春君の影
寿院が逃げ切った、一刻後の貧民街での出来事。そして、義忠に助けられた寿院と隆鷗だったが…。また、何かに巻き込まれようとしている…。
一見、ずっと平和に見えていた、貧民街を襲った突然の騒動から一刻ほど過ぎると、辺りはかりそめの静けさを取り戻していた。
貧民街には三つの縄張りが存在し、それぞれ頭がいた。
男は、頭のひとりを捕まえた。
「四人の男はどうなった?」
頭は、ひどく怯えたように身体を硬直させ、震える声で答えた。
「二人は、裏門の竹の門扉を飛び越え、山の中に逃げて行きました」
「えっ?それは逃したという意味なの?それってどうなのかな?だってあそこには義忠殿の配下が守っているだろう?」と、男は、無表情に尋ねた。
「申し訳ありません。門番たちは、あっという間にやられてしまい。いまだにのびたままです」と、頭は声を震わせて答えた。
「まぁ、あそこは義忠殿の管轄ゆえ、口出しはしないとして、それであなたたちは、それを黙って見ていたのですか?」と、男はかすかに眉間に皺を寄せた。
「いえ、もちろん跡を追わせております…」と、頭が言う。
「そうですか…。もし手ぶらで戻って来たら、始末しておいて下さいね。で、後二人は…?」と、冷たい表情で男が尋ねた。
「後の二人は、義忠様の屋敷に入っていきました…」と、頭が言うと、男の表情が厳しくなった。
「義忠殿の…?これはこれは…。義忠殿の手のものとでも言うのかい?」と、男が言う。
「分かりませんが、秋様も共にいたということでした。行き倒れていた少年を義忠様が抱えて、どうも招き入れた様子だったとのことです。本当に義忠様は謎のお方。何の目的で我らの領域を荒らしたのか…?」と、頭が言う。
「あなたは何も分かっていないのか?なんと、半端な報告だ。あなたたちは、勝手にこの狭い領域で縄張りを主張し足を引っ張りあっているようだが、義忠殿がいつかその隙を突いてあなたたちを追い出すかもしれませんね。いや、一人残らず殺すかもしれませんよ。そうなってもわたしは痛くも痒くもない」と、男が言う。
「いえいえ、決してそのような…いくら義忠様とはいえ、神通力を手にした神に手を出すことなどできませぬ」と、頭は慌てて言った。
「ですから、わたしは、あなたたちが義忠殿に秘密裏に殺されようと、痛くも痒くもないと、そう言っているのですよ」と、男が言う。「そんな中途半端な報告をせずに、あの男たちの正体と、義忠殿との関係をきっちり報告しなさい。さもなくばわたしがお前を殺す…」
そう言うと、男はその場を離れた。後ろで腰を抜かした頭を振り返ることもなかった。
貧民街の真ん中に長く軒を連ねる長屋がある。外観は、ひどく傷んだ長屋だが、中に入ると、壁を取り除いた長くて広い一つの建物だった。長屋の端の引戸から入ると、ずっと奥まで鈍い光沢を放つたいそう上質な床板が続いていた。両脇には書籍棚があり、巻き物や冊子が所狭しと並んでいた。書籍棚は建物のちょうど真ん中部分まで並んでいる。真ん中には、畳が数枚重ねられた寝床の空間と、更に奥に行くと、衝立障子と机がある。机の上には『異文の書』が置かれていた。そして、更に奥へ行くと、再び書籍棚が並んでいた。
男は、ゆっくりと、寝床まで歩いた。
寝床には重ねられた畳に上質な絹の褥の上で綿の詰まった着物に包まって、少年が眠っている。
男が少年の寝顔を見ると、唐突に瞼が開かれた。左眼には奇妙な形の傷があるので、瞼が開かれても、錯覚で瞬時に瞳を見分けられない。
「兄ちゃん…お帰りなさい」と、言うと、少年は上体を起こした。
「ただいま…うるさくなかった?起こさなかったかい?」と、男が尋ねた。
「えっ?何かあったの?」と、少年が尋ね返した。
「たいしたことではない。ちょっとうるさかっただけだ…」
