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家族


ぱっと出の祭が陸に、これまで知り得た情報を語る。



 陸とさいは山を降りて、虚言様の屋敷に着くまで、ひどく回り道を繰り返した。万が一の追跡者を巻く為だった。

 屋敷に着くと、珍しく虚言様が出迎えてくれた。

 「おや?今日は、卜者ぼくしゃはお休みなのですか?」と、陸が尋ねた。

 「そうだね。陸様もいないし、つまらないだろう。だからこうして、帰りを待っていたのさ」と、虚言様が微笑む。

 陸とさいは、早速、履物を脱ぐと、土間の隅に置かれた桶の水で足を丁寧に洗った。

 「おやまぁ、泥だらけだ」と、脱ぎ捨てられた履物を見て、虚言様が呟いた。

 「今日の散歩は過酷でした」と、陸が笑う。

 「さあさあ、さい殿よ。今日は、宋から伝わった茶でも淹れますので、ゆっくりくつろいでくれ。屋敷の隅の、庭の緑に囲まれた静かな部屋で茶を淹れよう。あそこだったら静かだ」と、虚言様がいつもと様子が違う。

 「すみません虚言様」と、さいが言う。

 二人の様子を見て、陸は首を傾げた。

 「何だよ?茶なんて…?僕は大の字で横になりたい」と、言いながらも、陸は、虚言様とさいの後をついて行く。そして、すぐに静かな部屋に辿り着いてしまった。


 虚言様は、その部屋には誰も通さない。庭の樹木だって、静かな部屋に合わせて、こだわりぬいて植えていた。狭くもないが決して広いとは言えない絶妙な広さの部屋だ。床板が目立たぬように畳が敷かれてある。そして、絹で覆ったしとねが三枚、ちょうど人数分、付かず離れず置かれ、その前にお茶の器がお膳の上に乗っていた。

 それは虚言様が、陸とさいが戻ってくるまでの間に準備したのだと分かる。

 その様子を見て陸は、これから重要なことが語られるのだなと、理解した。

 陸は、一番下座に腰を下ろそうとしだが、それを虚言様が阻止して、上座を勧めた。

 陸は居心地悪そうに腰を下ろした。そして、さいが真ん中に腰を下ろし、虚言様が一旦、中腰になって、それぞれの器に茶を注いで、最後に結局、下座に腰を下ろした。

 そして、皆が茶を飲んだ。

 誰も口を開こうとしなかった。

 やがて、最初に虚言様が口を開いた。

 「陸様…これから祭殿が話すことは頗る重要な話しのようです。まぁ、わたしは然程の興味もないゆえ、こうして準備だけ整えたら席を外すつもりでしたが、祭殿が立ち会ってほしいと仰る」と、すました顔で虚言様が言った。

 「何を仰る。本来なら虚言様にも重要な話しです。虚言様。いえ、時鳳司じほうじ光旒こうりゅう様」と、祭が言った。

 「へぇー時鳳司光旒…頭の良さそうな名だ。苞寿ほうじゅ様と旋寿せんじゅ様は寿がつくけど、獅舎ししゃ様と光旒こうりゅう様は寿が付かないよね。なんか意味があるの?」と、陸が茶化した。

 「うっせーよ」と、虚言様が言う。

 「寿院様も寿がつく。なんか関係があるの?」と、更に陸は茶化す。

 「それ、旋寿せんじゅの前で言ったら殺されるからな…」と、いつになく虚言様の言葉が雑だった。

 「と、言うことは…良くも悪くも意味があると言うことだ」と、陸が言う。

 「まったく、この子は可愛げのない子だ」と、虚言様が呆れる。

 「まったくだ。陸の洞察には驚かされる」と、祭が言う。

 「まぁ、寿院殿の洞察力とどちらが優れているだろうね。あれにも驚かされるよ」と、虚言様が言う。

 「へぇー?何だか間抜けな顔しているけどな…?で、どうして旋寿様から殺されるの?」と、陸が不思議そうに尋ねた。

 「まぁ、不思議に思うよね。寿院殿と旋寿は一見なんの関係もなさそうだものね。実は旋寿と隆鷗様の父上は知音なんだ。刎頚ふんけいの友と言っても過言ではない。此度隆鷗様が信陵寺を出て行ったと聞いて、旋寿は絶対に隆鷗様を息子にしてもいいと思うほどに手元に置きたかったはずだ。でも、隆鷗様は寿院殿のところに行った。旋寿は心配でならないし、寿院殿に対して嫉妬しているんだよ。あいつも可愛い一面があるよね」と、虚言様が微笑む。

