それにより身動きができなくなっていた筈だ。

 隆鷗はそれを斬ったのだ。

 黒い蛇は呪符から現れていた。隆鷗が斬った後、呪符は消えてしまった。


 これを人に説明しても、誰も信じないことを隆鷗は知っている。だから何も言わずに、後ろ襟首を寿院に引っ張られるまま、様子を見ていた。


 だが、その途中、庭の隅の物置小屋なのか、そこの引戸がスルッと開いたかと思うと、もわっと何かが出てきた。黒い影だ。大雑把に人の形が象られ、ギョロリとした目がふたつ現れた。まるで何かを探しているような…監視しているような感じで辺りを見回しているのが見えた。


 なんだ、この家は…?と、隆鷗は思う。


 やがて、台所に着くと、隆鷗は板張りのに投げ入れられた。


 なんと乱暴な男だ!と、隆鷗は思う。


 寿院は、鉄鍋を乱暴に置くと、隆鷗に“見ろ!”と、言うように指を差した。

 茫然とした表情で鍋の中を隆鷗は見た。


 粥だ。

 この男はわざわざ粥を見せて何がしたい?馳走してくれるわけでもなさそうだ。


 「お前が食ったんだ。今朝、いつもより早く起きて、いつもたくさん野菜を持って来てくれる行商人に感謝をしながら、野菜を何種類も選び、刀で皮を剥き細かく切ったんだ。分かるか。それはすごく手間のかかる作業なのだよ。そして、朝昼晩思いたったらすぐに食えるくらいの量を作っておいたのだ。それをお前はたった一瞬で食ってしまった。分かるか?わたしの悔しさが…!」


 粥など食った覚えはないが、誰と間違えられているのだろう。と隆鷗は首を傾げる。だが、この男が何よりも粥を大事にしているのは伝わった。


 「何だよ、何とか言えよ。粥はな…!まぁ、粥の話しはいいとしよう…」と、寿院が言う。


 いいのか?


 「お前なのか?門に呪符を貼ったのは…?」

 「………?」

 「くそ!何も言わないつもりか?百歩譲って、お前が貼っていなければ、呪符が目印で、その家の者を殺そうとしていたのか?」


 あの呪符は目印なのか?あれが目印?目印な訳がない。相当強い術師によって呪いが閉じ込められていた。あんな呪符見たことがない。まるで無数の悪霊を閉じ込めたようだった。呪符から伸びたあの蛇のようなものはいったい何なのだろう。隆鷗はただ首を傾げるしかできない。


 「何だよ。ボケーとした顔で首を傾げてばかりだ。何とか言えよ…」と、寿院が嘆く。


 何とか言え…と、言われても、隆鷗はこの状況が一向に理解できない。

 しかし、この男がすごく追い詰められているのは分かる。


 隆鷗は、整理してみた。

 まず門に呪符が貼ってあった。すごい威力の呪符だ。それをわたしが貼ったと、この男は怒っている。わたしでなければ呪符を目印にして、現れたわたしに殺されると思っていたようだ。そして、この男はわたしのことを『呪い屋』だと勘違いしている。

 

 『呪い屋』…?

 なんだそれ。


 しかし、この男以外にもうひとりいる。普通に考えたら、庭の物置小屋に潜んでいるモノ、あれがすごく怪しくないか?人であればだが…。

 いや、人でなくても…。

 『呪い屋』などと呼称されているわけの分からないモノだ。

 どんなモノが飛び出てくるだろうか?

