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欺く怪物


ずっと意識を失ったままの矩子が何故、そんな状態を陥ったのか?それを知る為に兄弟や弟子の助けを借りて奔走した苞寿だった。隆鷗の不思議な力が、隆鷗さえも気づかないうちに苞寿を導いていった…。




 本殿に響いた笑い声は、やがてそよそよと、月明かりを舞う柔らかい風に溶け込むように消えていった。

 一瞬静かになったかと思うと、ニャーニャーと猫が鳴き始めた。


 「話してもいいだろうか?」と、苞寿ほうじゅが寿院に尋ねた。

 寿院は、隆鷗を見た。

 隆鷗は、俯いて猫の言葉を聞いている。寿院は、苞寿を見て首を傾げた。

 「お前は、いったい何を言っているんだ?先生を困らせるな」と、信蕉しんしょうが言う。


 「文字を見る者は本当にいますよ」

 寿院は小声で言った。猫の言葉を聞いている隆鷗を邪魔しない為に囁くように言ったのだ。

 その時、鳴くのをやめた猫が寿院を見た。

 「出会った時は分からなかった。だが、突然、あの子が言った。わたしの周囲には溢れる文字が、いや言葉がいつも渦を巻いていて、わたしのこの美しい容姿が見えない…と。あの子にはわたしは文字の化け物に見えていたらしい。で、わたしの周りの言葉は、渦を巻いているうちに同じ要素を持つ者同士集まり、綺麗に整理されていくと、そんな奇妙なことを言う。あの子からしたら、わたしはいつも言葉を集めて、並べて、区分けして、櫃の中にしまい込むようなことを絶えず行っているらしい…。まぁ、思い当たらないこともないのだが…。無意識にしていることだからねぇ…」と、寿院が言った。


 「それって…その子を通じて、自慢しているだけだね」と、隆鷗が呟いた。

 隆鷗の呟きを信蕉しんしょうが拾った。

 「だな。文字が見える子の話しをしているようで、自分のことを自慢しているだけだ」

 「いや、実際、そう言われたのなら、普通に凄い。そんな事例をわたしは知らない」と、苞寿は言った。

 「でしょう…?」と、寿院が得意げに言う。

 「だが、お前様が話し出すと、話しがなかなか進まない…少し黙っていようか」と、苞寿が言った。

 寿院が萎縮すると、隆鷗が再びくっと吹き出した。


 「たま様、誐勢かぜ家の者のなかにそのような能力を持つ者がいます」と、苞寿は言った。「あなた様の大父様が同じ能力を持っていないということの方がわたしには疑わしいのですよ。わたしはここのところずっと誐勢かぜ家の記録を読み耽っておりました。疑問を抱くと、それを見つけるまで止まらないのです。疑問は、ふたつありました。黒司家当主が我が寺で面倒を見ている子供に興味を持ったことです。子供は、修行のために物乞いの格好をしていました。そこいら辺の物乞いと何の変哲もありません。ただひとつ虚空に文字が浮かび、それを読むということを除けば。しかし、当主はそんなことは知らなかった。なのに何故、興味を持ったのか?それがひとつ。そして、その子が当主から出てきた言葉を読んだのです。黒根家の掟、双胎の掟です。当主もまた、黒根家の双胎の掟で双子の次男を亡くされている。当主は分家にも関わらず、黒根家の掟で次男を亡くされていることに憤っていた。わたしは、この掟が妙に心に引っかかったのですよ」と、苞寿は言った。


 苞寿の言葉にみちの表情が硬直した。


 「黒司家当主もその子を知っているのですね?」と、たまが尋ねた。

 「ええ、姉上に言われて…」と、みちが口ごもった。

 「ああ、なるほど、そういうことか…」と、たまは、ちらっと猫の矩子を見た。


 「よろしいですか…?」と、苞寿がたまみちの様子を見ながら頃合いを見て尋ねた。「当主が興味を持った子は誐勢かぜ家の者です。もうすでにお気づきかと思いますが」


 「月子様が…月子様が誐勢かぜ家…?」と、隆鷗は驚いた。


 「誐勢家の始祖竜古(りゅうこ)様の血と、能力を受け継ぐ者を我ら時鳳司じほうじ家は五百年見守り正しく記録しております。五百年続いた誐勢家の記録のなかに、たったひとつだけ通常と違う祖霊様がいた。今から百年ほど前のことです」と、苞寿が言った。