 「えぇぇー隆鷗は、月子様が寿院のことばかり言うから、どんなやつか見たかっただけなのに、嫉妬はないよ。影近が嫉妬するだろう」

 「へぇーそうなんだ。これはまた…奇妙な縁だ」と、ぽつりと祭が言う。

 「ああ、あいつは影近様にも献身的だったからね」と、虚言様は思い出したように言った。

 「ところで陸様…」と、祭が突然様付けで言う。

 「何だよ?様とか付けるなよ。って言うか、ずっと不思議なんだよ。苞寿様も、虚言様も旋寿様もみんなわざわざこんな子供の僕に様を付ける。いや、僕だけではない。影近、隆鷗、箭重やえさん、皆等しく様を付ける。それは家の関係なの?だって、信蕉しんしょう様や至誡しかいは僕らに様は付けない。瀬羅せらさんはその時その時によって変わる。絶対ではない。だけど時鳳司じほうじ家は皆、絶対だ。絶対に僕らを呼び捨てにはしない。様を付ける。そこになんか秘密があるのでしょう?」と、陸が言った。

 「ああ、そうだよね。わたしも家のことなんて何の興味もないのだけど、血かね。時鳳司家は、ずっと昔から誐勢かぜ家の家臣だからね。信陵寺の頂上に祀られている始祖様と祖霊様のことは知っているよね。始祖様、誐勢竜古かぜりゅうこ様の脈々と続いた血筋が陸様、影近様、隆鷗様、箭重様のお家。そして竜古様の血を最も濃く受け継いだのが月子様。竜古様には生まれ持った不思議な力があった。そして、その能力を確固たるモノとする為にずっと厳しい修行をなさっていた。竜古様は膨大な因果の糸が見えていたらしいので、過去、現在、未来の複雑に絡み合う糸を読み解き、この世を見透すことができた。そして、竜古様から後の世代にそういった不思議なモノが見える、力ある者が生まれるようになった。この世代には月子様が生まれた。月子様は人の因果を文字で読み取っている。それは陸様も知っているだろう?」と、虚言様が言った。

 「えぇぇっ?さらっと重いことを言いましたね。山の頂上に祀られている始祖様と祖霊様の話しは知っていましたが、それは、僕らとは無縁の神様かなんかかと思ってたんだけど…わぁぁ、そんな話し聞かされても…月子様は身近なのかもしれないけど、やっぱり僕には関係ない話しだ」と、陸が混乱している。

 「関係なくはない。我らは、誐勢かぜ家、時鳳司じほうじ家関係なく祖霊様を守らなければならない家臣だ。わたしも幼き頃からお家など関係ないと豪語していたが、結局陸様を補佐する役目を与えられた。我らは共に月子様を守らなければならない」と、虚言様は穏やかな口調で言う。

 「補佐なんて、そんなこと言わないでよ。でも…」陸が言う。だが、次の言葉はすごく声が小さかった。「可笑しいな。それは可笑しいよ。だったら隆鷗は何なんだ?」

 「隆鷗様…?」と、虚言様が首を傾げた。

 「えっ?苞寿様から何も聞いていないの?隆鷗は悪霊が見える。巨大な、漆黒の闇が広がる穴を見た。そして、信陵寺の麓の屋敷を覆う大きなうねる闇を見た。そして、麓の屋敷の悪霊と闘ったんだ。隆鷗は闘ったんだよ。それは御霊様…始祖様と何も関係もないというのかい?なんで、月子様のことばかりなんだ」と、陸は僅かばかり声を張り上げた。