 

 何が潜んでいるのか分からないが、ものすごく興味がある。

 そう思った隆鷗は、むくっと立ち上がった。


 「わっ」と、驚いた寿院を見向きもせずに、つかつかと勝手口を出て行った。


 「えっ⁉︎いや、逃げる…の…か?そんな堂々と?」と、寿院も慌てて跡を追う。

 だが、逃げると思った少年が門とは反対側に向かったことで寿院の方が首を傾げた。不思議に思いながら寿院は、少年に付いて行った。

 すると、少年は、敷地の奥に建てられた物置小屋の引戸を勢いよく開けた。

 中から「うわぁぁぁっ」と叫び声が聞こえる。


 固まる寿院。


 物置小屋に男が潜んでいたのだ。

 寿院は、引戸から顔を覗かせ、男をガン見した。暫くじっと男を見た。

 「お前、口の周りにご飯粒がついているぞ」と、寿院が言うと、男は慌てて口を拭った。

 「…な、訳ないだろう。あれは粥だ!」と、寿院は、男を物置小屋から引っ張り出した。


 ごろんと、男が地面にひっくり返る。


 この男は乱暴者だな。と、隆鷗は思った。


 「お前かぁ?わたしの粥を盗み食いしたのは?」と、寿院が凄む。

 男は頭を抑え防御する。だが何も起こらない。


 子供か?

 寿院は、その子供と隆鷗を交互に見た。

 少年がふたり、同日に侵入してきた。これまでにこんな偶然はなかった。偶然なのか?

 寿院は、偶然という都合のいい現象をあまり信じていない。


 「何ゆえわたしの家の物置小屋に隠れていたのだ?」と、寿院が尋ねた。

 少年は、ゆっくりと、寿院を見た。

 「すみません。決して怪しい者ではございません」と、少年が言う。

 その時隆鷗が、背後から寿院の着物を引っ張った。

 「ん?」と、振り返ると、どうやら物置小屋を見ろと言っているようだ。

 「なんだよ」と、寿院が物置小屋の中を見ると、驚くことに、物置小屋がすっかりこぢんまりした住まいのように変わっている。

 畳、座布団、小机、寝床の為の枕と、綿の詰まった着物。どれも寿院のものだ。

 残念なことにそれらが無くなっていることに寿院は、気づいていなかった。

 「嘘でしょう…?いつのまに」

 「すみません。いろいろと事情がありまして…」と、少年がおどおどしながら言う。

 「事情だと?ゆっくり聞いてやるよ。ここでは何だ…、とにかく家に入ってくれ」と、言うと、寿院は、少年の腕を掴んで、本堂の入口まで引っ張った。


 勝手口がある台所は、独立していて、本堂とは短い渡り廊下で繋がっていた。寿院が少年を引っ張って来たのは本堂の入口だ。

 寿院は、少年を本堂に上がらせて、自分も入ろうとした時、もう一人の少年がぼんやり突っ立っていたので、声を掛けた。

 「何をしている。お前もさっさと来い」


 何だこれ。と、隆鷗は呆れていた。

 何でわたしが、この男の家に入らなければならないのだ?

 襟首を掴まれ、台所まで引っ張られ放り込まれ、挙句、食べてもいない粥を食べたと責められ、怪しい盗人まで見つけてやったというのに、この男は謝罪もなく、礼も言わずに、何をそんなに偉そうにしているのだ。まったく呆れたものだ。と、隆鷗は思う。


 しかし、寿院は、そんな隆鷗の思いなど知るよしもない。

 「なんだ?不満があるのか?お前は、わたしを斬ろうとしたのだぞ」


 それかぁ。

 面倒くさいなぁ。説明したとしてもこの男が理解するとは思えないし…。ただ、こんな所に長居はしたくない。と、隆鷗は僅かに不安を覚えた。正午はとっくに過ぎているだろうし、陽が傾きかけている。陽が暮れるのは早い。