「ううーん、全然気にならなかったよ」
「流歌は、虚ろにいたのかい?」
少年は流歌と呼ばれていた。
「うん、虚ろにいたよ。虚ろにいたんだ。でね…兄ちゃん、僕、やっと見つけたんだよ」と、流歌がはしゃぐ。
「馬鹿だな。兄上と呼びなさい…」
「誰もいないから兄ちゃんでいいでしょう?」
「何を見つけた?」
「眷属…」
「眷属?」
「そうだよ。ぼくの同類。現世と虚ろの境目のない場所に存在する者。僕は見ていたんだ。いつも、やつは小さな穴から覗いていたんだよ。だけど、やつは僕のことは知らない。見えていなかったんだ。でも、僕には見えていた。僕は少し自分が誇らしかった。やつは知らないのに、僕だけが知っているんだってね…。だけど、兄ちゃん…僕は何も知らなかったんだ。本当のやつのことを…」と、流歌は取り止めもなく話す。
「流歌、何を喋っているんだ?兄ちゃん分からない。落ち着いて話せ」と、男が言う。
「そうだよね。何を言っているか分からないよね。僕も今は少し混乱している。だけど…多分、この世には、珠様の血筋を受け継ぐ者だけではないんだよ」と、流歌は言った。
「珠様の力を受け継ぐ者だけではない…?どういうことだ?何を言っているんだ?流歌。何があった?まず、そこから話そう」と、わずかに男の表情に動揺が見られた。
「虚ろで出会ったんだ。珠様のように自由に…自分の意思で虚ろを行き来する者に…。だけど、やつは何も分かっていなかった。そこが虚ろであることも…。自分の意思で入って来たことも…。そして、虚ろの虫たちを呼び寄せ、何もせずに虚ろを去った…」と、流歌は微笑を浮かべながら言った。
「それは、誰なのだ?」
「分からないよ。だけど、僕はほんの少し前からその子が時折小さな穴から虚ろを覗いていることを知っていたんだ。その子は虚ろの虫も見えていた。虫たちが小さな穴から抜け出し、その子の身体に侵入しようとしても、いつもそれを阻止していた。虚ろから抜け出した現世でも、その子には虫が見えていた」と、流歌が言う。
「そんなやつが春様以外にいるのか?」
「春…」流歌の顔が一瞬沈んだ。「いや、だって春様は確かに天才だったけど、あの子はそういう類いの者ではない。おそらく虚ろの文字など知らぬはず…。しかし、僕の左眼の文字を読まずとも見た瞬間に理解していた。虚ろであの子に勝てる気がしない…」と、流歌が言う。
「そうか。だとしたら、仲間にするか、或いは、虚ろを知らない今のうちに現世で始末する。どちらかだな」と、男が言った。
「だけど…、現世のあの子のことは何も分からないんだよ」と、流歌が言う。
「そんなことは流歌が心配しなくてもいい…」
「だけど…多分、あの子のこと甘く見ない方がいいと思う…。なんか得体の知らない不気味さを感じた。あの子はこの場所を写した虚ろで、『異文の書』を持ち帰ろうとした。物体など、何の意味もなさないことをまだ知らなかったようだ。だけど、どうして『異文の書』に興味を示したんだろう…?」と、流歌は首を傾げた。
「だとしたら、それは秋様に聞いた方がよさそうだね。筝様は、あの『異文の書』を秋様から取り上げてるからね」
「それを兄ちゃんに与えた。僕はすごく疑問だ。秋様は、春様と違って、虚ろの文字に何の興味も持たなかったのに、なんで秋様があの書を持ち歩いていたんだろう?天才の春様と違い、秋様は、本当に凡人だ。『異文の書』なんて子供の落書きくらいにしか思っていないよね」と、流歌が言う。
「それこそ秋様を甘く見過ぎだ…」と、男が言った。
秋は路が育てた嫡子だ。子供の頃からずっと路を見て育ってきたのだ。春は確かに天才だった。そして、反対に秋は恐ろしく凡人と誹られ目立たず、控えめに生きてきた。だからといって、春の影に隠れていたわけでもない。男の目には、秋は自由を楽しんでいるように映っていた。