 それには、獅舎ししゃ信蕉しんしょうも息を呑んで、苞寿に注目した。

 隆鷗はただ俯いていた。猫の前脚を握り締めた。矩子は、そんな隆鷗を見て思った。

 隆鷗ちゃん…きっと何も知らされていなかったのね…。


 御霊様が竜古りゅうこ様だということは聞かされていた。だが竜古様が誐勢家であることを隆鷗は知らなかった。そして、月子も誐勢家…。


 隆鷗は、寺で月子が悪霊と闘った時のことを思い出していた。悪霊の言葉で月子が御霊様の子孫だということは薄々勘付いていたが、それが誐勢家であるのならば、誐勢の名を持つ自分もまた、竜古様の子孫なのだ。月子は従兄弟ということになるのか?と、考えていた。

 「隆鷗ちゃん…苞寿様はいつも我ら誐勢かぜ家のことを想っていて下さるのよ。苞寿様が今話していらっしゃることは全て我ら誐勢かせ家に関わることなの。だから例えば隆鷗ちゃんが何も知らなかったのなら、それは隆鷗ちゃんの為を想ってのこと。自分が蚊帳の外だなんて思ってないでしょう…?」と、矩子が言った。

 猫がニャーニャーと鳴く間、何故か苞寿は黙った。

 猫の背中に隆鷗の涙がこぼれ落ちた。

 「隆鷗ちゃん…」ニャー。

 「すみません。本当にわたしは何も知らなかった。父上と兄上が何処の誰とも知らない兵士に殺され、これからは天涯孤独の身の上になったのだ。と、すごく怖かった。でも…そうではなかった。そう思うと、すみません。こんなつもりじゃ…矩子様に会ってから、ずっと…わたしは…」と、隆鷗は囁いた。

 苞寿が黙っていた為、隆鷗の小さな声は、苞寿と、寿院には届いた。

 獅舎や信蕉は、苞寿の次の言葉を待っていた為に、聞き取れなかった。それだけ隆鷗の言葉を聞き取るのに集中力が要った。ただ、瀬羅せらは聞き取れなくとも、隆鷗が何を言ってるのか、おおよその見当がついた。

 その他の者は、そもそも隆鷗という者の正体が分からず、隆鷗の言葉に真剣に耳を傾けたりはしなかった。


 苞寿は、隆鷗が矩子の名を呼んだのを聞いた。すぐに問いたい気持ちはあったが、焦燥など無意味だと悟った。


 「隆鷗様、話してもよろしいですか?」と、苞寿は言った。

 「あっ、はい。すみません苞寿様…」と、隆鷗が言った。

 「いえ、いいんです。いいんですよ隆鷗様…」

 隆鷗や、そして、陸、影近、箭重には、苞寿は何も話していなかった。

 隆鷗の言葉を聞いて、それで良かったのだろうかと、一瞬思ったが、話しを続けた。


 「今からおおよそ百年ほど前、誐勢家にも双胎の御子が記録されておりました。一人は竜古様の能力を受け継ぎ、もう一人は全く違う能力を持っていた。そして、違う能力の御子は抹消と記録されていた」と、苞寿が言った。