 この男の家に上がり込んだら、たちまちとばりが降りてしまうだろう。そうなると、今夜は野宿だ。

 野宿はいやだ。

 隆鷗は途方に暮れてしまった。

 妙なことに首を突っ込まなければ良かった。

 「何をしている?」と、催促してくる男。

 こんなやつに関わらなければ良かったのに…。 

 面倒くさいが、説明しなければならないか。と、隆鷗はむすっとした顔をした。


 「人を探している。ここで道草くっている暇はない」と、隆鷗は言った。

 「えっ?お前『呪い屋』ではないのか?」

 「なんだその八百屋みたいなのは?」

 「八百屋ではないな」

 「んなもの知らねぇ」

 「探している人は、すぐに見つかるのか?」

 「多分」

 「だったら、心配ないよな。わたしを斬ろうとしたことの釈明はきちんとしろよ。後味悪いだろうが」

 「しかし…道がよく分からないから、やっぱりもう行く」

 「うーむ、すぐに見つかると言いながら、道が分からないって、言ってることがよく分からないのだが?」

 「道順が描かれた絵図がある」

 「おーぅ、それを見せてみな」

 隆鷗は、こんな男に見せて大丈夫なのか?と、思いながらも、これまでに迷いに迷った挙句、今ここにいる。助言が欲しいと、思っていたところで、あの呪符騒ぎだ。渋々絵図を懐から取り出して渡した。


 寿院が絵図を広げる。

 「うむうむ…おーう。こ、これは…」

 「分かるのですか?」

 「分からん」


 分からんのかーい!


 「そうですか。わたしは、そこに暗くなるまでに着きたい。でなければ野宿だ」と、隆鷗が言う。

 「あぁ、陽が暮れることを心配しているのか?だったら今晩はここに泊まればいい」と、寿院が提案してきた。

 「えっ?まさか…。わたしのこと殺人者かなんかと間違っていましたよね。そんな者を泊めるのって、平気なんですか?」

 「いやいやいや、お前はわたしからみれば、まだ子供だよ。そんなお前にわたしが殺されるわけない。しかもへっぽこだし…」

 「ふぅーん?世の中には奇妙な人もいるものだ」と、隆鷗は、男の提案に乗った。


 隆鷗は、先に上がっている少年のことがじつは気になっていたのだ。

 先程見た、物置小屋からもわっと出て来た黒い影の目。あんなものをこれまで見たことがなかった。それにもう消えてしまったが門に貼られた呪符のこともある。本当はがっつり調べてみたかったのだ。


 隆鷗は、寿院に案内されて、家の中に入った。変わった家だった。家の中に入ると、すぐに板張りの間。衝立で仕切ってあって、更に奥に進むと広々とした部屋がある。奥の上座には、大きな書の掛け軸が祀られている。掛け軸を除くと、まるで寺のようだ。しかし、そこまで大きくはない、こぢんまりした寺の印象だ。


 その真ん中に、少年が正座していた。

 寿院が入ってくるなり、少年が言う。

 「この家はまるでお寺のようですね。外観もお寺みたいだったが、中に入ったら、益々寺だと思った」

 少年の、まったく立場をわきまえない態度に寿院がむっとした顔を見せた。

 「まぁ、お前も座るといい」と、隆鷗に言うと、寿院もその場に座った。

 「時間はたっぷりあるぞ。二人ともきちんと説明してもらうからな」


 三人は交互に顔を見合わせた。


 その時、少年の身体からムクムクと黒い影が出てきて、再びふたつの目が見開くのを隆鷗は見ていた。


 おおおぅ!これだ

 もわもわの目ん玉のお化けだ。


 もわもわの目ん玉はゆっくりと、寿院から隆鷗へ視線を移していく。

 視線を合わせると面倒くさいので、隆鷗は視界の端っこでもわもわの目ん玉を捉えた。


 このお化けはいったい何だろう。動きが滑稽で何故か憎めないが、こうした類いのモノは油断できない。いつ豹変するか分からない。

 隆鷗は、気になって気になって仕方なかった。

寿院の家に突然現れた二人の少年。

死んだひとが見える隆鷗は、もわもわの目ん玉が気になって仕方ないようです。

もわもわのの目ん玉の正体とは…?

次回「目ん玉のバケモノ」

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