路は、珠の能力が翳りを見せ始めた頃から、虚ろの文字ではないかと言われた、祖父が残した文字をまとめ始めた。まとめるうちに少しずつその特徴に気づき始めた。そんな時、幼い春が路を手伝い始めた。春は見る見るうちに虚ろの文字の規則性に気づいて、一つずつ読み解き始めた。そして、その力を理解していった。そこに加わった男は、春のそんな力に圧倒されたものだ。男と春は、路がいない時もずっと二人で文字の研究を行った。
だが、そんな時でも秋は、まったく虚ろの文字には興味を示さなかった。だから二人の邪魔は決してしなかった。
天才の弟に嫉妬しない兄など見たことがない。路は、春ばかり重用して、兄の秋を放任していた。
だが、家族三人、何故か仲が良かった。
男にはどうしてもそれが解せなかった。次男ばかりを重用し、長男を極端に放任した家族に何故、些細な溝もないのか?普通なら長男は、嫉妬と、絶望で少なからず怨みが芽生えるはずだ。
男は、秋が理解できなかった。嫉妬と絶望をその胸の中にしまい込んでいるのだろうか?と、ずっと考えていた。男は時折、そんな心のうちを突いていたが、秋から何も引き出すことができなかった。
この家族には暗黙のなかでしっかりと、それぞれの役割が身についているのだろうか?まるで家族を演じている舞台を見ているような気さえした。
仲の良い兄弟を見ながら、男はいつも、疑問に思いつつ、秋を測りかねていた。
そんなある日、当主が理不尽にも、双胎は嫡男だけ残して始末するという黒根家の掟を黒司家に押し付けてきた。突然、次男の春が殺されてしまった。
おそらく誰かが謀ったのだろうと男は感じていた。力をつけてきた春を邪魔に思う者がいる。その者を探し出し、必ず春の復讐を遂げることを男は心に誓った。
しかし、男は知っていた。春は、当主の命令で配下が追い詰めて殺したということになっているが、春を殺したのは路だということを。その頃、路も、そして天才の春も虚ろの文字の意味をかなり読み解いていた。春を殺した路が虚ろの文字を使って、何か仕掛けを施しているのではないかと考えていた。そして、その仕掛けに秋も関わっている。
男は、春の死を疑っていた。今も尚、何処かで生きているのではないかと。
ずっと、その謎と、春の復讐を抱いたまま、路と秋と共に内弟子として黒司家の屋敷で弟の流歌と暮らしていた。
流歌は、春によく懐いていた。
春はおもしろがって、よく流歌に虚ろの文字を教えていた。
ある時、男がそんな二人をぼんやりと眺めていると、驚くことに、流歌は春と競えるほどに虚ろの文字を理解して、使いこなしていた。男は面食らった。流歌の才能が春程に芽吹いていたのだ。そして、流歌が楽しそうなのを見て、男も微笑んでいた。
流歌は、春が死んだことを理解できないくらい精神的に衝撃を受けた。そして、当主の配下が殺したと信じている流歌は、心の底から当主を恨んでいた。
流歌の傷が癒えず、春がいなくなった黒司家にいることができずに、男は、流歌と共に黒司家を出た…。
流歌が虚ろで出会った少年…?
そして、流歌の長家の傍で気を失っていた少年…?
そんな偶然はないだろう。
男は、気を失っていた少年の顔を改めて思い出していた。
「黒い絹の布を左眼に巻いている少年…?」と、隆鷗は、確認するように王蟲返しに呟いた。
寿院は、秋の瞳孔が左右へとゆっくり動くのを見た。幾度となく、秋の、表情のないそんな目の動きを見ていた。
何かを隠そうとしている時の、秋特有の動きだ。だが、寿院はふと思う。隠し事とは、自分に不利になるとか、そんな小さなことではないような気がしていた。本当に複雑なことなのか?それとも誰かを守ろうとしているのか?