 「双胎の御子…?双胎?まさか、その御子が他者を傀儡のように操る能力を持っていたとでも仰るのか?」と、みちが尋ねた。

 「如何にも…」と、苞寿は答えた。

 「な、なんと。だが、わたしの聞き違いでなければ、その者は抹消されたと…?」と、みちが尋ねた。

 「ええ、そう記録されていました。しかし、わたしはこの記録に違和感を覚えた。その抹消という言葉に…。宗主の能力を聞き、わたしの違和感が何だか分かったのです。抹消。始末とは書いていない。であれば、その御子というより記録を抹消したと捉えた方が自然に思えます。つまりその御子の血筋を引いているのが、あなたと、みち様。そう考えてもなんらおかしくない」と、苞寿が言った時、猫が鳴いた。


 「違うのです、苞寿様。だけど苞寿様の考えは正しい…」矩子はそう訴えた。

 たまが矩子の言葉を聞いていた。

 「先程の話しは間違いないのか?」と、たまが尋ねた。

 「えっ?先程の話しと言うと…?」と、苞寿が不思議そうに尋ねた。

 「あっ…。なんでもないです。申し訳ない」と、たまは不用意にも普通の声で尋ねてしまった。少し混乱した。

 「間違いない…。虫に抑えられ、妨害されなくなった今、私ははっきり見てきた。間違いなかった。最初の人は、ただうつろを見るだけの人だった。そして苞寿様が言う通り誐勢家だ。双子の兄と妹。あなたはその妹の血筋。妹は決して決して人を操るような方ではない。兄が見る因果を妹が補佐していた。おそらく虚ろを見る能力は、因果の能力から溢れ落ちた能力。だから因果と虚ろは一体の可能性がある」と、ニャーニャーと矩子が言う。

 たまはじっと黙って考えた。百年前のことを苞寿に伝える必要があるのだろうか?たまのなかに虫が入り込んで久しい。母も、祖父の母から受け継ぎ、おそらく祖父の母も、更に母から受け継いでいるに違いない。もしも矩子が言うように我らが虫に操られていたとしたら…もう虫に毒された一族だ。


 苞寿がじっと猫を見ていた。猫が鳴き止むと、その視線はたまに戻った。まるで何もかも察しているように、隆鷗には見える。


 「そんな話し信陵寺の者には言えない…」と、たまが小声で言った。

 「駄目だ」と、隆鷗は言った。「誰が隠そうと真実は絶対曲げられない」

 「わたしは…これまで悪事を繰り返してきた。自覚がある」

 「それは虫のせい…」と、ニャーと猫の矩子が言う。

 「そんなモノのせいにできるものか…。わたしのしたことには変わりない」

 「いや、あなたはそれで良くても、しゅう君、そして、しゅん君…の為にも。あなたが変われば、過去も変えられる」

 そして、隆鷗は、もしかしたらかいの為であるかもしれない。と、思った。

 「言えぬ…」と、たまは項垂れた。


 「なんか、もう面倒くさいことをごちゃごちゃと言うなよ」と、寿院が横から口を挟んで来た。「苞寿様、わたしがちゃんと話しますから…。実は先程…いえねぇ…これは実際見たわけではない。あくまでもわたしの感想や空想ですから悪しからず」

 「いやいや、ここは大事な話しをしている。お前の感想や空想はいらない…」と、元兄弟子の信蕉が怒鳴った。

 「いいではないですか。寿院の感想や空想、是非聞いてみたいです」と、苞寿が微笑した。


 「ええ、わたしは、築地塀の外に兵が攻めて来たと聞いて、興味本意で外へ出たんですよ。だが、兵を見てみると、獅舎様のところでよく見る顔見知りの者がいて、挙句、瀬羅さんを見かけた。安心して、義忠殿の屋敷に戻った。すると…、あっ、その前にここの裏門のところでその猫ちゃんを拾ったんですよ…」と、寿院が言うと、信蕉が口を挟んできた。

 「掻い摘んで話せ!お前が話すと進まないと、先生に言われたばかりだろう」


 「はぁーい…。で、義忠殿の屋敷に戻ると、隆鷗君の姿を見かけなかったので、探しに行った。隆鷗君は本殿の近くでバカみたいにぼーっとしていた。よく見たら、宗主がいる。隆鷗君、宗主に見惚れていてね。しかし、そうではなかった。宗主が突然、踊り始めた。隆鷗君曰く、あの舞は父上がいつも踊っていた舞だ。そして宗主と隆鷗君は抱き合わんばかりの勢いでふたり喜び合っている。つまり宗主の身体に誰かが憑依していたということだ…」と、寿院が言う。