 「それは分からない。今、兄上が調べている。我らの祖父が降霊術の研究をしていた。もしかしたらそれに関係しているかもしれない。いずれにしても隆鷗様の能力は因果の能力とは関係ないから始祖様の力を受け継いだ力ではないと考えられる。だが、兄上は、何故、突然隆鷗様がそんな力を持ったのか、それは何かしらの因縁だと考えているんだが、いずれ隆鷗様の力に役割が見えてくるのかもしれない」

 「なんだよ。隆鷗ばかりが苦労しているじゃないか?今も、黒根家で気を失っていた。月子様ばかりに目を向けずに隆鷗にも目を向けてよ」と、陸が言う。


 その言葉に祭が微笑む。

 「何が可笑しいんだよ?」と、陸が怒鳴る。

 「いや、すまない。昔を思い出した。陸の父上は、誐勢家の次男で兄弟を慈しんでいた。静かに兄弟を守っているような強い方だった。今の陸様のように…。歳が離れたせいもあるのか、自由でやんちゃな竜鷗りゅうおう様のことをよく庇っていた。いつも静かに見守っていたな。陸様の父上は兄弟を守るために進んで間謀となった。今では、都に数多く点在する間謀組織の御頭様だ。そして、その跡をあなたが継ぐのです」と、突然祭が言った。

 「何を言っているんですか?」と、陸が言う。

 「陸様…あなたには素質も素養も両方備わっている。我らにはあなたが必要なのです。隆鷗様が黒根家に足を踏み入れたことで事態が急変したのです」と、祭が言う。

 「何を言っているの?何を…だって、隆鷗が黒根家に行くことを虚言様止めなかった。そんな…」

 「止められないです。何もかも隆鷗様と寿院殿二人が事を早めた。でも、陸様誤解しないで。それは我らにとって好都合なのですよ。だからこうして陸様に話している。本当は、こんな話しをするのはもっと先のことだと考えていたのだけど…」と、虚言様が言った。

 「陸様、これからは間違うことができない。だから陸様にわたしの知り得た情報を全て伝えます」と、祭が真剣な面差しで言う。

 「何だよ。間違うことができないって、緊張で腹が痛くなるじゃないか…」と、陸は萎縮する。

 「陸様の父上が間謀となったのは、月子様の母君、矩子のりこ様を救うためなのです。矩子のりこ様は、誐勢かぜ家当主の娘で矩子のりこ様も竜古様の因果の力を持って生まれた祖霊様となるお方。因果の枝葉が見え、枝葉から多くのモノが心に流れ込んでくると言っていました。その能力に目をつけた美福門院がわざわざ遠縁の養女に迎え、矩子様を二条天皇に仕えさせた。やがて女御とし入内させたのです。それから二条天皇の親政は上手くいくようになりました。ところが何故か、突然矩子様がお隠れになったという知らせを受けたのです。矩子様は祖霊様として祀られるお方だから、御遺体を引き取らなければならない。相手は朝廷だったからそれは大変でした。やっとの思いで矩子様が戻って来たのですが、実は御霊は失っていたのですが、死んではいなかったのです。心の臓は動いております。しかしそれ以降目を覚ますことはない。未だ眠ったままなのです。だが、誰かの怒りを買った誐勢家は、呪詛の汚名を着せられ朝廷から追われることとなり、一家はばらばらになってしまった。矩子様の家族、つまり誐勢家が討伐され、そして、誐勢家当主の兄弟、三男の影近様の家族が何者かに暗殺。嫡女の箭重様の家族に至っては付け火によって暗殺され、そして、ずっと逃げ延びていた末弟の隆鷗様の家族も謎の兵に殺されました。陸様の父上は、矩子様が戻って来たと知らせを受けて、すぐに調査を始めるために間謀として、自ら家を捨てばらばらになったために今日こんにちまで無事でした。ただ、陸様は捨て子となってしまった。しかし、我らはずっと影で見守っておりました。陸様は本当に逞しく生きていらっしゃいました」祭が静かに語る。