「ああ、傷があるのかは分からないけど、でも、絶対、それを外さないんだ。それがどうしたんだよ。焦らさないでくれ!」と、秋が前のめりになる。
「焦らしているわけではない」と、隆鷗が幾分か険しい表情で言った。「『異文の書』は人質という意味をなしていない。さらさら返す気なんてないんだよ」
「えっ?どう言う意味?」と、更に秋が前のめりになる。
「『異文の書』は、今、左眼に傷のある少年が持っている」と、隆鷗が言うと、秋は驚いた顔をして、一瞬言葉に詰まった。
「えっ?まさか…。そんな筈ないよ。あいつが持っているなんておかしい…」と、秋がようやく口を開いた。
「おかしいと思うのか?そうなんだ。秋君も、もしかして分かっているんだね」と、隆鷗が言った。
その間、寿院は、隆鷗と秋のやりとりを黙って聞いていた。その後ろで義忠も黙っている。
「そして、その子は『異文の書』なんて、まったくどうだっていいと思っている」と、隆鷗が言うと、すかさず秋は言った。
「そうだろうよ…」
「誰なんだ…?その子は?」と、寿院が口を挟む。
秋が一瞬義忠を見た。その様子を見ていると、聞かれたくない相手が義忠だと、寿院は思った。やはり、黒根家での秋の立場は複雑なのかも知れない。寿院は、秋を見守ることにした。
「それは、秋様…」と、今度は義忠が口を挟む。「あの子だね。鬼仙殿の弟、流歌君のことだろうか?」
秋が口を噤んだ。
当主のもう一人の片腕、鬼仙。やはり話題に上がった。秋の様子といい、義忠と、鬼仙は、黒根家で対立関係にあるのだろうか?寿院が見守る。
「るか君…?と、言うのかい?」と、かすかに戸惑いながら、隆鷗が尋ねた。
僅かな沈黙が流れた。それを打ち破ったのは義忠だった。
「秋様、わたしに気を使わずとも良い。そんな話しを聞いたとて、わたしが誰に告げ口をする?秋様の、路様への想い…わたしが知らないとでもお思いか?今日のことをわたしは誰にも話したりはしない…」
「ごめん、秋君、わたしは何も話さない方がいいの?秋君の思う通りにするけど…」と、明け透けに隆鷗が言った。
「何言っているんだ。そこまで話しといて…。流歌が何だって言うんだ?」と、意を決したように秋が言う。
「だって、泥棒には聞かれたくないんでしょう」と、更に明け透けに隆鷗が言う。そんな隆鷗を寿院はちょっと面白く思って黙って見ていた。
「泥棒ではないです」と、義忠が呟いた。「わたしは柱です。ここにはいないものと思って頂いて結構です」
「今度は柱なの?ややこしいおっさんだ」と、隆鷗は言った。「秋君、柱さんがややこしい人だったら、寿院が斬るけど、どうする?」
「いやいやいや、わたしを巻き込むな」と、寿院が言う。
「もう、面倒臭いよ!話せ、隆鷗!」と、秋が怒鳴った。
「うん、分かった。『異文の書』は、そいつの兄が、筝って子から貰ったと言っていた。筝は、そいつの兄を喜ばせる為に『異文の書』を与えたんだ。と、言ってた。兄は喜んでいると見せかけて、ちっとも喜んでいないんだよ。兄は、弟を喜ばせる為に、筝って人から『異文の書』を有難く受け取り、弟が喜ぶだろうと、与えたんだが、弟はこんなもの少しも欲しいなんて思っていないと…どいつもこいつも『異文の書』を舐め切っているんだ。それが『異文の書』の人質の顛末だ。秋君、どうする?そいつの家まで取りに行くか?」と、隆鷗は言った。
「なんだそれ?」と、秋が呆れる。
義忠が苦笑した。
「その子なら秋様とは仲がよろしいのでは…?」
「まさか…。春と勘違いしているよ」
秋がそう言うと、義忠は、まずいことを言ったと思い、黙り込んだ。
「父上から頼むこともできるのだが…それはやめておこう。余計面倒臭くなりそうだ」と、秋が言う。