 「だ、抱き合わんばかり…?また出鱈目ばかり言う」と、隆鷗が言った。

 「宗主の中のモノは出た。しかし、その時、突然、隆鷗が青斬刀で闘い始めた。それからわたしの空想が狂い始めた。宗主の身体から出て来たモノは怪物だった。しかし、それだとわたしの中で辻褄が合わない。だからそこからぼろぼろだ。ただ、その後宗主は、わたしには見えない誰かと話していた。傍で隆鷗君が闘っているというのに。宗主は、全く隆鷗君を見ずにしきりに見えない誰かと話していた。まぁ、辻褄が合わなくても考えたら分かる。とにかく怪物と、わたしには見えない誰かがそこにいた」と、寿院が言った。

 「つまり…?」と、苞寿が尋ねた。

 「つまり、見えない誰かは隆鷗君の知り合いだ。そうだよね、隆鷗君…?」と、寿院が言った。

 「隆鷗様…。話せるね?」と、苞寿が言った


 隆鷗が猫を見ると、猫がニャーニャーと鳴いた。

 「宗主のたま様、もういいですよね」と、隆鷗は尋ねた。


 「今、暫く待って下さい」

 たまは、深いため息をついた。そして、覚悟を決めたように話そうとした時、みちが阻止した。

 「姉上、駄目だ。黒根家当主と、筝様、鬼仙兄弟にはこの場から下がってもらおう。我らの話しだ」

 「いや、筝は私の娘。そして鬼仙兄弟はあなたと共に暮らしていた。私は少なくとも家族だと思っているよ。但し黒根家当主を、私は家族などと思ったことがない。すでに黒根を棄てる心づもりが私にはある」と、たまが言った。


 「たま、おのれ…。お前は我が黒根家の加護の元これまで生きてこれたんだ。我らがいなければ、貴様ら姉弟などとっくにのたれ死んでいた。愚かなことを…」と、黒根家当主が唾を吐き散らしながら怒鳴った。


 「我らは両親と長屋で暮らしていた。ひどく貧しかったが悪くはなかった。父上は優しかった。ただ、幼いわたしは、愚かにも父上を嘘つきだと軽蔑していたことが心残りだ…。母上の力に目をつけた当時の黒根家当主が長屋を襲った。夜盗の仕業に見せかけて…。しかし、母上の応戦に遭い苦戦した、夜盗に扮した黒根は思わず母上を斬った。三人がかりだった。そしてすぐに父上を斬った。姉上が力に目覚めたのはその時だった。姉上は、夜盗の一人を操り、残りの夜盗を斬らせたのだ。だがもう遅い。両親は息絶えた後だった。姉上は怒っていた。操った夜盗を自ら斬らせた。何度も何度も己の刃で斬らせた。姉上の怒りが伝わった。そんな時、都合よく現れたのが黒根家元当主だった。我らに同情し、育ててくれた。しかし、幼かった我らは分からなかったかもしれないが、いくら何でももう気づいている。それが全て黒根家元当主の策略だということを。いえ何なら姉上は、黒根の屋敷に入ってすぐに気がついていた。そこで騒がなかった姉上の気持ちが分かりますか?」と、みちが言った。

 「突然、何の話しをしているのだ。わたしの父上のことを悪く言うな!父上がそんなことをするわけがないだろう!くそくそくそ!誰かおらぬか?」と、黒根戯山こくねきざんが叫んだ。