 陸は、一度も遮らなかった。

 「矩子様の父上、誐勢家当主と奥方様は、矩子様の御遺体を追って来た討伐隊に殺害されてしまい、いち早く危険を察した御当主様から我らは矩子様を託されました。そして、我らは時鳳司家に託しました。矩子様のことを誰よりも分かっていたのが御当主様と奥方様でした。何故、矩子様があのような状態に陥ってしまったのか、我らにはどうしても分からなかった。長い間、陸様の父上の指揮のもと、ずっと調べておりました」と、さいは話しを続ける。

 これまで話しを遮らなかった陸がぽつりと口を挟んだ。

 「えっと?月子様って、矩子様の娘なんだよね。月子様って、その時どうしていたの?」と、陸が言う。

 「月子様かい?月子様は清涼殿の北側の殿舎にいた。月子様には乳母の登葱とき様が傍にいたので、矩子様が倒れた時に何かを察したのか、赤子の月子様を抱いて、朝廷を出ている。登葱様はいつでも朝廷から逃げられるように常に準備を怠らなかった。そして、誐勢家に戻ることなく、苞寿様のところに逃げ延びていた。登葱様は、矩子様が異常を察していて、何か起こったら、何も考えずとにかく月子様と共に逃げるように言われていたらしい。その際は誐勢家に戻らず苞寿様のところへ逃げろと、言われた…と。しかし、登葱様は異常な空気を感じただけで、何も分かっていなかった。異常な空気を感じた時、幻なのか、黒い龍が空に登ったのを見たから逃げる決断をしたと言っている」と、祭が言う。


 「それからずっとさいは矩子様のことを調べていたの?」と、陸は尋ねた。

 「はい。ずっと。わたしだけではなく、時鳳司家の苞寿様、獅舎様、光旒様、旋寿様、皆です。そして、都に点在している苞寿様の弟子と、我ら御頭様配下の者全員。だが、恥ずかしながら、何年かかっても解明できなかった。御頭様が上皇の女房に怪しい術を使う者がいるというのを突き止め、それを手掛かりに獅舎様が白蛇の呪いで呪詛をすると触れ込んでいた呪術師の香舎家にしばらく張り付いていた。その時、怪しい力を使うという謎の少女のことを耳にしたのだが、調べても調べても、その謎の少女のことは解らないままだった。ところがある時『呪い屋』という子供が面白がって流したような噂が広まった。そんなある日噂の当事者の九堂家の奥方が獅舎様を訪ねて来た。『呪い屋』の噂について相談に来たのだ。獅舎様は、その頃、謎の少女のことを探していたこともあり、三軒隣りに住む寿院という男がなかなか面白い男で洞察力もあるし、何か面白い情報も持って来そうだったから、子供じみた『呪い屋』のような事件は寿院という男に任せることにした。と、獅舎様から聞いたのですが、まぁ、それはずっと後に聞いたのですよ」と、祭が言った。


 「ああ、その事件は祭が山で言っていた米蔵の横領に繋がる話しだ。その頃から祭の駒が嵌り出したんだな?」と、陸の表情がわくわくしている。

 「いやいや、そんな単純でもないのだが、まぁ、当たらずとも遠からずってところかな」と、祭は苦笑した。「寿院殿は、実は昔苞寿様の弟子だったんだよ。だけど、理由は分からないが、破門になっている。で、苞寿様は破門したにも関わらず、いずれ獅舎様か旋寿様に与えるはずだった寺を寿院殿に与えた。それが不満だった獅舎様はわざわざ三軒隣りに屋敷を構えたが、なんだかんだと、寿院殿を気にかけている。まぁ、最初は獅舎様も寿院殿を追い出して寺を取り戻すつもりだったらしいけど、いつのまにか寿院殿に取り込まれてしまった…って言うのはわたしの憶測だが…まぁそんな話しはいいとして…寿院殿が『呪い屋』を調べるようになってからというもの、我らが調べていた矩子様の因果が少しずつ見えるようになったのさ」