「何言っているんだ。わたしが手伝うよ。もともとわたしが取り戻せなかったのが悪いんだから」と、隆鷗が言った。だが、すぐに寿院が阻止した。
「隆鷗君、もう、これ以上は駄目だ。もう帰るぞ」
「えっ?どうして?」と、隆鷗が言う。
「もう、わたしたちと関係ない話しになっている。君は駄目だ。その子に会うな」と、寿院は、厳しい表情で言った。
「寿院…」
隆鷗はもう何も言わなかった。
そして、ゆっくりと立ち上がり、帰る素振りをして、寿院を促した。寿院が立ち上がると、何故か義忠も立ち上がった。
「待ってくれないか…。今帰るのは危険だ。おそらく連中は、あなたたちがわたしの屋敷に入るのを確認しているはずだ。連中は本当にしつこい。必ずあなたの家まで付いて行く」と、義忠が言う。
「付いて来て、どうするんだ?」と、寿院が尋ねた。
「あなたのことを深く調べるでしょう。そして必要とあればその命を取る…。あなたが大切にしているその子も、そして、家で待っているあの女の子も危険に晒すことになる。ここはわたしに任せて下さい…」と、義忠が言う。
「なんなんですか?同じ黒根家の敷地内に住まう者ではないですか?何故、そんなに警戒するのですか?」と、寿院が尋ねた。
「一言では言えないです。ただ、黒根家の均衡は今崩れているんです。黒根家一門が密かにささやいています。鬼仙、そしてわたしで黒根家の次期当主の座を奪い合っている。と…勿論わたしにはその気はありませんよ。勝手に派閥ができてしまっているのです。知らないところで祭り上げられていました。ですから裏では足の引っ張り合いなんです。そして、その争いに当主も加わって、ひとときたりとも油断できないのです。それに嫌気が差したのが、秋様の父上の路様。もともとここには住んではいなかったのですが、まったく寄り付かなくなった。路様は秋様がそんな派閥争いに巻き込まれないように画策している。ですからあなたの家にいることを何も咎めないのです。どうぞ秋様を見捨てないで下さい。秋様は本当は素直で嘘をつくようなお人ではないのです。どうぞ、分かって下さい」と、義忠が長々と言う。
しかし、寿院は冷めていた。
義忠の、その明け透けな物言いを。黒根家の渦に巻き込む気満々だ。だが、きっとそれには大いなる下心がある。それすら透けて見えている。
まだはっきりと分からないが、義忠は、秋が寿院の屋敷にいることが都合いいに違いない。いや、都合がいいなんて、そんなものではない。おそらく絶対、秋が寿院の屋敷にいなければならないのだ。
そこに戒の存在が見え隠れする。
そして、義忠は寿院の屋敷さえも自分の支配下に置くつもりなのだ。
決して、秋の所為ではないが、秋が内包する因果の枝が長く伸びようとしている。
そんな時、隆鷗がぽかんと秋の頭上を見ていることに寿院は気がついた。
今なら分かる。春が黒い影となって隆鷗の前に現れているのだろう。見えなくても、もう寿院の空想の中で、春の影が描かれていた。
隆鷗は、しばらくぼんやりとした表情で秋の頭上を見ていた。だが、突然のけぞり、両手で顔を守るような身振りをしたかと思うと、ふわりと倒れ意識を失った。
寿院は、すぐに隆鷗の御霊を春が連れて行った。と、そう思った。
寿院は、すぐに隆鷗の傍に寄り、心臓の音を確認した。鼓動が早かった。一瞬、驚いたのだろうか?
何だったのだろう?春が隆鷗を襲うはずなどない。なのに、まるで何かに襲われるような格好で倒れてしまった。
寿院は、ひどく不安になった。
春ではなかったのか、あるいは、春には隠された、悪霊のような顔があるのか?
まさか……。
突然、意識を失った隆鷗。春に御霊を連れて行かれたのか?それとも違う何かに連れて行かれたのか?寿院は不安でたまらない。また、新たに登場した鬼仙がどんなふうに絡んでくるのか、次回の展開をお楽しみに…。