 「だから…皆んな築地塀の外に出てるって…」と、鬼仙きせんが呟いた。

 「姉上、わたしが今、戯山きざんを斬りましょうか?こんな放蕩息子、一捻りだ」と、みちが言った。

 その時、鬼仙きせんが立ち上がった。

 「いえ、師匠の手を汚すことはない。わたしが斬りますよ。こんなバカ息子目を瞑っていても斬れますから」

 「よい。そんな馬鹿は放っておけ。今更…。誰も相手にはしておらぬ」と、たまが言った。


 「ひどい言われようだ。少なくともあなたの旦那様でしょう。本当、誰にも冷酷だ、あなたは。私は下がってもいいよ。関係ないから…あなたを母などと一度も思ったことはない」と、そうが言った。

 その時、何故か寿院が言った。

 「お嬢ちゃんはここにいなさい。そうとか言ったな。お嬢ちゃん白水しろうず家を知っているね。少なくとも黒根家の名を笠に着て人を動かし、悪事を働いた。それに、白水家だけではないだろう。秦家、九堂家の若様…。覚えがあるだろう」

 「何のことを言ってる?ってか誰だお前は?」と、そうが叫んだ。

 「後でわたしがゆっくり思い出させてやるから、お嬢ちゃんはそこで大人しく座っていなさい」

 穏やかな寿院の表情は怒りを包み隠していた。


 「えっと…。宗主様、話してもいいですか?」と、遠慮しながら隆鷗は言った。

 「みちに聞いて下さい」と、たまが言う。

 「あっ、すみません。戯山きざんは後で斬るとしよう。筝様は、寿院殿が用があるらしい。しゅうがお世話になっていることだし…。お前たちはどうする?」と、鬼仙に聞いた。

 「勿論、ここにいます。わたしは師匠のことは父だと思っていますから…なんなら当主と筝様を見張っていますよ」と、鬼仙か言った。

 「僕が見張ってますから兄上大丈夫です」と、流歌るかが言った。


 「何処の馬の骨とも分からない連中にペラペラと黒根家の内情を話して、馬鹿なのか?今に後悔するぞ…!全く頭が悪いにも程がある…!」

 黒根家当主が怒鳴る。しかし、苞寿が睨むと黙った。


 「どうやら話がまとまったようですね。聞かせてくれますか…隆鷗様」と、苞寿が言った。


 「はい。あの時、宗主様に憑依していたのは、矩子様と言う方です。矩子様から聞きました。わたしの父上は叔父だと。父上の一番上の兄上の御子…。多分矩子様はすぐにわたしに気づいたんだと思います。だからわたしに分からせる為に舞った。お酒を飲んだ時とか、家族団欒の時、父上が愉快に思った時、いつも舞っていた。そして、兄上も共に舞っていた。二人いつも笑っていた記憶があります。わたしにはまだ分かりませんでしたが、でも、いつも何かから逃げている生活を送っていることは分かりました。そんな日々の些細な楽しみでした。わたしは幼かったゆえ、一緒に舞ったのか記憶がありません。でも、この間、白水家で優雨幻ゆうげん様の縛りを解く為に、怪しまれないように舞いながら縛りを解いたことがありました。いつの間にか父上の舞を舞っていました。わたしにも舞うことができました。しかし、優雨幻ゆうげん様の縛りを解いた後、妙なことを仰った。わたしの舞を見て、鬼の一族を知ってるか?と、聞かれた。わたしは知らない。と答えた。すると優雨幻ゆうげん様が言うのです。その舞を二度と舞ってはいけない。必ず守って下さい。命に関わることです。と…。わたしはその舞で宗主様の中にわたしの近しい人が入っているということがすぐに分かりました」と、隆鷗は一気に話した。