 これまで黙って祭の話しを聞いていた虚言様が突然口を挟んだ。

 「寿院殿は、何故かわたしのところにもよく来ていたね。どうも獅舎兄が噂を知りたきゃ、虚言様と呼ばれているいい加減で法螺ふきだが、十に一つくらい真実を言う。しかもとびきりの真実を言う卜者ぼくしゃがいるから、そこへ行ってみろ。と、これまた大袈裟なことを言ったらしい。それで面白がって寿院殿が来るようになった。『呪い屋』を調べている時もそうだね。たびたび足を運んでいたよ。まぁ、情報を聞くというより、秦家とはどんな家か?役職は?位は?子息は…と、暫くわたしに張り付いて、わたしのところに訪れる客に聞きまくっていて、たいそう迷惑したよ」

 「えっ?それ、絶対虚言様も面白がっていただろう。目に浮かぶよ」と、陸が言った。

 「寿院殿は面白いからね。仕方ないね…」と、虚言様が笑う。

 「それから空っぽの秦家に実際に忍び込んだのか?無鉄砲だな」と、陸が呆れる。


 「そして、いよいよ隆鷗様が寿院殿のところにやって来た。苞寿様は、必死で誐勢かぜ家の生き残りを探したんだよ。そして、陸様、影近様、箭重様を探し出して、最後に隆鷗様を信陵寺へ連れて来たんだが、そんな隆鷗様が何故、寿院殿の所へ行ったのか?本当に謎だった。だけど、それが必然だったと陸様の話しで分かった。隆鷗様は、月子様を通して寿院殿の所に行ったとしたら、矩子様のお導きなのではないかと思ってしまうよ。それから寿院殿は隆鷗様と共に白水家へ行って、乗っ取られていた白水家を救った。あまりにも呆気なく解決してしまったので、どうやら『呪い屋』の怒りを買ったようだった。まるで歯車がはまって一斉に動き出したような感覚だ」

 祭は、そう話すと目の前のお茶を一気に飲み干した。


 「そうさ動き出したのだよ。ある日、寿院殿の屋敷の周りに怪しい者が数人隠れ潜んでいるところを見た獅舎様は、寿院殿が危険なことに巻き込まれたのではないかと、紗々(さしゃ)さんに寿院殿の屋敷を見張るように言うと、すぐに隠れ潜んでいた男共を次々と倒して、獅舎様の屋敷の物置小屋に閉じ込めた。すると、突然、隆鷗様が、奇妙な気を纏っている少女を連れて訪ねて来た。獅舎様は咄嗟に少女に刀を突きつけた。それほど少女が纏っている気が怪しくて危険なモノだったのだ。獅舎様は、隆鷗様と話しているうちに、もしかして、この少女が、探している謎の少女ではないかと思ったらしい。すると、少女が香舎の名を口にした。獅舎様は、その時顔には出さなかったが、ひどく驚いたと言っていた。何処を探しても見つけられなかった少女が寿院殿の屋敷にいたことを。それを皮切りに次々と香舎家兄弟が寿院殿の家を襲撃したそうだ。そして、最後の刺客、香舎流彗かしゃりゅうけいが襲って来た時、獅舎様は不思議なことを耳にした。なんと香舎流彗は異界から現れた白蛇に御霊を取られ死んでしまった…と。しかし、その夕刻、紗々(さしゃ)さんと、例の少女がいなくなった。獅舎様は怖いお方だが、実は紗々(さしゃ)さんのこととなると、狂ってしまわれる」と、話すと、祭は空になった器に口をつけた。