 隆鷗の言葉で苞寿をはじめ、獅舎や信蕉、瀬羅は黙り込んだ。苞寿は涙さえ溜めている。

 「隆鷗様…」苞寿はそう言うと、絶句したように再び沈黙した。

 と、同時にたまは涙をぽろりと流した。

 「わたしたちは、それをずっと探しておったのですよ。隆鷗様…。矩子様は霊となってこの世に舞い降りたのですね…?」と、苞寿が尋ねた。

 「いえ、何か違うと思います。信陵寺に居た時、わたしは悪霊や死霊ばかりを見ていたのですが、今はちょっと様相が変わりました。今は悪霊は見なくなりました。しかし、いまだ死霊は見ますが、わたしの中で死霊そのものの存在が薄くなってしまい、見ても何も感じなくなったので通り過ぎていくばかり。その代わりにうつろという空間を見るようになりました。最初は、異界と名付けておりました。始めて見たのが、寿院の屋敷に香舎流彗が攻めてきた時だった。その時、屋敷の空間がぽっくり開いたのです。その中は闇だった。そこから、なんとでっかい白蛇が出て来ました。そして流彗を捉えて異界の中へ連れて行った。しかし白蛇が連れていったのは御霊みたまだけ。流彗の身体は寿院の屋敷に残っておりました。空っぽの身体でした。そして、それが虚ろと呼ばれるものだと分かりました。わたしにはその虚ろの正体は分かりません。矩子様はそこにいたんだと思います。虚ろに…。だけど、矩子様の空っぽの肉体が何処にあるのか分かりません」と、隆鷗は話しを続けた。


 「苞寿様…」と、隆鷗の話しが終わると、すぐにたまが何か話したげに言った。

 「何でしょう?」と、苞寿が尋ねた。

 「矩子様が虚ろに入ってしまったのは、私のせい…。私は昔、上皇様の女房をしておりました。勿論、能力を買われたからです。しかし、一向にうまくいかない。そんな時、矩子様の名を耳にしました。入内した女御が助言をしていると。その頃から私の力が役に立たなくなった…そんな気がして…私は会いに行った。すると、まるで運命に導かれでもしたかのように矩子様に偶然会うことができた。私は一目で矩子様が普通の人ではないと感じた。私たちはそこで言い争った。ところが私は何もしていないはずなのに勝手に虚ろが開き、虫が出て来た。そして矩子様を虚ろへと引き摺り込んだ。虫とは、虚ろに生息する、現世うつしよとはまったく異なる形態をした虫です。幼い頃、私が契約したと思い込んでいた特別な虫…でした。その子が言うように矩子様の空っぽの肉体はこの世に残されたままだった。だけど、私はその後のことを知らない。逃げてしまったのです。そのことを今でも後悔しています。本当に申し訳ありません…」と、たまは涙を流した。

 「虚ろ…?初めてそんな話しを聞きました」と、ぽつりと苞寿が虚空を見つめて言う。隆鷗と、たまの言葉に獅舎を始め、信陵寺側は誰も口を開こうとはしなかった。


 そんな時、空気を読まない寿院が顎をさすりながらボソボソと独り言を言う。

 「あの時、宗主の身体から出て来たのは、矩子様と、そして虫。矩子様と共に虫も出てきたのか…。矩子様は宗主を救うために虫を追い出した…虫は虫でも怪物だ。虫の姿で欺いていた。まさに人に巣食う怪物だな。あの屋敷から黒根家当主がこちらに来るのが見えたから、慌てた矩子様は、わたしの猫ちゃんの身体の中に入り込んだのか…」と、言うと寿院の顔がにやけた。「猫ちゃんがニャーニャー鳴くたび矩子様が何かを喋っている。隆鷗君は猫ちゃんと喋っている。くそっ!こんな面白いことが目の前で起こっているというのに、何故わたしは猫ちゃんの言葉が聞き取れないのだ。ちくしょう隆鷗め!」


 そんは寿院を鬼仙が横目でじーと見ていた。


 隆鷗は唖然と寿院を見ている。

 「あー完全に自分の世界に入っている…。あーあにやけているし…」


 「こわい…」

 ニャー…。



苞寿は、隆鷗や陸、影近、箭重には竜古様の子孫の枷を外して、自由に生きて欲しいと願った。だから竜古様のことを御霊様と称し、あえて語っていなかった。しかし、宿命を背負う子供たちは、やがて自らの使命を課していく…。


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