 「おやまぁ、気が利かずにすまないね」と、虚言様が茶を注いだ。

 それを祭は一気に飲み干すと、再び話し始めた。


 「翌朝、寿院殿と、隆鷗様と、もうひとり、隆鷗様と同時期に居候した秋という男の子、そして、苞寿様の右腕、瀬羅さんが紗々さんと少女の奪還に向かった。しかし、時を同じくして、獅舎様も動いた。腕の立つ名ばかりの使用人を連れて、香舎家を襲撃していたのだ。そして、香舎浄西を捕まえて、少女に関することを全て聞き出していた。少女は、戒と名付けた、黒根家宗主の双子の次女。しかし黒根家には代々続く厳しい掟がある。双胎は嫡子嫡女を残し、次男次女はその存在ごと抹消しなければならない。といった掟だ。浄西は、次女を殺すように命じられた。しかし、流石に産まれたばかりの赤子を殺せず、暫く田舎の遠縁に預けていた。だが、再三宗主から始末した証を見せるように言われたのだが、その度にのらりくらり誤魔化していた。だが次第に恐ろしくなって、同じ時期に餓死で亡くなった身代わりの赤子を探して、その骨を差し出したのだが、恐怖は一向におさまらず、遂にまだ歩くこともできない幼な子を山犬にでも食い殺してもらおうと、山に連れて行った。ところが不思議なことが起こった。山犬が出そうなところに置き去りにした。しかし、見届けるためにそこに戻ったそうだが、その時、幼な子を前に山犬が争い始めて、全滅したそうだ。浄西は、幼な子の不思議な力を見たのだ。まるで山犬を操ってでもいるかのような不思議な力を。それで浄西は幼な子を連れ帰って、育てることにしたが、宗主に見つかると命も危うい。家に置くわけにはいかない。少女には人を操る力があることが分かっていた。使用人を使って実験をした。少女と眼が合うことでその力が発揮されることが分かった。そこで利用できる貴族を物色し少女の、人を操る力を使って家ごと乗っ取る。そして、少女を育ててもらい、呪詛師、香舎家の名声を広めてもらった。一石二鳥だ。と、言うと、浄西は狂ったように笑ったかと思うと、ぴたりと止まり、今度はひどく怯えた顔をして、戒の存在が知られる。もうおしまいだ。早く消さないと、一刻も早く存在そのものを消さないと、わたしは破滅だ。と、再び狂ったように叫びながら暴れ出し、身内の者を次々と斬ったそうだ。香舎家は全滅し、最後に浄西自ら首を掻っ切って死んだそうだ」と、言うと、祭は呼吸を整えた。


 「えっ?なんと壮絶な…」と、陸はため息をついた。


 「獅舎様は、浄西の話しを聞いて、何故だか全てを悟ったように理解した。御頭様が言った、上皇の女房に不思議な術を使う者がいるというのは、戒の母親だ。と、獅舎様は思ったそうだ。そして、今、寿院殿と隆鷗様が黒根家にいる。獅舎様は今人を集めている。我ら御頭様の配下も集まっている。今頃、静かにゆっくりと黒根家の屋敷を取り囲んでいる頃だろう」と、祭が言う。


 「えっ!?隆鷗…危険なの?」と、陸が驚く。


 「実は隆鷗様と同時に寿院殿の屋敷に居候したしゅうという子…。獅舎様は、ただ飯をたかっているだけの餓鬼だと思っていたのだが、その子こそ、黒根家に深く縁がある者だったのだ。寿院殿は、獅舎様にいろいろ相談していたけど、どうやら肝心なことは話していない。隆鷗様に不思議な力があることさえ打ち明けていない。そして、秋という子供に関してもいっさい話していないのだ。だから我らには測れない。万全な体制を取るのみだ」と、そう言うと、祭は、小さくため息をついた。


 「隆鷗は、器用ではない。寿院様みたいな、そんな人が傍にいなければ、忽ち汚い大人に利用されるよ。決して隠し事などできないんだよ、あいつは。僕は寿院様という人は知らない。だけど、隆鷗の力を秘密にする必要があるから、言わないんだよ、きっと…」と、陸は、ぽつりと言った。

 「陸様の言葉は的確だな。さすが、隆鷗様の家族だ」と、祭が言った。

 「えっ?家族?隆鷗と僕は家族なの?」

 「当たり前だ。何言っている。陸様と隆鷗様は誐勢家だ。立派な家族だ」

 陸は、なんだか嬉しいような照れ臭いようなこそばゆさを感じた。


 「しかし、寿院様の元に吸い込まれるように集まってくるよね」と、ぽつりと陸は呟いた。



虚ろで、春から自分の身体を探してくれと頼まれた隆鷗。うつしよに戻ってきたが…。


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